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聖女よ、我に血を捧げよ  作者: 長月京子
第十章:手掛かり

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3:罪の在処

 愛の囁きによって感じていた仄かな期待は、シルファが目覚めるとすぐに失われた。「愛してる」は酔った勢いというやつである。予想していた事とは言え、ミアは少し気持ちがやさぐれてしまう。


(あり得ないからって、そんなに驚かなくても……)


 よほどシルファの好みとかけ離れているのだろうか。自分が歯牙にかからない年齢の幼女ならともかく、元の世界では結婚もできる年頃の女の子である。ここまでシルファの眼中にないと、さすがに落ち込みそうになってしまう。


(そりゃ、セラフィみたいに可愛くも美人でもないけど)


 自虐的な気持ちを抱きつつ、もう少し意識してもらいたいとう我儘な思いがあった。シルファが自分を好きになってくれたとしても、元の世界に戻ることが覆るわけではない。むしろ別れの時に哀しみが増すだけである。頭ではわかっていても、感情は我儘に想いを育ててしまうのだ。どうしようもなかった。


(――でも、シルファが元気になって良かった)


 素直にその想いを噛み締める。

 ミアは気持ちを切り替えようと、寝台から出て大きな鏡の前に立っているシルファとセラフィに歩み寄った。気配に気づいたのか、シルファが振り返る。


「ミア、横になっていた方が――」


「大丈夫だって」


 たしかに素早く動くと立ち眩みに似たふらつきがあるが、寝台で横になっているのも落ち着かない。大きな鏡の傍にある長椅子に座ると、シルファはそれ以上は何も言わなかった。


「シルファ様にいくつか報告があります」


 セラフィの声を聞いて、ミアは「あ」と声をあげた。


「わたし、ここにいても大丈夫?」


 彼らの仕事には外部に漏らしてはいけない情報もあるだろう。寝台に戻るか、部屋を出るべきかと考えて、ミアは長椅子から腰を浮かす。


「昨夕ミアが襲撃された話ですから、大丈夫ですよ。ミアにも聞きたいことがありますし」


「――あ、そういえば」


 シルファが倒れたことで頭がいっぱいになって、女の襲撃についてを完全に忘れていた。


「ミアが襲撃された?」


 鏡を眺めていたシルファが、こちらに視線を移す。彼と目が合うとミアは慌てて「大丈夫」と答えた。


「セラフィ達が守ってくれたから」


「でもとっても怖かったでしょ? すごく怯えて身体が震えていましたよね」


 セラフィが余計な事実を付け加える。ミアは思わず全力で否定した。


「そんなことないよ。びっくりしただけで……」


 言い終わらないうちに、すっとシルファが動く。ミアの隣に腰かけながら、セラフィにも向かいに座ることを命じた。


「――ミアを狙うということは、大魔女が釣れたか?」


「残念ながら、今のところ何も繋がりません。女は本部に拘束していますが沈黙を守っています」


「では、洗脳の線かな?」


「おそらくは」


「薬などの反応は?」


「犯罪対策庁に血液を提出していますが、結果待ちです」


「わかった。これまでの事件をなぞるなら、おそらく今回も何も出ないだろうが……」


 ミアがシルファの横顔を見ると、厳しい表情をしている。


「ミアを標的にしたことは見過ごせないな」


「私もそう思います。しかも聖女を探しているような口ぶりでしたよ」


 シルファの纏う空気にひりつくような緊張がよぎった。憎しみにも似た苛烈な気配。彼はあからさまな敵意を隠すこともせず、冷たく笑う。


「ついに届いた、かもしれないな」


 幻想的な紫の瞳が、まるで紅蓮に色を変えたのではないかと錯覚がするほど、好戦的な光が宿っている。しばらく何かを考えていたようだが、やがてシルファの張りつめた気配がふっと緩んだ。


「ミア」


「はい!」


 思わず背筋を伸ばすと、やはり血の気が足りていないのかくらりと眩暈を感じた。シルファが彼の方へ重心がかかるように肩を抱いて支えてくれる。


「――横になるか?」


 シルファに身を寄せていると、心地のよい香りが近くなる。それだけのことで鼓動が跳ね上がるのを感じながら、ミアはそっと離れた。


「大丈夫。ごめんね」


「元はと言えば私のせいだろ」


「それはそうだけど……」


 苦笑するシルファを責める気にはならない。彼が表情を改めるのを見て、ミアは何かを打ち明けられるのだと気づく。気を引き締めると、鼓動の響きが強くなった。


「ミアには償いきれないほどの負担をかけている。大魔女を捕らえるためだけに無理矢理巻き込んだ。私が召喚しなければ、元の世界で変わることなく過ごせていたのに」


 いつか感じた影が、シルファの綺麗な瞳を占めていく。

 犠牲の上に在るという罪の意識。


「さらに、怖い思いも痛い思いもさせて、本当に申し訳ないと思ってる」


「でも、シルファだって望んでそうしている訳じゃないし。仕方ないよ」


 シルファに暗い顔をしてほしくない。ミアはわざと茶化すように声を弾ませる。


「――こういうのは何ていうか……、そう! 巡り合わせっていう奴じゃない?」


「ミア」


「できることがあるなら協力は惜しまない。わたしがそう決めた。それに大魔女を捕まえなきゃ、元の世界に帰れないわけだし。いまさらだよ、シルファ」


 彼が目を細めてこちらを見る。これまでにも何度か見た表情だった。ミアはふわりと引き寄せられる。シルファが微笑むのを残像のように感じながら、彼の胸に顔を埋めていた。


「シ、シルファ?」

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