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夢の診療病棟  作者: お米
9/30

9. 宮本葵(2)

 目を開けて、見覚えのある天井をぼーっと見ていると、知らずとため息が出た。また今日も憂鬱な一日が始まってしまった。

 いじめもひどくなる一方だった。

 最初の方は机に書かれた落書き、下駄箱から上履きがなくなったりと、その程度のものだった。

次第に教科書が無くなったり、切り刻まれていたりした。授業を受けるのに支障が出るようになった。

 その時は教科担当の先生には、教科書を忘れた、とだけ言うと、となりの人に見せてもらいなさい、と言われ、その時はとなりの席の女子生徒に見せてもらったが、何度も見せてもらうのもおかしいので、教科担当の先生には、無くしてしまったことにして説明をした。予備の教科書を貸してもらったが、その教科書も無くしてしまった。

無くしたのではなく、山辺恵子らがやったに違いなかった。

 数々の嫌がらせの中でも一番驚いたことは、わたしの机がグラウンドのど真ん中に置いてあったことだ。

 登校して教室に入ると、わたしの机が教室から消えていた。周囲からくすくすと笑い声が聞こえる。わたしはすぐにやつらの仕業だと思ったが、そんなことよりも、わたしの机はどこに行ってしまったのか、あたりを見回したが、どこにもなかった。そんなわたしとは違い、皆の目線がある方向に集まっていることに気づいた。

まさかと思い、わたしは教室の窓に向かって歩いた。そんなバカな、そこまでするのか、いや、あいつならやりかねない。

 窓の外を見ると、広く茶色一色のグラウンドの真ん中に、机と椅子が綺麗に置かれていた。グラウンドの土と机の木目の色がよく似ているので、一瞬、幻ではないだろうかと疑った。

 わたしは目を大きく開けていた。驚き、足が重く感じ、胸が締め付けられるような。次第に怒りが滲み出てきたが、わたしはそれを押し殺した。怒りをぶつけたところでますますいじめがひどくなるのではないか、という思いがあったからだ。

まだ大丈夫。わたしそう自分に言い聞かせ、教室を出た。

 幸い、わたしの机と椅子には、特におかしなところはみられなかった。すこし砂埃が付いていたが、問題はない。


 わたしは机と椅子をグラウンドから運び出した。机と椅子を両方同時に持って行くことはできなかったので教室とグラウンドを二往復した。どちらかを持って教室に置いておくのが不安だった。

 仮に机を先に持っていき、教室に置く。そしてわたしが椅子を取りに行っている間に、その机に何かされるのではないだろうかという不安があった。誰か手伝ってくれるクラスメイトもいなかった。小向沙緒里がもしかして手伝ってくれるかもしれないとささやかな期待をしたが、そんなことはしてくれなかった。わたしを助けたらきっと彼女もいじめの対象にされるだろう。それを恐れているのではないかと思った。


 どうせなら、わたし一人ではなく彼女もいじめられればいいのに。そうしたらわたしへのいじめもなくなるかもしれない。

 わたしは一瞬でもそんなことを考えた自分が許せ。


 最初に机を運び、その次に椅子を運んだ。わたしの予想は外れ、机には何もされなった。

わたしは平静を装い、何事もなかったかのように、少し砂利で埃っぽくなった椅子に座った。

「ちっ」とわたしの後ろの方から舌打ちが聞こえた。

きっと山辺恵子だろうと思い、わたしは振り向かず、そのまま授業の準備をした。


 お昼休憩までの間、わたしは一歩も教室から出なかった。教室から出た時に、また何かしらの嫌がらせをされるのではないかという不安があったので、出られなかったのだ。

 お昼休憩に入ると、これまで我慢していたトイレにもさすがに行きたくなった。机と椅子を持ち運ぶわけいかないので、教科書や筆記道具を一旦、机の中から出し、鞄にいれ、それを持ってトイレに駆け込んだ。


 個室から出ようとした時、突然、上から水が降ってきた。わたしたちはびしょ濡れなった。あまりに突然だったので、声が出なかった。

 外から笑い声がする。


「宮本さんが暑そうだったから、涼しくしてあげたの」

 げらげらと笑い声が聞こえる。山辺恵子の他にもいるようだった。

「どう? 気持ちいいでしょ」

「恵子ひどすぎ」と笑いながら山辺恵子に言っているようだ。

「ひどいって何よ。わたしは宮本さんのためを思ってやったのよ。ねえ、宮本さん」

 皮肉がたっぷりと詰まった言い方で、わたしに問いかけてきた。

わたしは黙ったままだった。早くどっかいってくれないかということだけを願っていた。

「ちっ、なんかいえよな」とトイレのドアを蹴られた。

わたしはびくっとして肩が一瞬上がった。声を上げないように必死だった。

「あーつまんないの。せっかくあんたのためにしたことなのに、お礼の一つも言えないなんて、どういう教育を受けているのかしら」

 わたしはそれでも黙っていた。

「まあ、いいわ。もう行きましょう」

 わたしはしばらくトイレに篭っていた。もしかしたら山辺恵子たちが、まだドアの前にいるかもしれないと思ったからだ。

 しばらくして人の気配がなくなったところを見計らって、ドアのそっと開けた。誰もいなくてほっとした。

 わたしは濡れた髪と制服をどうしようかと考えた。誰にも見られたくないので、ひとまず屋上に行くことにした。

 屋上には誰もいなかった。山辺恵子が一度だけ、わたしがお昼ごはんを食べている時に現れたので、もしかしたら屋上にいるかもしれないと思って、恐る恐る屋上の扉を開けたが、ほっとした。

 梅雨も明け、季節はもう夏だ。セミの鳴き声も遠くから聞こえる。天気もよかったので、ここまま屋上にいればお昼休憩が終わるまでに髪と服は乾くだろうと思った。

 昼休みが終わりが近づくのを告げる予鈴がなった。なんとか髪と制服は乾いた。下着は少しまだ濡れいていたが、少し気になる程度だったのが、見た目に問題がないのなら、それでよかった。これなら何事もなく教室の戻れる。

 教室に戻って、わたしはいつもの通り授業を受けた。教室に入った時は、山辺恵子が少し驚いた表情をした。

 髪と服が乾き、何事もなかったような態度に驚いたのか、それともあんな仕打ちまでされてまだ授業をうけるつもりなのか、と思ったのだろうか。

 その後は何事もなく放課後を迎えた。

 わたしは今日最後の授業が終えると同時に教室から出た。上履きから外履に履き替えて、逃げるように学校を後にした。


 家に帰ると母の、おかえり、という声が聞こえた。学校でいじめにあっていることはまだ母には言っていない。

 今後も言うつもりはない。心配はかけたくないのだ。母は異様に感が鋭い。わたしの表情を見て、何かあったのではないかとすぐに気づいてしまう。実際にわたしが小学五年生の頃に、クラスの女子に嫌がらせをされていた時だ。母はその時の、わたしの様子を見て、勘付いた。わたしはいつも通り、平静を装っていたが、母はそれを見破っていたのだ。その時はわたしもまだ小さかったので、隠し通せなかったのだろう。でも今はまだ、勘付いてはいないようだった。

 わたしは母にただいまと、言っただけで、すぐの自分の部屋に向かった。あまり母と喋るとばれそうになるのが怖かったのだ。

 わたしは鞄を床に置いて、着替えもせずに、そのままベッドに横になった。涙が出てくるのを必死で堪えた。

 なんでわたしだけが、こんなつらい目に会うのだろう。こんな今の状況を恨んだ。

 あの夢の中に行きたい。あそこなら、わたしをいじめるあの憎い女もいない。変な院長がいて、院長を罵る看護師さん、他の人もわたしがいじめられているの知らないので、気遣いとかなしで、他愛もない話しもできる。それぞれが何か現実で不安や不満を持っていて、あの夢の診療病棟に来ているということだが、お互いに深くは詮索しないようにしているのはなんとなく感じていた。だからこそ、わたしにとって、あの夢の居心地がよかった。


 死んだらずっとあそこにいられるんだろうかと思った。

 しかしそんな思いはすぐに消えた。わたしは何を考えているのだろう。

 そもそも死んだら夢をみることはない。夢を見ることもなく、ただ、暗闇を彷徨うのだろうかとか、死んだ世界のことをいろいろと考えてみたが、次第に怖くなった。


 いっそあの夢の中で話してみようかとわたしは思い始めた。

 あそこなら母に心配もかけることもない、でもそんな話をして皆はどう思うだろうか。その場の空気を悪くしてしまうのではないか、それともそんな話をされて迷惑がるのだろうか。

 やはり、相談するのはやめておこう。話すことで、夢の世界が壊れてしまうのではないかとわたしは思った。

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