2. 自己紹介
「では質問はこれ以上ないようなので──それでは皆さん!」と院長は突如、大きな声を上げた。
わたしは少しビクッとしてしまった。
「お互いに自己紹介はしましたか?」と言いながら全員の顔を確認した。
わたしたちはお互いの顔を見た。
「そういえばまだよねー」アラフォーの女性がまわりに訊いた。
「じゃあ、お互いに自己紹介しましょー」
わたしはふとプライドの高そうな少年の方を一瞥した。予想した通り、嫌そうな顔をしていた。
「じゃあそうだなー、まずは君からいこうか。あとは時計周りの順でお願いしますー」
「えっ、わたし」院長がわたしに向かって話しかける。
急に振られたので心の準備というものがまだできていなかった。
わたしはひと呼吸して、心を落ち着かせた。
「えーっと、宮本葵<みやもと あおい>といいます。高校一年生です。よろしくお願いします」
ごくごく普通の自己紹介だった。
「はい、拍手ー」院長は一人で手を叩いた。ひょろ長いので、チンパンジーが両手で手を叩いているようにも見える。
「次は僕か。えー、伊藤達也<いとう たつや>といいます。画家をやってます。といっても売れない画家なんですが」
「ほぉ、画家をされてるんですね! それはすごい。今度、僕に絵をみせてくださいよー」
見せるってそんなことできるのだろうか、ふとそんなことを思った。
「はは、まぁ機会があれば今度お見せしますよ」伊藤さんはあしらうような口調をした。
「じゃあ、次の方お願いします」
「わたしね。えー、河内富美子<かわうち とみこ>といいます。仕事は経理しています」
「おっ、キャリアウーマンってやつですね」
河内さんという女性は、特に院長のことばに何も答えることはなかった。
「はい、では最後は君ね。トリだねー、頑張ってね」
何か一発芸でも期待するかのように、院長はいった。すると少年は、ちっ、と舌打ちした。
「上條」
彼はそれだけいった。
「下の名前は?」と院長は聞き返した。
「空斗」と院長を睨んだ後、不機嫌そうに言った。
「『上條空斗<かみじょう そらと>』かぁ、いい名前じゃん」
少年はまたも舌打ちをした。
「最後は──って犬じゃん」院長はわざとらしいボケをした。
「じゃあ犬くん、自己紹介できるかなー」
この人は変わった人だな。
「犬が喋るわけないじゃん」と上條くんが馬鹿にしたような言い方をした。
「わんわん、わん、わんわんわん」
「ふむふむ。あーはい、なるほどね、ありがとねー」
分かるわけがないのだが、院長は言葉を理解しているようなフリをしているのだろう。一応頷いていた。
「えーっと、名前はナナというみたいだね。ハチではないよ。あと女の子だって」
「アホくさ」と上條くんは鼻を鳴らした。
「ではでは、自己紹介も終わったことなので、そろそろ本題のカウンセリングをはじめましょうか。では──」と言って院長は両手を叩いた。
「今から十分間、なんでもいいのでみんなで話をしてください」
カウンセリングというものはカウンセラーと一対一で話し合うものではないのだろうか。わたしはそのような先入観が持っていたので、意外だと思った。
「なんだよそれ、カウンセリングと何も関係ないじゃん」上條くんはまた馬鹿にした言い方をして、明らかに嫌そうだった。
わたしもそれは嫌だった。初めて知り合った相手と何を話したらよいか、分からないからだ。
他人と話をするのが苦手だ。この場に居るのも、息が詰まりそうだった。
「まぁまぁ、とりあえずこれやれば家に帰れるから、ね!」と院長は駄々をこねる子供の相手にするように言った。
「話すっていってもねー」と河内さんが困った表情をした。
「お題とかないの?」と伊藤さんが言った。
「お題ですか…」院長はそう言って、顎を手で触り、考え始めた。
「それじゃあ、ここに来る前までは何をしていたか、とういうはどう?」
「ここに来る前…ですか」伊藤さんが少し困惑した様子だった。
「それは、眠りにつく前に、ということで合っていますか?」ここが夢なら、ここに来る前は何をしていたかというと、寝ていたということになる。伊藤さんはここが本当に夢の中なのかが、少し気になったような、そんな言い方しているような気がした。
「はい、合っていますよ」院長はニヤっとした。
「僕は……絵を描いていたよ」
「おっ、流石は画家」
なにが流石かは、分からなかった。
「もう少しで完成なんですけど、筆が進まなくてね。これ以上続けても描けそうになかったので、寝ることにしました」
「へぇ、なんで描けなかったの?」院長はあまり触れてはいけないようなところに、ズカズカと土足で踏み入れるように訊いた。わたしは伊藤さんの顔を確認してみたが、嫌そうな感じではなかった。
「何かが足りないんです」伊藤は顎に手を当てて、無精髭を触りながら言った。
「何かって、何がなんです?」と院長は続けて訊いた。
「それが、全然分からなくて困っているところなんです」
「ふーん」院長もそれがなにか検討がつかなかったのか、この話をこれ以上に広げようとはしなかった。
「河内さんは、何をしていました?」
「わたしはそうね、あしたの娘のお弁当の支度をして、お風呂に入った後、そのまま寝たわ」
「河内さん、お子さんいたんですねー、お歳はいくつなんですか?」
「今年高校生になったばかりよ、葵ちゃんと同じね」
葵ちゃん、下の名前で呼ばれることには慣れていないせいか、すこし恥ずかしくなった。
「えっー! 河内さんって高校生のお子さんいるんですか。一体いくつの時に産んだんですか」
河内さんは余計なことを喋ってしまった、といったような顔した。
「えーっと、たしか二十歳ぐらいだったかしら」と少し慌てた様子でこたえた。
「へぇー、すごいなー。最近ではかなり早いほうですよね」
「ええ、まあ…」
二十歳か、あと四年後に母親になっている。ふとそんなことを考えてみたが、自分が母親になっている姿が想像できなかったので、これ以上考えるのをやめた。
それにしても河内さんの娘さんと同い年か──わたしはある人物のことを思い浮かべてしまい、嫌な気持ちになってしまった。
「へぇー、高校生かー、いいねー青春だねー」院長がうらやましそうに言った。
青春なんて、そんないいものではない。わたしは口に出しそうなになるのを我慢して、こころの中でそう言った。
「葵ちゃんは何してた?」
「わたしは……宿題をしていました。そのあとは明日の授業の準備を済まして、寝ました」
嘘をついた。宿題なんてしていなかった。しようと思ったけどできなかったのだ。
「えらいねー、宿題ちゃんとやるなんて。おじさんは宿題なんてほとんどしなかったなぁー。次の日に友達に頼んで写させてもらってたっけ。あっはっは」
そんないい加減そうな人が、なんで病院の院長になんかになれたんだろう、と思った。世の中は理不尽だらけだ。
「じゃあ、次は上條少年だ。いってみよー」
「ゲームしてた。以上」
「そっけないなー、んー、それじゃあ逆にこっちから聞くけど、ちなみになんのゲームしてたの? あっもしかしてエロゲーとか?」
「ちっちげーよ、普通のオンラインゲームだよ!」院長の質問を聞いて慌てたのか、上條くんはすぐに反論した。
「えー、つまんないの。僕がその年の頃は女の子の裸にしか興味なかったなぁ」
それはどうかと思う。
「院長、キモすぎ」横から小鳥遊さんが虫を見るような目を院長に向けて話した。もちろん虫とは台所とかでてくるあの黒光りしてるやつだ。
「夕実ちゃんきっつー」
どうやらこれは、お決まりの言葉のようだ。
院長は自分の腕時計を見た。「お、もう十分経ったようだね。それじゃあ、今日のカウンセリングはここまでにしようか」
思っていたより、十分はあっという間だった。それにしてもこんなのがカウンセリングといえるのだろうか。夢の中と説明されたことにも疑問を感じていたが、そんなことよりも、これでこの夢から覚めることだできる。
そんなことを考えているところ、さらにもう一個の疑問がわたしの中に浮かんだ。そしてそれはわたしを不安にさせたので、確認した方がよい気がした。
「あのー、どうやって家にかえるんですか」
「ここに来た時の部屋に戻って寝たら戻れるよ」
それを聞いて少し安心したが、今度は本当にそれで帰れるかのという不安が出てきた。
「まあ、騙されたと思って、寝てみなよ」院長はにこにこしていた。
「それじゃ、今日は解散、また次に会える日を楽しみにしているよー」
次回なんて本当にあるのかと、わたしは首を傾げた。
そして、わたしは目覚めた部屋に戻り、院長のことばに疑いを持ったまま、ベッドに横になり、目をつむった。




