2:別次元の貴公子
セラフィに導かれて離れの広場に出ると、大きな窓から臨める中庭の景色が夕闇に抱かれている。晩餐会の時刻も迫っているのだろうと、想像がついた。
「あ、シルファ様」
セラフィの声に重なって、大理石の床に足音が響く。ミアは振り返って唖然とする。自分だと気づくかどうかという懸念や期待の入り混じった気持ちは、一瞬でどこかへ吹き飛んでしまった。
自分が着飾るということは、シルファも相応しい支度をすると言うことなのだ。ミアは全くそんな考えに至らなかった自分の愚鈍さを呪う。
(どこの王子様だよ!)
思わずそんな感想が出るほど、広場に現れたシルファは別次元の貴公子に変身していた。ミアの知る正装を超越した衣装で、ひたすら豪奢である。いわゆる宮廷衣装というやつだろうか。いつも無駄に品の良い仕草だと感じていたが、彼は正真正銘の貴族ーー公爵のようだ。歩み寄ってくるシルファを眺めながら、ほんやりと映画の一場面を鑑賞している気持ちになってしまう。
「ミア」
至近距離まで歩み寄って来たシルファに声をかけられて、ミアはようやく我に返った。
「いいね。すごく綺麗だ。異国から招いた深窓の佳人に相応しい」
セラフィの神業のおかげであるが、たしかに今の自分は完璧な美少女である。下手な謙遜はセラフィに対して失礼だろう。ミアは卑屈にならず、シルファの賛辞を素直に受け取っておこうと笑ってみせた。
「ありがとう。シルファも王子様みたいだね。はー、本当にびっくりした」
「ーー驚いたのは、私の方だが」
シルファはミアの手袋に包まれた手を取って、そっと口づける。
「ぎゃ!」
思わず手を引っ込めてしまう。単なる挨拶なのかもしれないが、ミアは深窓の令嬢にまでは、なり切れない。
「ご、ごめん……なさい。挨拶だっていうのは分かるけどーー」
頬に熱が巡るのを感じて、ミアは居たたまれない思いで俯いた。ふっと目の前が陰ったかと思うと、シルファが身を屈めて美しい紫の瞳で、ミアの目をのぞき込む。
「その男慣れしていない感じも、庇護欲をそそるだけで悪くない。口説きたくなる」
「ーーいちど地獄に落ちてこい」
視線に力をこめると、シルファはミアの反応を予想していたのか悪戯っぽく笑う。
「その調子で良い。何も気負う必要はないからな。美味しい物が食べられると食い意地でもはっていろよ」
いつもの軽口だがミアはすとんと気持ちが落ち着いていることに気づく。どうやらシルファには自分の緊張を見抜かれていたのだろう。興味がある反面、王主催の晩餐会という社交の場に赴くことは、やはり未知の体験で不安でもあった。
「ミアには迷惑な事もあるかもしれないが、まぁ何があっても気にするな」
「?」
怪訝な顔をしてシルファを仰ぐと、彼は含みのある微笑みを返してくる。
「時間だ。行こうか、お姫様」
嫌な予感しかないが、広場から続く玄関に正装した人達が現れる。どうやら晩餐会への案内のために、使いの者が現れたらしい。問いただしている時間もない。ミアは仕方なく差し出されたシルファの手に、掌を重ねた。