2:D(ダアト)サクリードの仮説
「はい」
「君はもしかして、この一連の惨殺事件に何か関連性があるかもしれないと考えてはいないか? 王宮の離れを出てから、街はずれを転々としているらしいけど、シルファのことだ。何か意味があるはずだろう?」
ドミニオの質問は的を射ているらしく、シルファの胡散臭いほほ笑みが消える。給仕が提供した新たなワイングラスを燻らせてから、一口含んだ。
ミアは思わず王子の存在を忘れて、口を滑らせてしまう。
「そうなの? シルファが王宮の離れを出たのは、本当に仕事のためだったの? わたしのせいじゃなくて?」
たしかにシルファは仕事の都合だと言っていた。それでも、どこかで召喚された自分の素性を誤魔化すために、シルファは住まいを変えているのではないか。そう思えて、ミアには罪悪感があった。
「え? まさか君達は一緒に暮らしているのか?」
「あーー」
ドミニオの声に、ミアはしまったと思ったが後の祭りである。素性を詮索されるのがまずいことは明らかなのだ。ミアがどうしようという顔でシルファを見ると、彼はワインを置いて苦笑した。
「ミアは隙だらけだな。まぁ、それも覚悟の上でのお披露目だけどね」
「え?」
戸惑うミアを置き去りに、シルファは王子を見た。
「王子の質問は全て的を射ています、そのとおりですよ」
「全て……?」
シルファは開き直ることにしたのか、困惑している王子に笑顔を見せる。
「彼女の存在は今日の晩餐会で公になったことですし、王子にはお教えしますが。彼女はとある国の公女で故あって私が預かっています。ただ、そろそろ彼女の抱える事情にも動きが必要だったので、今日はこの場に連れ出してみたのですよ」
「彼女の抱える事情?」
「王子ーー彼女についての情報を望むなら、覚悟が必要ですよ」
ミアもぞっとするほどの気迫をみなぎらせて、シルファがドミニオを見据えた。王子を肩をすくめて、「わかったから、凄まないでおくれよ」とすぐに降参する。
「僕が知りたいのは事件のことだよ。レイラ嬢がなぜ殺されなければならなかったのか、それを知りたいだけなんだ」
「王子なら犯罪対策庁にも知り合いがいるでしょう。事件の捜査はそちらに聞いた方が早いですよ」
「――聞いたよ。痴情のもつれから、捜査を進めているってね」
「ではなぜ、いまさら私に?」
「納得がいかないからだ。遺体は心臓を抉り出され、踏み潰されていたと聞いた」
「ひどい」
思わずミアが漏らすと、ドミニオが「淑女に聞かせる話じゃなかったね」と配慮のなさを詫びる。
「平気です。でも、それは相当な怨みがあるか、狂人か、どっちかですよね」
「僕もそう思う。でもレイラ嬢は気位が高いし難しいところのある娘だったけど、潔癖な女性だったから、痴情のもつれなんて信じられない」
「王子の気持ちは分かりますが、本人が潔癖でも、彼女に好意を抱いていた者が全て善人であるとは限りません」
「だけどフェゴール伯爵の令嬢だよ? もし犯人が捕まったら、よほどでない限り家ごと破滅するだろうね」
ドミニオの言い分から、何となくフェゴール伯爵が権力者であるのが、ミアにも垣間見える。
「たしかに事件としては、腑に落ちないことが多いのは認めますが」
「だろう? だからこそ、シルファの見解を聞きたいんだ」
シルファは呆れた素振りで王子を見ているが、会話に付き合っているところを見る限り嫌っているわけではなさそうだ。ミアも王子の人懐こさのせいか、第一印象よりもかなり人柄に好感を抱いている。
「見解……。そうですね、私は最近立て続けに起きている事件が、どこかで繋がっているのではないかと言う仮説を立ててみたのです」
「え?」
「一連の事件には、死因に共通点があります。心臓を抉り出し踏み潰す。犯人の供述は先の事件を模倣したという理由に集約されているようですが……」
「君には納得がいかないと?」
「――呪術では人を殺せない。ですが、人心を操ることを呪術であると考えるなら、一連の事件は呪術の仕業であると言えるのかもしれません」
「人心を操る呪術?」
「私に言わせれば、ただの洗脳といった方が現実的ですね。強い思い込みは、そういうものに形を変えることがあります」
「黒幕がいるということか?」
「わかりません。まだ私の憶測でしかなく、全く繋がりが見えてこないので」
「ただの偶然かもしれないし、そうではないかもしれない?」
「はい。ただの仮説です。個々の事件に犯人があり、彼らに共通項はない。正直にいって、今のところ偶然の可能性の方が高いです」
「まだDサクリードの勘でしかないと?」
「そういうことです」
シルファが頷くと、ドミニオは乗り出していた上体を引いて、椅子の背に重心を預けた。ミアには王子が期待に沿う話を聞けたのかどうかはわからない。ミアはこの国の魔女や呪術への意識の根深さを改めて考える。もし本当に何らかの信念を持って魔女狩りを行う者が有り、人心を掌握する力があるのなら、ただ恐ろしいというのが素直な感想だった。
シルファがそんな者を追いかけているのなら、相当な危険が伴うのではないだろうか。ミアは呪術対策局の局長という彼の立場に、はじめて不安を感じた。
「シルファーー」
その不安に突き動かされてミアが口を開いた時、同時に宮殿の中庭から甲高い悲鳴が聞こえてきた。
ミアが声のした方を振り向くと同時に、シルファが素早く立ち上がって露台の勾欄に駆け付ける。身体を乗り出すようにしながら中庭を一瞥すると、傍に駆け寄ろうとしていたミアに厳しい声を出した。
「来るな!――おまえは見ない方が良い」
「え?」
「人が倒れていて、あまり気持ちの良い光景じゃない。……ベルゼ、いるか?」
「ーーはい」
今まで全く気配を感じなかったが、光の届かない露台の暗闇で、すっと影が動く。全身を黒い衣装に包んだベルゼが、光の届くところまでやって来て姿を見せた。
「ミアを頼む」
「かしこまりました」