小学生が描いた夏休みのポスターがおかしい件
「うーん、今日も疲れたなぁ……」
家に帰って早々、僕は倒れるようにソファに腰を下ろした。
夏休み明け、元気な児童の姿を見られたのは嬉しかった。しかし、子供と関わるのが久しぶりだったせいか少し疲れてしまった。
そしてなにより、児童は午前で帰宅するのと対照的に、教師はその後も仕事が山積みである。
会議や新学期の調整をしているうち、気づけばすっかり陽も落ち、時計を見ると20時を回っていた。
「……せっかくだし、今日集めたポスターの確認でもしようかな」
今日はこのままゆっくりしても良いのだが、いつかやらねばならない事は、早めに終わらせるに限る。僕は持ち帰ってきたポスターの束を机に並べた。無論、夏休みの宿題である。
そしてそれぞれに貼られた、ポスターの説明が書かれた小さめの紙へと視線を向けた。まずは一枚目のポスターだ。
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【タイトル】世界の輪
【説明文】僕は世界中の人たち全員に仲良くなってほしい、という気持ちをこめて、このポスターを書きました。
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「なるほど、人権ポスターか」
この男の子は普段から宿題を忘れることが多く、夏休みの宿題もちゃんと出すか不安だった。ちゃんと提出しているようで安心だ。僕は説明書きから視線を外し、ポスターへと目線を移した。
「なるほどー」
ザ・ポスターというべきスタンダードなデザインだ。
こういう「小さい地球の上で人が手をつないでいる」系のポスターは毎年山ほど提出される。
他には汚れた地球が泣いているイラスト(女子に多い)とか、ポイ捨てされたタバコから現れた炎が邪悪な笑みを浮かべているイラスト(男子に多い)も山ほど見かける。
なのでその手のポスターには残念ながら「アイデア」という面では高評価は付けられない。では、技術面はどうだろう。
僕はポスターの細部へと意識を向けた。うーん、少し色ムラが多い気がする。
「……触手?」
腕がえげつないほど絡み付いてる。
絵が下手なのか、それとも化け物が潜んでいるだけなのか。
「よく見たら日本どこだよ」
なんか違和感あると思ったら、この地球、南アメリカだ。強制はしないけど、普通日本が真ん中の世界地図描かない?
「……まぁ、ちゃんと提出しただけエライかな」
気になる点はあったけど、キチンと出したのはしっかりエライ。
次見よう。僕は今見ていたポスターを脇に置き、次のポスターの説明書きへと視線を移した。
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【タイトル】世間の目
【説明文】最近、自宅前の公園や通学路においてポイ捨てされたゴミが見受けられます。なので私は、ポイ捨てを防止するための、世間の目を意識したポスターを描きました。
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「お、環境系のポスターか」
自分の問題意識を元にポスターを描くなんて感心だ。気持ちのこもった絵は、それだけで完成度が高くなる。僕は期待を胸に作品へと視線を向けた。
「こざかしいな」
ポスターってさ、こういうのじゃなくない? 大人のやり口を小学生のうちから覚えないで欲しい。
次!
◆
【タイトル】死のウイルス
【説明文】僕はウイルスの恐怖を伝えるためのポスターを描きました。
◆
「今度は衛生系のポスターか」
感染症は世界中で犠牲者を出す由々しき問題だ。それに身近な所にもウイルスは潜んでいる。例えばインフルエンザだって立派なウイルスだ。
衛生系ポスターでよく見るのは手洗いうがい関係の絵だが、果たしてこの子はどうだろう。
「……見たことあるなコレ」
これアレだ、死のデッキを破壊するウイルスだ。カードゲームのイラストパクんな。
次、次!
◆
【タイトル】守ろう、生き物
【説明文】私は生き物をむやみに乱獲したり、売ったりするのを警告するポスターを描きました。
◆
「この子は動物愛護か〜」
生き物の売り買いが当たりとなった今の時代、そうした生物の尊さに改めて目を向けるのは大切な事だ。
いったいどんなポスターを描いたのだろう。
「???」
守るべき動物のチョイスが異端すぎない? これじゃ誰もピンと来ないと思う。あとコーカサスオオカブトその持ち方したらたぶん鉤爪で手の平えぐられる。
次! 次!
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【タイトル】やめよう、いじめ
【説明文】人を傷つけるのはいけないことだと思うので、私はいじめを止めたいという気持ちでポスターを描きました。
◆
「いじめ防止ポスターか」
いじめはいつの時代でも、必ず考えなければならない問題だ。
こういった、いじめを許さない精神を持った子がクラスに居てくれるのは非常に心強い。どれどれ、どんなポスターを描いたのだろう。
「残酷かよ」
両目潰されてません? いくらなんでも絵面がグロすぎる。
「……」
「やっぱダメだろこれ」
おめめグッチャグチャ。
あと「ひまつぶしの目つぶし」ってなに? 言葉遊びしてる場合じゃないだろ。
次、次!
◆
【タイトル】信号をよく見よう
【説明文】交通事故を減らすには、一人一人が注意することが大切だと思いこのポスターを描きました
◆
「今度は交通安全ポスターか」
児童は毎日通学路を通って学校へと登校してくる訳だから、事故は最も気を付けなければならない出来事と言っても良いだろう。僕は期待を込めてポスターへと目を向けた。
「なるほど、ちゃんと渡ろうってイラストか」
色合いが地味なのを除けば、なかなか良いポスターだ。
「……ん?」
「よく見たら赤信号だ!?」
笑顔で規律を破るな。
「……あとこれ誰だよ」
全裸の黒人が笑顔で走って来てる。怖っ。果たしてこの女の子は無事に横断出来たのだろうか……。次!
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【タイトル】終わる命
【説明文】気を抜いた瞬間訪れる死を描きました。
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「言い方もうちょい無かったかな」
なんかタイトルと説明が怖いけど、こっちの子が描いたポスターはどんな感じなのだろう。
「エグすぎる」
ひまつぶしの目つぶしもそうだけど、韻を踏むの流行ってるの?
「……ん?」
「この子、さっき横断してた子だ!」
轢かれんのかよ。やっぱり赤信号で横断するのは良くないね。次!
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【タイトル】
【説明文】ごめんなさい。絵は苦手なので、代わりに川柳を描きました
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「???」
全く代わりになってないんだけど、どういう意味?
「……ちょっとだけ上手い」
でも絵を描け。流石にこれは再提出させるからな! 次!
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【タイトル】世間への警鐘
【説明文】なんかもう、何描けば良いか分からなかったのでとにかく警鐘を鳴らすポスターを描きました。
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「諦めんな」
なにを描けば良いのか頑張って考えるのが課題の一つだ。それを放棄しちゃダメ。
「そもそも、題材を決めずにポスターなんて描けるのか?」
何に対して警鐘を鳴らすポスターを描いたのだろう。
「警鐘ってこういうのじゃない!」
本当になんのポスターだよ。
「……他のチェックは明日で良いか」
なんかもう、今日は疲れてしまった。もう寝よう。僕はおもむろにベッドへと向かい、そのまま横になった。おやすみなさい。
END