28. 伊藤達也(4)
僕は今、夢の世界にいる。ここに来るのはいつぶりだろうか。
今回も全員そろっているようだ。
葵ちゃんは以前とは違い、本当に明るく元気になった。彼女の表情から読み取れる。いじめのことは解決したのだろう。
でも彼女が心に傷が完全に消えるのはまだまだ先のような気もするが、たぶん葵ちゃんなら大丈夫だろう。
上條くんも引きこもり生活から脱出できて、ちゃんと高校に通っているらしい。
引きこもり中にやっていたネトゲはまだ続けているらしく、夜中までやっていることがしばしばあるそうだ。そのせいでたまに遅刻するみたいだ。
河内さんも娘さんとはあの日以来、うまくやっていけてるそうだ。ただ、葵ちゃんのこともあるからあまり娘さんの話はしないようにしているらしい。
河内さんは葵ちゃんから学校で娘さんからきちんと謝罪を受けたと聞いた時は、驚いていた。それで河内さんも葵ちゃんに泣きながら謝っていた。
みんな自分にある問題を解決したようだ。
でもまだ僕だけが、何も解決していない。僕自身の問題はなんなのか、とっくに気づいている。だけどそれを解決することが難しいことも、自分がよく知っている。
「いやーよかったよ。葵ちゃんが楽しい高校生活を送れているみたいで」
「はい、おかげさまで。つらいこともありましたけど、これからがんばれそうです」
「ごめんなさいね、ほんとうに」
「河内さんが自分を責めることないですよ」
葵ちゃんは本当に心が広くてやさしい子だ。
「こんなかたちとはいえ、河内さんも娘さんとの関係がよくなってきて本当によかった」
「山辺さん、言ってましたよ。お母さんとはうまく言ってるって」
「え、ほんとに。それを聞いて安心したわ」
「上條少年もあんだけつんつんしていたのに、今はかわいいね」と院長が上條くんをいじる。
「なんで俺だけ、そんな感じでくるんだよ」
「またまたー、照れちゃってかわいい」
「院長、あんまりからかうと後ろから刺されますよ」と小鳥遊さんがいつもの調子で院長を罵倒する。
「夕実ちゃんきっつー」
「上條少年はそんなことしないもんねー」
「それはどうかな、せいぜい夜道に気をつけろよな」
「上條くん、こっわー」
しばらくこんな感じの雑談をしていた。和む。
「わんわん」
「おおー、ナナじゃないか」ナナは僕に近寄った。
「はっ、はっ、はっ」
「おい、やめろって」
「前から思ったんですけど、ナナちゃんっててやたら伊藤さんに懐きますよね」葵ちゃんが言う。
「あ、俺も思った」上條くんも続けて言った。
「案外、顔見知りだったりして、あ、犬見知りか」院長がつまらないダジャレを言う。
「院長つまらなすぎ」小鳥遊さんが突っ込む。
「夕実ちゃんきっつー」
僕はみんなが楽しそうにしているので、言いづらい雰囲気だった。それに自分のことを話すべきなのか、迷った。
ただ最初は、葵ちゃん、上條くん、河内さんはお互いに関係ないように思えたけど、実はそうではなかった。
もしかして、このナナはあのナナではないか、そう思っていたのだ。犬なので、あまりはっきりとは言えないが、きっとそうだと思い始めていた。
「みなさんに聞いてもらいたいことがあるのですが……」
さっきまで笑っていたみんなは口を閉じて、一斉に僕の方を見つめた。
「実は———」僕は河川敷でナナに会ったこと、文江さんのこと、父のことを話した。
「そんなことがあったんですね」と院長が自分の顎ヒゲを触りながら言った。
「やはり、皆さんは見えない糸のようなもので繋がってるようですね、いやはや不思議ですな」
僕からしたここも不思議なことだ
「それで、伊藤さん自身はどうしたいんですか?」
僕は黙ってしまった。
僕は本当はどうしたいのだろう。文江さんから聞いた感じだと、父はあまり長くないような言い方だった。
あまり考えたくはないことだが、おそらく命がということなどだろう。
「正直言うと、どうしたらいいのか分からないんです」
「加奈子は、父と僕の仲が良くなることを望んでいます。だけど、僕は今更なんですが、父に会わせる顔がないんです。画家になることを選び、父の反対を押し切り、家をでました。でも実際は画家として成功しているわけでもなく、絵画教室を開いて、生活をしている。そんな中途半端な状態で会ったとしても父は納得するはずがない。俺の言うことを聞いて、大工の道を選ぶべきだったと言うはずなんです。あの人は今の時代稀に見る頑固親父なんです」
「ちょっと、いいですか?」院長が口を挟んだ。
「ではもし、伊藤さんが画家として成功しているとしましょう。そのいった場合にお父上にお会いしたらどうでしょうか。あなたのお父上はどういった反応をされますか?」
「あっ」
僕は思わず、声が出た。そんなことも考えることができなかったのか。
当然、そんな場合でも父が僕のことを褒めるとは思えなかった。それは、大工の道を捨てたのが原因とかではなく、単に親父は人を褒めてたりするタイプでもなかった。現に僕も親父の褒めらた記憶がなかった。褒めていたのはいつも母だった。
「たぶん、変わらないと思います」
「だったら、もう答えは出ているじゃないですか」
「そうね、もう答えは出てますね。何事もきちんと会って話し合ってみないと分からないものですよ」と河内さんも言った。河内さんの言葉は誰よりも説得力がある。
「何言われても、いいじゃないですか。自分の選んだ道に後悔はない。そういえばいいんです」と院長が言った。
「ねぇ、皆さん」
みんなは黙ってうなづいた。
「お父さんの容態が気になるならなおさらだと思います」と葵ちゃんが言った。
「俺も親父さんには会った方がいいと思うな」上條くん後を追うように言った。
「伊藤さんなら、きっと大丈夫です」と葵ちゃんが励ましてくれた。
ここまでは言われたらもうやるしない。自分の置かれた境遇に苦しみながらも、前に進んだ葵ちゃんや他のみんなを見ていると、ようやく決断できた。
高校生がこんなに頑張っているんだ、大人である僕がここで逃げたらどうしようもないヘタレ野郎だ。
「わかった。親父と話してみるよ」




