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3:D(ダアト)サクリードの功績

 ベルゼがすっとミアの隣に立つ。事務所で出会った時でも、彼の足音を聞いたことがない。黒猫のようなしなやかな動きだった。


「ベルゼも来ていたんだね」


「はい」


 彼はいつも事務的で端的にしか話さない。感情があるのかどうか疑いたくなるほどである。


 ドミニオがシルファの隣に立ち、中庭を見下ろして「うっ」と口元に手を当てた。晩餐会の華やかさとは異なる喧噪や悲鳴が響いている。シルファは動きずらい豪奢な上着を脱ぎ捨て、軽装になると何かを投げるように腕を振り、そのまま露台の手摺からひらりと身を躍らせる。


「シルファ!?」


 飛び降りられるような高さではない。咄嗟に駆け寄ろうとすると、ベルゼに肩を掴まれた。ドミニオが「大丈夫だよ」と言いながらこちらに歩み寄ってくる。


「シルファは鋼索を使って下に降りたみたいだ」


「……驚いた」


 ほっと息をつくが、宮殿の様子がさっきまでとは全く異なっていることが、人気のない露台にも伝わってくる。中庭を含め階下は騒然となっているだろう。知らずに不安げな顔をしていたのか、ドミニオが労わるように声をかけてくれる。


「たいへんなことになったね」


「はい。倒れている人が心配です。大丈夫かな」


「――どうだろう」


 目撃したはずのドミニオは曖昧に答える。ミアは言葉を濁す王子の様子で、何となく状況を察した。

 世間を騒がせている事件と同じような状況が、脳裏に浮かぶ。そう考えると、露台に届く風に血の匂いが混ざっているような気がする。


 ミアが顔色をなくしていると、その様子をどのように受け止めたのか、王子が慌てて口を開く。


「僕には事情はわからないけど、シルファが守っているなら、君は大丈夫だよ」


「え?」


 ドミニオは少し迷ってから口を開いた。


「ーーこの国で、いや近隣の国も含めて、彼にたてつくような者はいないから」


「え? でも、王様でもないのに?」


 単純に不思議だったので思わず聞き返すと、ドミニオは少し考えてから口を開いた。


「――ミアは彼の持つ称号の意味は知っているかな?」


「知識あるものって、シルファに教えてもらいました」


「うん、そうだね。文字通りの意味はそうだけど、この国ではD(ダアト)の持つ意味は、もっと大きいな」


D(ダアト)の持つ意味?」


「何ていうか、……そう、目印だね。王家すら畏敬する存在だよって。それを象徴する目印みたいなもの」


 ドミニオは軽い口調で教えてくれるが、語っている内容は軽くない気がする。ミアは王子の綺麗な顔を見つめた。


「シルファが?」


「そう。この国で王家が権威を保っていられるのも、彼の功績が大きい。D(ダアト)サクリードは、望めばどんな情報でも手に入れられる。彼の持つ諜報力は恐れるに値する力だ。彼に目をつけられたら、悪いことはできないよ」


 ドミニオはミアの傍らに立つベルゼに、冗談を言うような気軽さで「そうだろう?」と同意を求めた。


「御意」


 ベルゼが端的に答えると、ドミニオは「全く愛想がないな」と苦笑する。


「いま世間を騒がせている事件も、D(ダアト)サクリードが目をつけているなら、いずれ答えが出るんじゃないかな。今夜の事件もね」


 ミアは今まで知らなかった世界を見せられた気がしていた。自分の知っているシルファとは違い、世間の知るシルファは遠い存在に思えた。

 王家が畏敬するほどの能力を持って、彼が成すこと。

 さっき感じた心配が、さらなる実感を伴って形になったような気がする。

 シルファは、危険な事件に身を投じているのではないだろうか。


「でも、……本当にすべての事件が繋がっていたら、怖いですね」


「ーーたしかに、そうだね」


 ミアの胸に不安が淀む。だからと言って、自分にできることは何もない。

 

「わたしは、シルファが心配です。……とても」


 素直に不安を口にすると、ドミニオがじっとミアを見つめた。


「な、何ですか?」


 シルファの心配をすることは不自然なのだろうか。ミアが王子の視線に戸惑っていると、ドミニオはほほ笑む。


「いや。ミアはほんと、可愛らしいね――、シルファは本気なのかもしれないな」


「何の話ですか?」


 王子は面白そうに声を弾ませる。


「シルファは謎の多い男だけど、僕の目には不思議なくらい無欲に見えていたから」


「無欲?」


「うん」


 ミアはこれまでの経緯を思い、ただの女たらしで性欲の塊ではないかと思ったが、さすがに露骨すぎるので言葉を選んだ。


「女性が大好きみたいですけど」


「え? シルファが?」


 ドミニオからは予想外の反応が返ってくる。


「だって、王子も浮名を流す仲間がいなくなって寂しいって言っていませんでしたか?」


「あ、そういう意味か」


 他にどういう意味があるのかと聞きたいが、ミアはぐっと堪える。


「シルファは、まぁ来るものは拒まないけど、基本的には無関心だから」


「え? そうなんですか」


 ミアには全く印象が重ならないが、ドミニオは当然のことのように話す。


「そうだよ。女性のことだけじゃないね。表舞台を好まないというか、……本人は権力にも全く興味を示さないからね」


「――そう、ですか」


 王子は今まで知らなかったシルファの側面をたくさん教えてくれたが、なぜかミアには謎が深まったような気がしていた。

 シルファは何か手に入れたいものがあって自分を召喚したわけではないのだろうか。王子が語るシルファの立場では、彼が望んで手に入れられないものがあるとも思えない。

 ミアが召喚された理由を考えていると、ドミニオが軽くミアの肩を叩いた。


「だからさ、シルファがミアを紹介してくれた時は本当に驚いたよ。事情があるみたいだけど、シルファの気持ちは本当かもしれないね」


「それはないと思います」


 ぴしゃりと言い切ってみたが、ドミニオは畳みかけてくる。


「僕はあると思うな。こう見えて、僕の勘は良く当たるよ」


 王子は何の悪辣さもない笑顔をミアに向けた。どうやら惨状を想像していたミアの動揺を紛らわせるために、明るく振舞ってくれているようだ。


(ーーシルファの気持ちか)


 ドミニオのいうことが本当ならば嬉しい。けれど、ミアは簡単に期待できない。誰もがシルファの演技に騙されているだけなのだ。彼がミアを大切に扱ってくれる理由は、恋愛などという甘い気持ちからではないのだから。


 騒然としたざわめきに包まれる宮殿で、ミアは場違いなため息をつく。そして、やはり緩やかな風に、血の匂いが混ざっている気がした。

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