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23.英雄たちの凱旋

 風は、轟きを伴っていた。それは一瞬の静寂の後に、地響きのように広大に響き渡った。

 歓声だ。


 学年も、クラスも飛び越えた大歓声が、驚異の大逆転を果たした英雄を祝福する。

 まだレースを終えていないクラスがありながらも、感極まった五組の面々が、一斉にフィニッシュラインの向こうで空を仰ぎ立つ堂島へ飛び込んでいく。第一コーナーにいた連中から次々と堂島を囲み、もみくちゃにしていく。


「――ふう」


 大喝采を見ながら、俺はようやく、無意識に緊張で詰めていた息を吐いた。他のクラスメートのように走っていくことはなく、しかしひとりだけ残っているのもどうかと思いゆっくりと歩いていく。どのみち三年生はこのままトラックに残り閉会式だ。焦る必要はない。


 いやはや、全く。

「かっこいいなあ、畜生」


 皮肉も文句もつけようがない。絶対に敵わないよなあ、あんなの。

 全クラスがゴールした頃になって、ようやく俺は第一コーナーにまでたどり着いた。まだまだ五組は興奮の坩堝るつぼだ。その様を距離を置いて眺めながら、フィールドの芝生に座り込む。

 あれに混ざるのは、やっぱり性に合わないよな。


「――あら、あなたは行かないの?」

 不意に横に立った奴が言う。見るまでもない。

「そっちこそ、行かないのか」

「私はこっちの方がいいもの」

 そうかい、と笑って、俺は盛り上がるクラスメートを眺める。


「凄かったな、神子島みこしま。あそこから二位近くまで上がれるのな」

「あら、全員で頑張った結果よ。あなただってかっこよかったわ」

「そいつはどうも。――ま、一番かっこよかったのは、どうしたって堂島だけどな。まさか大逆転の一位とは。恐れ入るぜ」

 そうね、と淡白に返す神子島を、ちょっとした悪戯心で見上げ、

「どうだ、惚れ直したんじゃねえの?」

 言ってからすぐに激しく後悔した。いろんな意味で。


「は、惚れ直す?」

 怪訝そうな顔で俺を見下ろす神子島。照れ隠し、という感じは全くないな。なんだ、惚れ直すまでもなく最初からマックスラブってことか。とか考えてさらに自己嫌悪に沈んだ。

 なに言ってんだ、俺。自爆。


「……なんでもないです」

「はあ、そう」


 首を傾げながらも、俺が顔を逸らしたので神子島もクラスメートたちの方に視線を戻す。まだまだ堂島がもみくちゃにされている。そろそろ閉会式に並べとか言われる頃だが。


「どうだった?」

 不意に神子島が、そんなことを問いかけてくる。なにが、とはもう返さない。

 そうだな。


「悪くない……かな」


 体育祭、一連の件を通して。

 主人公にはなれなくても――それが、困っている誰かを助ける努力をしないという言い訳には、もうしない。

 そう、決意できた。


「ま、何度もやりたくはないけどなー」

「そう。まあ、そうでしょうね。……でも」

 でも、という言葉の後に、神子島がなんて続けたのかは、風に遮られて紛れてしまった。


「ん?」

「――いえ、なんでもないわ」

 首を振って、神子島は苦笑する。

 ……ん、んー。


「まあ……俺にもまだできることがあるときなら、頑張ってみるのもありかもな」

 脈絡のないような俺の言葉に、一瞬神子島はきょとんとして――それから、ぷいっと顔を逸らした。

「……そう」


 風の中で神子島が何と言ったのか、はっきりとはわからない。

 けれど、俺の答えを聞いた神子島の口許には、ほのかに笑みが浮かんでいた。


「おーい、ふたりともー!」

 呼ぶ声が聞こえる。神子島だけでなく俺まで含めているということは、呼び主はひとりだ。

 いつの間にか円陣を作っている輪の中から、八瀬さんが大きく手を振って呼んでいる。

「一本締めするよー!」

 マジか。盛り上がってるなあ。


「……神子島、一本締めだってよ。行ってきたら」

「あら、あなたも行くのよ」

 えー、と嫌な顔をするも、立ちなさい、と腕を掴んで引き上げようとする。仕方なく渋々立ち上がり、「――いっ!」


「…………? どうしたの、御社くん」

 ついて来ず、振り返ると引っ繰り返っている俺に眉をひそめて問うてくる神子島。いや、察してくれよ。右のももを抱えて悶絶してるんだから。


「あ、足」

「ええ」

「足った……!」


 とうとう攣った。それも人生最大級の激痛だ。ぐおお、と思わずのたうち回る。その拍子に今度は左足まで攣った。「――、――、――!」地獄の痛みに声も出ない。その様を、神子島は助けるでもなく呆れるように見下ろして、

「ほんとにあなたは、締まらないわねえ」


 全くだ。


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