3. 宮本葵(1)
ジリリリリリリッ
目覚ましの音に気が付いて、わたしは目が覚めた。
「ここは……」天井からぶら下がっている照明を見て、わたしはほっとした。
「戻ってこれたんだ」とわたしは呟いた。
「あおい、朝よー、学校遅れるわよ」
一階の階段から二階のわたしの部屋に向かって叫ぶ母の声が聞こえた。いつもの朝に聴こえてくる声がさらにわたしを安心させた。
「葵、起きてるの? 遅刻するわよ」
「起きてるってば!」わたしは少しイラっとした。
目が冴えてきたのか、安堵した思いから、急に気分が落ち込んだ。
学校に行きたくない──。
嫌々、ベッドから起き上がる。宿題やってなかったことを思い出し、また嫌な気分になった。
わたしはカーテンを開けた。朝日が眩しい。空には雲ひとつない、いい天気としか言いようがない、が、わたしのこころはその逆だった。
制服に着替えると、昨日のうちに学校の授業で必要な教科書を入れた鞄とスマートフォンを持って部屋を出た。
リビングにいくと、そこには新聞を広げて、ダイニングテーブルに座っている父と、キッチンでわたしの朝食だろうか、準備をしている母がいた。
「おはよう」わたしはいつもと同じ、そっけない態度であいさつをした。
「おはよう」と父親がいった。
「早くご飯食べないと遅刻するわよ」
「わかってる」いつもこんな感じだ。わたしはいたって普通の家庭の子どもだ。
朝ごはんを食べ終えて、洗面所で顔を洗い、歯を磨いた。
「いってきまーす」わたしは、いかにも元気ですよ、と思わせるような口調をして、家を出た。
教室に着いたのは授業開始十分前だった。
わたしの自分の机に書かれた落書きをみた。
『うざい』
高校に入学してから3ヶ月ほど経った頃のことだ。今朝と同じように登校した時、自分の机に描いてあったのを思い出す。
わたしは机に書かれている文字を見た。その時は衝撃的過ぎて、何にが書かれてたかはよく覚えていなかった。
頭の中がぐるぐるして、自分に何が起きたのか理解ができなかった。それほど混乱していたのだろう。
「なにこれ……」
わたしは教室のいる同級生を見回した。みんな知らないような顔をしていた。
当時、まだ友達だと思っていた小向沙緒里<こむかい さおり>の方を見た。すると彼女はわたしに気づいたが、すぐに目を逸らした。
わたしはショックだった。入学式に声を掛けてもらってから、友達だと思って彼女と過ごしていたからだ。
わたしはもう一度、教室内を確認した。すると教室の後ろ奥の方でくすくすと笑う女性グループがいた。
どうやらわたしの机に落書きをしたのは彼女たちのようだ。
わたしは彼女たちの方に向かって歩き出した。
「あのー、わたしの机に落書きされてるんだけど、何か知りませんか」
足が地に付いていない感じがだった。手も少し震えていた。
「はぁ、わたしたちが知るわけないじゃん、なんでわたしたちに訊くの?」
「あ、いえ。何か知ってそうな感じがしたので」
「なんなの、わたしたちを疑っているってわけ、マジでありえないんだけどー」馬鹿にするような笑い方をした。
彼女を周りを囲んでいる、女子生徒たちも同じように笑っていた。
「あ、いえそういうわけじゃなくて……ごめんなさい」
わたしはそう言って振り返り、教室を出ようとした。
「きゃっ!」わたしは突然転んでしまった。足をかけられたみたいだ。
「だいじょうぶー」と彼女は言った。わたしは後ろを振り返り、彼女を見るとニヤニヤと笑っていた。
わたしは文句をいいそうになったが、ぐっと堪えてしまった。そしてそのまま何も言わず、教室を出た。
彼女は同じクラスの山辺恵子<やまべ けいこ>だ。彼女がグループのリーダー格なのはなんとなくだが、分かっていた。
廊下にある手洗い場に向かったが、絶望に引きずり込まれるような感じがして、どこかの仄暗い穴の底に落ちるような感覚に見舞われた。
わたしが何をしたというのだ。
わたしは机に書かれた落書きを消すため、手洗い場にある雑巾を持って、教室に戻った。
そして何事もなかったかのように、机の拭いた。意外と落書きは簡単に消えた。消せるようになっていたのは担任に知られないよにする為なのだと後々気づいた。
机にらくがきは毎日のように続いた。時々、教科書にらくがきもされることがあった。
わたしが席を離れた時などに、こういったことをされるのがほとんどだった。
ひどいときは、教科書な授業でとったノートが切り刻まれていることもあった。昨日、宿題ができなかったのもそのせいだ。
どうしてわたしがいじめにあっているか、未だに分からずにいた。
そうして、いじめが三ヶ月ほど経ち、今に至る。
お昼休憩になると、わたしはいつも通りに母親が作ってくれたお弁当を持って、一人で屋上に向かった。
ここは落ち着く。一人だからだ。ここにはわたしをいじめるやつがいない。
ようやく心を落ち着かせ、地面に座り、お弁当の食べる準備をしたその時だった。
「ガチャ」
そこに現れたのは山辺恵子だった。他にもその後ろに二人いた。
わたしは背筋が凍りつくのを感じた。
「あれー、宮本じゃん」
彼女はわざとらしい口調をして言った。
「なにしてんのー? こんなとこ一人で」山辺恵子はニヤニヤしていた。
「お弁当食べようと思って」
わたしはかなり動揺していたが、平静を装うことに必死だった。なんでここに山辺恵子がいるのだ。
「へー、いいところじゃーん、屋上って初めて来た」とあたりを見回した。
「あ、そうなんだ」
「ちっ」
それは突然だった。
がちゃーん!
突如、わたしのお弁当が宙に舞ったのだ。お弁当の中身は無残にもあたりにばらまかれていた。
「なにすかしてんだよ」
わたしは何が起こったのかわからなくなり、放心していた。
「そういうところ、うぜーんだよ」
「わたしのどこが気に入らないの?」わたしは自分で驚いた。自分でも気づかないうちにそう口にしていた。
「存在。お前を見るだけでうざい」
わたしは唖然とした。存在って……じゃあ死ねというのか。
「言いたいことあるなら、はっきり言えよ」
わたしは黙った。
「ちっ、つまんねーやつ」彼女はそういって二人を連れて、屋上から出ていった。
わたしはしばらく呆然としていた。せっかく聞けた理由があまりにも、理不尽であったからだ。
理由があれば、なにかしら改善ができたかもしれない。存在なんて言わらたら、どうしたらいいか、分からなかった。
おぼつかない足取りで教室に戻った。わたしは落書きされた机を見て、拭こうともしなかった。
「先生、宮本さんの机が汚れているみたいです。宮本さんは体調が悪いみたいなので、わたし手洗い場で雑巾とって来てもいいですか?」と山辺恵子は言った。
「そうなのか、宮本?」先生は言った。
わたしは山辺恵子の大胆不適な行動に圧倒され、はい、とだけ言った。
山辺恵子は絞ったぞうきんを持ってきて、わたしの机を拭きながら言った。
「教師にチクったら、どうなるか分かってるよね」そういって彼女はわたしを見て、にっこりと笑った。
もう死にたい。
学校の授業をすべて終えると、わたしは寄り道もせずにまっすぐ帰宅した。
玄関の扉を開け、ただいまのあいさつもせずに自室に向かった。
そんなわたしを見て、母が心配したようだ。部屋をノックする音が聞こえた。
「葵、帰ってるの? どうしたの何も言わずに部屋に行って」
「なんでもない」
「なんでもないって、何か学校であったの?」
「なんにもないってば!」わたしは怒鳴るように言った。
母はこれ以上、問い詰めてもよくないと察したのだろうか、そう、とだけ言って階段を降りた。
気づいたら、頬には涙が流れていた。なんでわたしがこんな目にあうのか。一体わたしが何をしたのだ。
わたしはふと昨日の出来事を思い出した。それはあの奇妙な夢のことだ。
あそこにもう一度行ってみたい、誰もわたしを知らないあそこへ。
寝たら行けるのではないかと思い、ためしに寝てみることにした。
しかし、なかなか寝付くことができなかった。
結局夕食まで眠ることができず、父がいない食卓で、母とは一言も話さずに夕食を食べ終え、そのままお風呂に入った。
風呂から上がり、自室に戻った。
明日の授業の準備をしようかと思ったが、やる気が出なかった。
わたしは準備を諦めて、ベッドに横なり、目をつむった。




