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聖女よ、我に血を捧げよ  作者: 長月京子
第九章:甘い香り

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1:元世界への思慕

 ミアは今日も読み書きだけを子どもたちと一緒に参加して、終わってからは菜園の手入れに精を出していた。


 いつも後をついてくるルミエも、この時間は他の子どもたちと一緒に勉強を続けている。ミアは穏やかな菜園に独りきりだった。


 よく晴れた空は、ミアの知っている元の世界と変わらない。これだけ環境や気候が等しいのなら、たしかに生まれる動植物が同じ世界になるのかもしれないと、妙に納得してしまう。


 今朝のシルファとのやりとりから気持ちを逸らすため、ミアはいつもは考えないようにしている元の世界の事に意識を向けた。


 父と母と弟の、ごく平凡な家族構成。両親が郊外に建てた小さな家で、ミアはごく普通に生活していた。

 これといって悲劇のヒロインになれるような不幸もなく、どこにでもいる女子高生だった。


(――わたしがいないって、大騒ぎしたんだろうな)


 こちらの世界に来て、もう半年以上は経っている。よく考えると一年が経過しようとしているのではないか。


 家族や友達、失った環境を思うと、すぐに視界が滲んで来る。日々できるだけこちらの世界に馴染む努力をしているが、元の世界への思慕は強く残っていた。


(お父さんとお母さん、大丈夫かな。……ヒロもわたしがいなくなって、さすがに狼狽えたかな)


 五つ歳の離れた弟は日ごとに生意気になっていたが、まだ困ったときはミアに相談してくる素直さがあった。


 両親には平凡ではあったが、愛情を注いで育ててもらった。突然姿を消した娘をどれだけ心配しているのだろう。娘の失踪にいらぬ責任を感じたりしていないだろうか。考えると涙が溢れてしまうので、ミアは出来るだけ考えないように努めている。


 潤んだ目元を拭って、これではいけないと大きく首を振った。こんな気持ちになるのなら、シルファの理想に届かないことに落ち込んだり、早朝から暴れた倒した失態について、隠れたくなるほど恥じらっている方がましだ。


(せめて手紙でも書いて出せたら良いのに)


 支離滅裂な内容だと思われても、両親と弟がミアの無事だけを信じてくれればそれで良い。


(そういうわけにもいかないよね)


 シルファが言うように、召喚によって自分と家族が受けた被害は、簡単に償ってもらえるようなものではないだろう。


(たしかに、全部シルファのせいだけど――)


 考えても、恨む気にはなれない。共に過ごすほどに、彼へのわだかまりのようなものは潰えていく。事情を聞く前から、シルファを悪者だと感じたことがなかった。 


(好きになってしまったからーー?)


 わからない。でもその気持ちが募る思慕を和らげてくれたのは確かなのだ。


 今朝は色気がないと宣言された苛立ちと共に、女を磨く必要があると的外れな意気込みまで抱いてしまった。


 自分の内に芽吹いたシルファへの想い。言い換えると、それはこの世界での居心地の良さでもある。


 シルファが与えてくれた世界。

 元の世界でも幸せだったが、この世界でも自分は幸せに暮らしている。だから、きっと本来味わうべき悲壮感が抜け落ちてしまっているのかもしれない。


(元の世界に戻れたら、今度はシルファに会いたいって泣いちゃうのかな)


 今、家族のことを思って泣くように。

 シルファへの気持ちを噛み締めて泣くのだろうか。

 そして、いつか綺麗な想い出になってしまうのだろうか。


 この日々が幻のように遠い思い出になる未来。ミアは心が陰るのを感じた。これ以上は考えても仕方のない事だと、ふたたび菜園の世話に意識を傾けた。





 風に乗って、菜園に甘い香りが流れてくる。自分だけが反応する匂い。同じように見えてもやはり異世界である。特異な芳香を放つ植物があるのかもしれない。


 ミアはもう慣れてしまったが、最近はシルファの香りと重なって少し恥ずかしくなる。もともとシルファからは心地よい香りを感じているが、瞳が真紅に染まったときの芳香は、溺れそうなほど激しい。


 菜園に漂う香りは、風の影響で濃度が変わる。


(あれ? 今日はいつもより香るかも)


 ミアは膝をついて土をいじっていたが、立ち上がって香りを確かめた。風は緩やかだが、甘い匂いがはっきりと鼻につく。

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