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2:旧聖堂

 ミアは菜園の中を歩き回って、香りの出所を探った。

 どちらかというと、菜園の奥の方から漂ってきている。ミアは視界に入った古びた建物をじっと眺めた。


 手入れを諦めて久しいのか、寂れているが造形の美しさは損なわれていない。もしかすると現在の聖堂の前には、こちらの建物が聖堂として機能していたのだろうか。


 ミアは菜園をあてもなく徘徊して、少しずつ香りの出所を探っていく。香りを追いかけていると、少しずつその朽ちた聖堂へと近づいていく。はじめは気のせいかと思ったが、とうやら香りがそちらから流れてくるのは間違いない。


 建物の裏にこの香りを生む雑草でも生えているのだろうか。香りを辿っていると、とりどりの野菜が植えられた菜園の敷地を越えていた。いつのまにか畝のない耕されていない所を踏み越えて、ミアは誘われるように、真っすぐ古びた建物へと進む。


 やがて菜園が背後に遠ざかる。ミアは今まで踏み入ったことのない朽ちた聖堂の前に立っていた。

 一帯を包むように芳香が充満している。シルファの苛烈な香りほどではないが、心地よくミアを包み込む。


 ミアはどこかに原因となる植物や花でも咲いていないかと、ぐるりと建物の周りを歩いた。


 遠目に眺めていた時よりは、建物を大きく感じる。現在の聖堂と異なり、装飾の輝きは褪せ、窓は鎧戸のようなもので閉ざされている。


 建物の周りを一周してみたが、これといって強く香る不自然なものはない。朽ちた聖堂の大きな扉には、取っ手の部分には鎖が施され、錠のようなものが付けられていた。


 出入りは禁止かと思ったが、よく見ると鎖につけられている錠がきちんと噛み合っていない。


(鍵が外れてる?)


 ミアが鎖にかかっているだけの錠に手を伸ばした時、背後で草を踏みしめる音がした。

 誰かがいるとは考えていなかったミアは、ぎくりとして弾かれたように振り返った。


「ドラクル司祭?」


 黒髪と白い衣装が、緩い風に洗われてなびく。午前中の光線を浴びて、彼の纏う衣装の細工が輝いた。見慣れた厳かな立ち姿に、ミアは肩の力を抜いた。


「ミアには話していませんでしたか? この建物は危険なのです。いつ壁が剥がれ落ちてくるかもわかりませんから、近づかない方が良いのですよ」


 言われてみれば、子どもたちがこの建物に近づいているのを見たことがない。


 崩れ落ちてくるほどの廃墟という印象はなかったが、ミアは素直に頷いた。


「ごめんなさい」


 香りを辿ってきただけだと言いかけて呑み込んだ。自分の鼻にしか触れない香りのことを話しても仕方がない。


「それにしても、こんなところで何をしていたのですか?」


「あ、……まるで聖堂みたいだなって。少し近くで眺めてみたかっただけです」


「ああ。昔は聖堂でした。今の聖堂が新しく建つ前の話です。教会の敷地も、今とは少し異なっていたようですよ」


「え? それはドラクル司祭が来る前の話ですか?」


 ドラクルが元来た道を戻るように歩き出したので、ミアもついて歩く。


「――ええ。私がこちらの司祭になってからは、まだ日が浅いですから」


「そうなんですか」


 ドラクルの若さでは、司祭としては若輩のようだった。人々の慕い方やこどもの懐き方から、彼は長い月日をこの土地で過ごしてきたように見えたが、この町で生まれ育ったわけではないのだろうか。


「私はマスティアの生まれではありません」


「え?」


「隣国のリディア出身です。こちらの教会に赴任してからは、まだ五、六年といったところでしょうか」


「ドラクル司祭は町の人に慕われているから、この町の生まれだとばかり思っていました」


 素直に司祭の印象を語りながら、ミアはふと古い聖堂の外れた錠を思い出して、ドラクルを仰ぐ。


「そういえば、あの聖堂の入り口の鍵が外れていましたよ」


「え?」


 ドラクルが予想以上に驚いた顔でミアを見た。どこか焦りの見られる反応だった。


「扉の鎖についている鍵です。もし子ども達がふざけて入ったりすると危ないかも」


「そうですか。――ミアはこのまま戻って下さい。私は鍵を見てきます」


「はい。気を付けてくださいね」


「ありがとうございます」


 ドラクルはすぐに踵を返して、古びた旧聖堂へと戻る。ミアが菜園まで戻ると、緑の影に隠れるようにルミエが立っていた。


「どうしたの? もうお勉強は終わった?」


 他の子ども達の気配はない。ルミエはふるふると首を振った。そっとミアの手をとって、指先を滑らせる。


(「ミアが心配だったから、抜けてきた」)


「ええ? わたしは大丈夫だよ。何も危ないことしてないし」


 まるで小さな騎士だなと、ミアは微笑ましくなる。「ありがとう」と笑うと、ルミエも笑顔を見せた。戻ろうと言いたげに、小さな手がミアの腕を引いた。

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