5:滅びの決意
絶頂を迎え、寝台で気を失った女から離れて、シルファは無造作に脱ぎ捨てていたシャツを手にする。白い生地に赤い染みが移るのをみて、そのまま口元を拭った。
「セラフィ、着替えを用意してくれ」
シルファの声に反応して、するりと小柄な人影が室内に入ってきた。彼女は見計らっていたかのように着替えを抱えている。天蓋のある寝台で裸のまま横たわる女と、何もまとわぬ主の姿を見ても、いつもの陽気な笑顔は曇らない。
「どうぞ、シルファ様」
「――悪いな」
「いいえ。どうします? 続けますか」
「いや。こちらに来る前にミアからも恩恵を受けた。もう事足りる」
シルファがシャツに袖を通していると、珍しくセラフィが何か物言いたげにしている。
「なんだ?」
「ミアは怒らなかったでしょ?」
セラフィは嬉しそうに笑っている。彼女の言いたいことを察してシルファは「そうだな」と答えた。
「だって、ミアはシルファ様のこと好きですよ。絶対に聖なる光です」
「――夢物語だな」
「そんなことないですって」
力を込めて言い募るセラフィを追い払うように、シルファは手を振った。
「ここはもういいから、退がれ。……それから、あまりミアに余計なことを吹き込むなよ」
「はぁ~い」
わかっているのかどうか怪しい返事を残して、セラフィが部屋を出ていく。シルファも身支度を整えると、何の未練もない様子で部屋を出た。
王宮の離れに女を連れ込み、渇望を癒すのは久しぶりだった。
聖女の恩恵に慣れつつあったのか、人との行いが以前より味気ない。ベルゼの変幻は消耗を考え、意図的に不完全に行ったが、それでも渇望は深まった。甘く見ていたと、少し反省しているほどだ。
(ミアの恩恵がなかったら、どうなっていたか)
聖女の唾液。人の血の浅さとは比べることが愚かに思えるほど、甘く濃密な効果をもたらす。
(聖なる光――)
セラフィの話を聞いて、シルファは自分の内で警鐘が響くのを感じた。
聖なる光など、認めない。認めたくない。期待してしまうと決意が揺るぐ。この救いのない世界に、彼女を引き込むことなど望まない。
崇高な一族は滅ぶべき種族である。
シルファの心を占める決意だった。
アラディアを討って、一族を永劫に終わらせる。
そのために聖女を召喚したが、魔力を取り戻すことをしくじった。ミアを手にかけることは、どうしてもできない。
(「事情を話してくれて、ありがとう」)
全てを告白しても、ミアは笑った。嘆くことも、拒絶するこもなく。
シルファの思惑は外れた。彼女に心の底から憎まれてしまいたかったのだ。そのために手離しがたくなっていた光を失う覚悟で、告白をした。
(ミア――)
愛しくてたまらない聖女。
引き寄せて抱きしめた、細い身体。唇を重ねて乾きを癒した。渇望が満たされる快感とともに、こみ上げてくる欲望。酔わせた彼女から漏れた、甘い声。
(私の方が、耐えられなくなるかもしれない)
口づけるだけでは終われなくなる。崇高な一族の色香に囚われたら、彼女は抗えないだろう。シルファがその先を望んだら、きっと容易く彼女を汚してしまう。純潔を蹂躙してしまう。
(ミアの気持ちを置き去りに……)
ふと残酷な考えが浮かんだ。
(踏みにじってしまった方が、良いのかもしれない)
跡形もなくミアの信頼を裏切ってしまった方が、迷わずにいられる。自分が聖女の嘆きに耐えられるかどうかだけが問題だった。
行為に及んでいる時は、きっとミアは何も考えられない。欲情を煽るような甘い声で啼くだろう。
全てが終わって我に返り、理解したときが始まりになる。
二度と笑って許してくれることはない。
(――莫迦莫迦しい)
シルファは嗜虐的な考えを打ち切る。自分はまだ渇望しているのではないか。
満たされていないから、思考が歪んでいるのかもしれない。
シルファは大きくため息をついてから、もう一度セラフィを呼んだ。