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聖女よ、我に血を捧げよ  作者: 長月京子
第八章:マスティアの信仰

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1:聖糖

 教会に迷い込んだ少年――ルミエは、しばらく教会で預かることになった。ミアが見つけるまでの事情を、ルミエは一切語らない。


 年齢は十歳にも満たない幼い容貌で、身に着けていた衣服から、どこかの子息ではないかと考えられたが、自分の素性を話したくない事情がありそうだった。


 頑なに何も語らない少年に降参したのか、司祭のドラクルは自ら打ち明けるようになるまで、教会で少年の世話をすることを決めた。もともと教会には身寄りのない子や、事情を抱えた子どもたちが生活している。


 ドラクルは公にルミエについての届けを出して、教会で受け入れた。今のところ、失踪や行方不明についての情報に当てはまることはなく、少年が語ったルミエという名が正しいのかどうかも分からない。


「あ、ルミエ」


 彼が現れてから数日が経ったが、ミアはすっかりルミエに馴染んでいた。


 ミアが教会にやって来て、文字を学んだり雑用の手伝いをしていると、いつのまにかルミエが傍らに現れる。まるで刷り込みでもあったかのように、ミアを親鳥のように追いかけてくるのだ。


「今日はこれから聖糖の補充に行こうかな」


 ミアは角砂糖のような立方体の形をした砂糖菓子の容器を抱えていた。聖堂へと歩き出しながらルミエを振り返る。彼は頷いてぴったりとミアの隣に並んで歩きだした。


 ミアもこの国では身寄りのない異端児のようなものだ。あどけない雰囲気で後ろをトコトコとついてくるルミエは素直に可愛かった。慕われることに悪い気はしない。


 ドラクルもルミエの相手をミアに委ねてくれている。

 二人が聖堂に入ると、中では幾人かの人が閑談していた。聖堂は毎日決まった時刻に開放されている。昼下がりの午後にもなると、聖堂には入れ替わり立ち代わり人が訪れる。


 聖堂では常に聖糖と呼ばれる砂糖菓子が用意されていた。聖壇には美しい器に、山のように聖糖が積まれている。小さな白い立方体からは甘い匂いがする。ミアには角砂糖にしか見えない。マスティアでは縁起の良い物らしく、教会に訪れるたびに一ついただいているが、味覚を失っているので味は判断できなかった。


 聖堂に訪れた人々は、聖糖を手に入れると幾何かの通貨を投じる。まるで神社の賽銭のようだったが、それがこの国の信仰の形なのかもしれない。


 直接口に含む人もいれば、持ち帰って料理に使用する人もいる。

 角砂糖のような、四角い飴玉のような、不思議な食感の砂糖菓子である。


 教会で配布される聖糖は、マスティア王国の人々にとっては身近で、健やかな日々の象徴のようでもあった。


 昼下がりの午後ともなれば、聖糖を求めてきた人達があちこちで閑談していたりする。ミアもすっかり見慣れてしまった、いつもの光景だった。


 ミアがルミエと聖壇の聖糖を補充していると、ふいにルミエがミアのスカートをつんと引っ張った。


「どうしたの?」


 ルミエを見ると彼は聖堂の出入り口を示す。見慣れた司祭服が過った。


「ドラクル司祭?」


 ミアの声にルミエは頷く。彼がスカートを引っ張って催促するので、ミアは聖糖の補充を中断して、彼に促されるまま司祭を追いかけた。ドラクルは聖堂の影にある大きな木の下で、誰かと話している様だ。ミアが声をかけようとすると、ルミエが強く手を引っ張った。口元に人差し指を立てている。


 どうやら隠れて様子を窺おうということらしい。意味が分からないまま、ルミエの示す通り聖堂の影に身を潜めて二人の様子を見る。


 ふくよかな女性に向かってドラクルが何かを言っているが、ミアには内容が聞き取れない。やがて女性は無表情な面持ちのまま、ドラクルの前から走り去った。残されたドラクルは厳しい表情をしている。どこか深刻な空気だった。ミアは後ろめたさを感じて、ルミエの手を引いて聖堂の中に戻る。


 再び聖壇の裏側に入って聖糖の補充をしながら、ルミエを見た。


「何か事情がありそうだったけど、でもね、ルミエ。人の話を盗み聞きするのは良くないよ」


 ルミエは黒い大きな瞳でミアを仰いで、何か言いたげな顔をしていたが、すぐにしゅんと俯いてしまった。項垂れたルミエに、ミアは慌てて続ける。


「盗み聞きは良くないけど、――ルミエはあの二人に何か気になることがあったの? 心配してる事でもあるとか?」


 ルミエはそっとミアの手を取った。掌に指を滑らせる。


「き、を、つ、け、て……気を付けて?」


 少年は頷く。さらに指を滑らせた。


「この教会には秘密があるかもしれない?って、どんな秘密?」


 ルミエは「まだわからない」と指先で示した。「とにかく気を付けて」というのが、ルミエの主張だった。ミアは昼下がりの聖堂を見渡すが、不穏な気配は感じられない。けれど、ルミエの黒い瞳は、真摯な光を宿している。ミアは頷いた。


「わかった。ルミエも何かあったらわたしに言ってね」


 少年は頷く代わりに、ミアの小指をきゅっと握りしめた。

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