8. ナナ
外も暑くなってきた。日陰が涼しい。
家の近くの公園で一人で散歩中だ。いや、一匹と言った方が正解だろう。
ご主人の体調が悪いようで、しかたなく今日も一人で散歩をしている。
近くで子供たちが遊んでいる。
ナナは子供たちと少し離れたところの木陰にお行儀よく座っていた。
首輪をしているので、野良犬と思われていないようで、警戒されてはいないようだ。
野良犬の場合だと、噛まれる恐れもあって、怖がられるてしまう。ナナは今のご主人に拾われるまでは、野良犬として生きていた。
その時は怖がられたものだ。ナナ自身も人を信用していないところもあった。
ある日、人がナナを捕まえて、無理やりに檻に入れられて、車に押し込まれようとしていたところ、今のご主人に救われたのだ。
ご主人は言っていた。お前は保健所というところに連れらていくところだったんだぞ。よかったな、わしが今日からおまえのご主人さまだぞ。
保健所とは一体何んのことが分からからなかったが、そこに連れられていたら、殺処分されていたみたいだ。
どうやらナナはご主人に命を救われたようだ。ご主人からはとてもいい匂いがした。ナナの警戒心はいつのまにか解けていた。そういったことが事情があって、ナナはご主人の家で飼われることになったのだ。
一ヶ月ほど前からだった。ご主人の体調が悪くなったのは。
体調が悪くなる以前は、朝夕と計二回、ご主人が散歩に連れていってくれた。
でも今は一人で散歩している。ナナは少し寂し気な様子だった。
ここはご主人とよく散歩した公園だった。ご主人は高齢なので、すぐに疲れてしまう。ここは散歩の途中でご主人が休憩していた場所でもあった。
ご主人とまた一緒に散歩できるのいつになるのだろうか。ナナはそんなことを考えていた。
「こんなところに犬がいるー」
一人の少年がナナの方に近づいて来た。
「わん」ナナは挨拶をした。そこへもう一人、少女が近づいて来た。
「なんでこんなところ一人でいるのかな」
「迷子なんじゃない? ほら、首輪してるから」
二人は周りをきょろきょろと見回した。
「いないね…」少女は少し心配した様子だった。
「もしかして捨てられちゃったのかなー」少年がぽつりと悲しそうに言った。
「わんわん!」ナナは吠えた。
首輪をしているのがやはり効果的だったのか、二人はナナのことを怖がってはいないようだ。頭を撫でていた。
少年少女よ、わたしは捨てらてはいないよ。ちょっとご主人さまの体調が悪くて、一緒に散歩してくれる相手がいないだけだよ、とナナは訴えたい様子だった。
「そのうち飼い主が戻ってくるよ」と少年が言った。
「そっか、そうだといいね。じゃあまたね、わんちゃん」
「わん」と一吠えだけした。
そうして二人は、向こう側に遊んでいる子供たちの方に走っていった。
ナナは公園を出た。
道路を歩いていると、脇にある塀の上で、野良猫が気持ちよさそうに寝ていた。
ナナはすこし脅かしてやろかと思ったのか、その野良猫の近くに寄ってみたが、猫はナナが近く気配を感じたのか、起き上がり、逃げていった。
少し歩いて行くと川が見えて来た。ここの河川敷では、よくご主人と一緒に散歩をしたところだった。
その時だった、ご主人と同じような匂いがした。もしかしてご主人、元気になって外に散歩でも出かけたのかと思ったのか、ナナはその匂いがする先へ走った。
しかし、途中で匂いが薄くなったりして、あたりをうろうろした。鼻をくんくんしながら、なんとかその匂いを嗅ぎ付けようとした。
匂いを嗅ぎなら、歩いていると今度はお主人の匂いと別に、変な匂いがした。
ナナはその匂いの先を辿った。
するとその先には男がいた。その男からはご主人と匂いと油が混じったような匂いであった。
男はナナに気づいたようだ。
「お、犬だ」すこし驚いた様子だった。
「どうした、わん公。迷子か」と男性は声をかけた。
「わん」とナナは吠えた。
「首輪してるようだけど、飼い主はどにいるんだい」男はまわりを見た。
「わんわん!」
「おまえ、一人なのか」男は少し不安気な様子を見せた。
「わん」
「そうだ、お前腹減ってないか?」男はビニール袋の中に手を入れて、何かを探しているようだ。
「ほれ、ちくわ」
そういえば、朝にご主人が用意してくれたごはんを食べて以降、ナナは何も食べてないのでお腹は減っていた。
ナナはそのちくわを食べた。
ナナは飼い犬になったせいか、人に対しての警戒心はなくなり、かなり人懐こい性格になっていた。
「おいおい、もっとゆっくり食べなよ。誰も取ったりしないからな」
野良犬の時の癖は直っていないようだ。餌を横取りされることが多々あったので、早く食べる癖が残っていた。
あっという間にちくわはなくった。ナナは物足りなさそうな顔をしていた。
「まだほしいのか、でもごめんな、もうそれしかなかったんだよ」と男性は申し訳そうな顔で誤った。
「今度会った時は、もっといっぱい食わせてやるよ」
「わん!」とナナは元気に吠えた。
ナナはお腹が少し満たされたせいか、ご主人と思っていた匂いのことはすっかり忘れたようで、来た道を反対に向かって走っていった。
「あいつ、ちくわ食ったらすぐ行きやがった」と男性は薄ら笑いした。
あの匂いがご主人ではなかったので、やはりご主人は外ではなく、家にいることを理解したのか。
ナナはそのままご主人が待つ家に向かって走った。はっはっ、と息づかいをし、ご主人に会いたいという気持ちが高まって、無心に走り続けた。




