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3:素直な謝罪

 マスティア王国、国家犯罪対策庁の外部機関(エージェンシー)、呪術対策局。シルファが局長を務める呪術対策局の事務所を担う館が、現在のミアの住処だった。


 シルファはマスティア王国において、魔術と魔力を専門にした研究者であり、権威でもある。そもそもミアが彼と出会ったのも、彼の術式によって召喚されたせいなのだ。


 ミアーー高遠美亜。召喚された当時、彼女は高校に通う平凡な女の子だった。あれからどのくらい経ってしまっただろうか。こちらで過ごす月日が長くなるほど、元の世界への思慕が遠ざかっていく。


 シルファに召喚されても、すぐには取り乱さなかった。けれど、自分が元の世界に帰れないことを自覚した時は、混乱して泣き叫んだ。


――わたしを元の世界に返して! お父さんもお母さんも心配するし、可愛い弟だっているんだから!


 こんな世界は知らないと恐慌に至ったミアを、シルファは黙って見つめていた。彼が何の目的で自分を召喚したのかは知らなかったが、泣き崩れるミアに、彼は約束をしてくれた。


――わかった。おまえは必ず元の世界に返してやる。だが、こちらにも事情がある。元の世界に戻るためにも、少し力を貸して欲しい。


 自分には特別な力などないと訴えると、シルファは労わるような眼差しで微笑んだ。


――特別なことは必要ない。ただ、傍にいてくれるだけで構わない。


 召喚された当時は、シルファの研究室を兼ねた王宮の離れにいたが、約束を交わしてから数日後には、ミアはシルファと王宮を出た。それからは、彼の仕事について転々と住処を変えている。


 呪術対策局は国家犯罪対策庁の外部機関(エージェンシー)だが、なぜか王の直轄となっている。

 シルファ曰く、国家の名目を守るための、お飾り的な部署だという話だ。

 マスティア王国は、王家の始祖がヴァンパイアであるという伝承を持っている。その流れを組んで、人ならざる者――いわゆる魔女や魔力の存在を肯定する風潮があった。


 シルファが魔術や魔力の研究者ではあり、自分を召喚した経緯から、ミアは当初マスティア王国は魔法が当たり前の世界だと勘違いしていた。


 けれど、シルファの仕事を見ていると、どうやらそうではないらしい。

 魔力と魔術の研究をしているが、彼自身はミアが魔法と感じるような超常的な現象を信じているわけではない。


 この国にはヴァンパイアも魔女もいない。いるはずがない。魔術も魔力もない。というのが、彼の持論だった。


 たしかにミアの目にも、マスティア王国の人々の営みに、超常的な力を感じたことはない。元の世界と等しく、一瞬で移動したり、空を飛んだり、そんなおとぎ話に出てくるような魔法は、どこにも見当たらなかった。

 けれど、シルファの仕事は尽きない。


「ミア」


 寝台に潜り込んで泣いていたミアに、シルファの声が聞こえた。続けてコンコンと扉を叩く音がする。ミアが沈黙を守っていると、さらに彼の声が続けた。


「悪かった。私には昨夜の記憶がない。嫌な気持ちにさせたのなら謝る。本当に悪かった」


 いつもの人を小馬鹿にするような声音ではない。言葉に偽りはなさそうだった。

 シルファが時折みせる素直な態度。

 ミアが拗ねたり心を閉ざした時、彼はすぐに追いかけてくれる。ずるいと思うが、憎めない。憎めないどころか、そういうところに惹かれてしまう。

 彼のそばで過ごすほど、想いが募っていくのがわかる。


 厄介な男に恋をしてしまったと、ミアは自分の趣味を嘆くしかなかった。

 潮時だろうと、ミアはむくりと起き上がって、頭から被っていた肌掛けから抜け出た。跡形もなくなるように涙を拭って、そっと寝台をおりる。

 気持ちを切り替えるように大きく息をついてから、部屋の扉を開けた。


「――ぜったいに許さない!」


「悪かった」


「じゃあ、事件について昨日の成果を教えてくれたら許す」


 我ながら初キスを奪われた代償としては安いが、これ以上拗ねていても仕方がない。シルファの仕事について聞き出す契機になったと気持ちを切り替えた。

 ミアが部屋を出て笑ってみせると、シルファが何かに気づいたのか、何気なくミアの右腕に触れた。


「この痣……」


「わ。いつのまに。――誰かさんは、すごい力だったからね」


 昨夜の狼藉のあとが、細い手首にくっきりと残っていた。シルファの顔が曇るのを感じて、ミアは慌てて付け加えた。


「でも、ちゃんと天罰がくだったから、もういいよ。おあいこ」


「天罰?」


「その頭の打撲。椅子が倒れてきて、シルファの頭に命中したの」


 思い出すとおかしくなってきて、ミアは声をあげて笑った。シルファは後頭部をさすりながら、「なるほど」と同じように笑う。二人は朝食を摂ろうと、食卓のある部屋へ戻った。

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