表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢の診療病棟  作者: お米
2/30

2. 自己紹介

「では質問はこれ以上ないようなので──それでは皆さん!」と院長は突如、大きな声を上げた。

 わたしは少しビクッとしてしまった。

「お互いに自己紹介はしましたか?」と言いながら全員の顔を確認した。

 わたしたちはお互いの顔を見た。

「そういえばまだよねー」アラフォーの女性がまわりに訊いた。

「じゃあ、お互いに自己紹介しましょー」

 わたしはふとプライドの高そうな少年の方を一瞥した。予想した通り、嫌そうな顔をしていた。

「じゃあそうだなー、まずは君からいこうか。あとは時計周りの順でお願いしますー」

「えっ、わたし」院長がわたしに向かって話しかける。

 急に振られたので心の準備というものがまだできていなかった。

 わたしはひと呼吸して、心を落ち着かせた。

「えーっと、宮本葵<みやもと あおい>といいます。高校一年生です。よろしくお願いします」

 ごくごく普通の自己紹介だった。

「はい、拍手ー」院長は一人で手を叩いた。ひょろ長いので、チンパンジーが両手で手を叩いているようにも見える。


「次は僕か。えー、伊藤達也<いとう たつや>といいます。画家をやってます。といっても売れない画家なんですが」

「ほぉ、画家をされてるんですね! それはすごい。今度、僕に絵をみせてくださいよー」

見せるってそんなことできるのだろうか、ふとそんなことを思った。

「はは、まぁ機会があれば今度お見せしますよ」伊藤さんはあしらうような口調をした。


「じゃあ、次の方お願いします」

「わたしね。えー、河内富美子<かわうち とみこ>といいます。仕事は経理しています」

「おっ、キャリアウーマンってやつですね」

 河内さんという女性は、特に院長のことばに何も答えることはなかった。


「はい、では最後は君ね。トリだねー、頑張ってね」

 何か一発芸でも期待するかのように、院長はいった。すると少年は、ちっ、と舌打ちした。

「上條」

 彼はそれだけいった。

「下の名前は?」と院長は聞き返した。

「空斗」と院長を睨んだ後、不機嫌そうに言った。

「『上條空斗<かみじょう そらと>』かぁ、いい名前じゃん」

 少年はまたも舌打ちをした。


「最後は──って犬じゃん」院長はわざとらしいボケをした。

「じゃあ犬くん、自己紹介できるかなー」

 この人は変わった人だな。

「犬が喋るわけないじゃん」と上條くんが馬鹿にしたような言い方をした。

「わんわん、わん、わんわんわん」

「ふむふむ。あーはい、なるほどね、ありがとねー」

 分かるわけがないのだが、院長は言葉を理解しているようなフリをしているのだろう。一応頷いていた。

「えーっと、名前はナナというみたいだね。ハチではないよ。あと女の子だって」

「アホくさ」と上條くんは鼻を鳴らした。


「ではでは、自己紹介も終わったことなので、そろそろ本題のカウンセリングをはじめましょうか。では──」と言って院長は両手を叩いた。

「今から十分間、なんでもいいのでみんなで話をしてください」

 カウンセリングというものはカウンセラーと一対一で話し合うものではないのだろうか。わたしはそのような先入観が持っていたので、意外だと思った。

「なんだよそれ、カウンセリングと何も関係ないじゃん」上條くんはまた馬鹿にした言い方をして、明らかに嫌そうだった。

 わたしもそれは嫌だった。初めて知り合った相手と何を話したらよいか、分からないからだ。

他人と話をするのが苦手だ。この場に居るのも、息が詰まりそうだった。

「まぁまぁ、とりあえずこれやれば家に帰れるから、ね!」と院長は駄々をこねる子供の相手にするように言った。

「話すっていってもねー」と河内さんが困った表情をした。

「お題とかないの?」と伊藤さんが言った。

「お題ですか…」院長はそう言って、顎を手で触り、考え始めた。

「それじゃあ、ここに来る前までは何をしていたか、とういうはどう?」

「ここに来る前…ですか」伊藤さんが少し困惑した様子だった。

「それは、眠りにつく前に、ということで合っていますか?」ここが夢なら、ここに来る前は何をしていたかというと、寝ていたということになる。伊藤さんはここが本当に夢の中なのかが、少し気になったような、そんな言い方しているような気がした。

「はい、合っていますよ」院長はニヤっとした。

「僕は……絵を描いていたよ」

「おっ、流石は画家」

 なにが流石かは、分からなかった。

「もう少しで完成なんですけど、筆が進まなくてね。これ以上続けても描けそうになかったので、寝ることにしました」

「へぇ、なんで描けなかったの?」院長はあまり触れてはいけないようなところに、ズカズカと土足で踏み入れるように訊いた。わたしは伊藤さんの顔を確認してみたが、嫌そうな感じではなかった。

「何かが足りないんです」伊藤は顎に手を当てて、無精髭を触りながら言った。

「何かって、何がなんです?」と院長は続けて訊いた。

「それが、全然分からなくて困っているところなんです」

「ふーん」院長もそれがなにか検討がつかなかったのか、この話をこれ以上に広げようとはしなかった。


「河内さんは、何をしていました?」

「わたしはそうね、あしたの娘のお弁当の支度をして、お風呂に入った後、そのまま寝たわ」

「河内さん、お子さんいたんですねー、お歳はいくつなんですか?」

「今年高校生になったばかりよ、葵ちゃんと同じね」

 葵ちゃん、下の名前で呼ばれることには慣れていないせいか、すこし恥ずかしくなった。

「えっー! 河内さんって高校生のお子さんいるんですか。一体いくつの時に産んだんですか」

 河内さんは余計なことを喋ってしまった、といったような顔した。

「えーっと、たしか二十歳ぐらいだったかしら」と少し慌てた様子でこたえた。

「へぇー、すごいなー。最近ではかなり早いほうですよね」

「ええ、まあ…」

 二十歳か、あと四年後に母親になっている。ふとそんなことを考えてみたが、自分が母親になっている姿が想像できなかったので、これ以上考えるのをやめた。

それにしても河内さんの娘さんと同い年か──わたしはある人物のことを思い浮かべてしまい、嫌な気持ちになってしまった。

「へぇー、高校生かー、いいねー青春だねー」院長がうらやましそうに言った。

 青春なんて、そんないいものではない。わたしは口に出しそうなになるのを我慢して、こころの中でそう言った。


「葵ちゃんは何してた?」

「わたしは……宿題をしていました。そのあとは明日の授業の準備を済まして、寝ました」

 嘘をついた。宿題なんてしていなかった。しようと思ったけどできなかったのだ。

「えらいねー、宿題ちゃんとやるなんて。おじさんは宿題なんてほとんどしなかったなぁー。次の日に友達に頼んで写させてもらってたっけ。あっはっは」

 そんないい加減そうな人が、なんで病院の院長になんかになれたんだろう、と思った。世の中は理不尽だらけだ。

「じゃあ、次は上條少年だ。いってみよー」

「ゲームしてた。以上」

「そっけないなー、んー、それじゃあ逆にこっちから聞くけど、ちなみになんのゲームしてたの? あっもしかしてエロゲーとか?」

「ちっちげーよ、普通のオンラインゲームだよ!」院長の質問を聞いて慌てたのか、上條くんはすぐに反論した。

「えー、つまんないの。僕がその年の頃は女の子の裸にしか興味なかったなぁ」

 それはどうかと思う。

「院長、キモすぎ」横から小鳥遊さんが虫を見るような目を院長に向けて話した。もちろん虫とは台所とかでてくるあの黒光りしてるやつだ。

「夕実ちゃんきっつー」

 どうやらこれは、お決まりの言葉のようだ。


 院長は自分の腕時計を見た。「お、もう十分経ったようだね。それじゃあ、今日のカウンセリングはここまでにしようか」

 思っていたより、十分はあっという間だった。それにしてもこんなのがカウンセリングといえるのだろうか。夢の中と説明されたことにも疑問を感じていたが、そんなことよりも、これでこの夢から覚めることだできる。

 そんなことを考えているところ、さらにもう一個の疑問がわたしの中に浮かんだ。そしてそれはわたしを不安にさせたので、確認した方がよい気がした。

「あのー、どうやって家にかえるんですか」

「ここに来た時の部屋に戻って寝たら戻れるよ」

 それを聞いて少し安心したが、今度は本当にそれで帰れるかのという不安が出てきた。

「まあ、騙されたと思って、寝てみなよ」院長はにこにこしていた。

「それじゃ、今日は解散、また次に会える日を楽しみにしているよー」

 次回なんて本当にあるのかと、わたしは首を傾げた。


 そして、わたしは目覚めた部屋に戻り、院長のことばに疑いを持ったまま、ベッドに横になり、目をつむった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ