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2:泥酔による記憶の喪失

 翌朝、椅子の激突によって意識を失ったシルファを一晩床に放置したまま、ミアは朝食の支度をはじめていた。自分をないがしろに扱った男を寝床に運ぶような慈悲は持ち合わせていない。一周り以上も大きい男を引きずる労力がもったいない。


 朝食はそのまま残った昨夜のシチューを温めなおすだけだが、胸がざわついて寝台に横になっているのも苦痛だった。

 底が焦げ付いたシチューをかき混ぜながら、ちらりと床に転がっているシルファを横目に眺めてしまう。


 彼は椅子の激突で気絶しているだけだが、床に横たわっているだけでも絵になる美貌の持ち主だった。美しい銀髪とすらりとした長身。


 いつも自分を女扱いしないくせに、昨夜の彼の失態は一体何事だったのだろう。何の浪漫の欠片もなく、唐突に唇を奪われてしまった。


(わたしのファーストキスだったのに!)


 思い返すと恐れというよりは、苛立ちが込み上げてくる。嫌悪してしかるべき行いであるのに、彼に女として意識されているのかもしれないと思うと、普段できるだけ片隅に追いやっている乙女心が揺れる。シルファへの期待が渦巻いてしまうのだ。


 ミアは自分の矛盾した感情に、大きくため息をついた。これ以上シチューを煮詰めていても仕方がないので、火を止めて鍋に蓋をする。


「おい」


「ぎゃあ!」


 突然声をかけられて、ミアは飛び上がるほど驚く。弾かれたように振り返ると、シルファが食卓の傍らで身を起こし、こちらを睨んでいた。


「おまえ、私のことを殴らなかったか?」


 状況の不可解さを顔に出して、椅子が激突した後頭部をさすりながら、彼がゆっくりと立ち上がる。ミアはみるみる自分の頬が染まるのを感じてふいと視線を逸らした。その反応をどのように受け止めたのか、シルファがあきれた声で続ける。


「ちょっと酔って帰宅が遅くなっただけで、ついに暴力に訴えてきたか」


「はぁ?」


「おまえじゃなかったら、一体誰の仕業だ」


 歩み寄ってくるシルファを避けるように、ミアは咄嗟に食卓を挟んだ反対側に逃げる。シルファが不思議そうな顔をしているのを見て、泥酔により昨夜の記憶を喪失したのだろうと予想をつけた。


「まさか昨日わたしに何をしたのか、覚えてないの?」


「私が?」


「あなたに襲われたんですけど」


 思い切って事実を突きつけると、シルファはあり得ないと言いたげに眉を動かす。


「――私が? おまえを? いやいや待て、明日世界が滅ぶとしても、それはない」


「嘘つけ! この変態!」


 やはり彼の目に女として映ることはない。期待が打ち砕かれると、ただ悔しさだけが残る。泣いてしまいそうになって、ミアは強く唇を噛んだ。さらに失望に追い打ちをかけられる前に、踵を返すと自分の部屋へ引きこもった。

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