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夢の診療病棟  作者: お米
19/30

19. 河内富美子(4)

 わたしは娘が通う高校いた。


 娘が同級生の女の子を階段から突き飛ばし、怪我をさせたと訊いた時は血の気が引いた。事情を聞いたところ、どうやらそ娘が突き落とした生徒と口論して、そうなったようだ。

 理由を問いただすと、娘は言いたくない、の一点張りだった。


 わたしは怪我をしたクラスメイトの女の子の名前を訊いた時は、衝撃をうけた。

 ただでさえ、娘のことで倒れそうだったのに、追い打ちをかけるようにわたしを攻撃した。同性同性ということもありえる。たまたまだ、そう自分に言い聞かせた。

 その日はまだ午後の授業が始まったばかりだったが、娘を早退させることになり、家に帰ることにした。


 娘の顔をみると、わたしと同じように青ざめた表情をしていた。

 わたしはそんな娘を見て、なんて声をかけていいのか正直分からなかった。

 普通の母親だったら、こういう時は何を言うのだろう。やはり娘に対して叱るのが一般的なのだろうか。


「相手の女の子とは…喧嘩でもしたの?」わたしは母親として、何か言わなければならないと思い、咄嗟に出た言葉がこれだった。娘はだんまりだったので、返答を待たず、話を続けた。

「なんで、そんなことをしたの?」わたしは学校の先生方の前だから言いづらいことかもしれないと思ったので、もう一度、訊いてみることにした。

 わたしの声は娘の耳から耳へと抜けているのか、恵子はまったく反応をしなかった。


「あのね、恵子ちゃん」わたしは少し声を大きし、口調を強くした。恵子は肩をぴくっと動かした。

「事情はどうあれ、相手を怪我させたのは事実なのよ。何があってそうなったかはこれ以上は聞かないわ。相手の子は幸い、頭を打っただけで、後遺症とかはないってことだけど、もしかしたら命に関わる大怪我の可能性もあったのよ」

 恵子はそれでも無言だった。


 それから電車に乗り、自宅に着くまでの間、お互いに一言も話すことはなかった。


 *


 からだがかなり怠い。

 天井にある蛍光灯がかなり眩しく感じる。

 どうやらここはいつも見る部屋ではないようだ。

 わたしは自分のからだに何か重しでも付いているのではと疑うほど、ベッドから起き上がるのに苦労をした。


 なんとか起き上がることができ、そのままベッドに座ったまま、ぼーとしていた。頭もなんだか重い。少ししたら目も覚めて、頭もすっきりしてくるだろうと思った。


 しばらくすると、ようやく目が覚めはじめ、意識もはっきりとしてきた。

 わたしはベッドから立ち上がり、部屋を出た。

 長い廊下。ところどころ、天井の照明が切れかかっている蛍光灯がある。点いては消え、また点く。少し不気味な雰囲気を感じる。わたしと娘の関係もこんな感じで切れかかっているのかな。いや元々点いてすらいないか。


 長い廊下を歩くと、向こうの先に明かりが見えてきた。わたしはその明かりに向かって歩いた。

 そこには顔見知りが数人いた。夢島院長、小鳥遊さん、伊藤さん、あと高校生の上條空斗くんだ。

 葵ちゃんは……いないようだ。


「こんばんは」

「こんばんは。河内さん」と夢島院長が挨拶を返す。

「どうしたんですか? 今回は酷くお疲れの様子ですね」

 いつもとは違い、院長はおちゃらけた感じではなかった。わたしの状態を察したからだろうか。

「とりあえず、お掛けください。あ、何か飲みます?」

「そうね、じゃあお水をいただけるかしら」

「水ですね。夕実ちゃん、悪いけどお願いできる?」

「わかりました」そう言って、小鳥遊さんは文句のひとつもいわず、用意をした。本来なら、院長に文句の一つ言っているのに──なにか異様な空気を感じだ。


「どうぞ、河内さん」

「ありがとう」わたしはそういって、紙コップに入った水を一気に飲み干した。

「はあ、生き返った気分」

「体調はどうですか、少しはよくなりましたか」と伊藤さんが心配そうに話かけてくれた。

「ええ、すこしだけ」

「それはよかった、でもあまり無理なさらずに」


「そうそう、河内さん訊いてよ」と院長が突然うれしそうにわたしに話かけた。

「上條くんが再び、高校に通うことにしたそうなんですよ」

「あら、そうなの?」

「おじさんびっくりしちゃったなー。何があったの?」院長がいつもの調子で訊いた。

「別に大した理由なんかないから。気まぐれだよ」

「ふーん、ま、理由はともかく、学校に通うことにしたのはいいことだよ」

「ふん」上條くんは少し照れた様子だった。

「そんなことより、今日はなんで俺はここにいるんだよ。もう相談するようなことはないと思うけど」

「そんなことはないよ。今日ここに集まってもらったのにもちゃんと理由があってね、実は河内さんのことでちょっと──」

「わたし?」

「だったらなおさら俺は関係なさそうにじゃん。明日も学校なんでね、早く戻りたいんだけど──」

「まぁまぁ、そう言わずに。案外、関係あったりするかもしれないよ」と院長は意味ありげな言い方をした。

「関係ないとおもうけどなぁ」と上條くんは怪訝そうな顔していた。

「わたしもそう思うわ。上條くんとわたしってなにも共通点ないんじゃない?」

院長は、まあまあ、と言って、わたしと上條くんを宥めた。そして、いつものようにカウンセリングをはじめた。


「じゃあ、さっそくだけど、河内さん。最近自分の中で起きた出来事について、何か話したいことってありますか。できれば今日とか昨日の出来事だとうれしいなぁ」

院長はまるで、わたしの中で起きた事について、なにか知っているような口ぶりをした。

 最近の出来事といえば、娘がクラスメイトの女の子に怪我をさせたということしか、思い浮かばなかった。

 わたしはそれについて話していいものなのかと思ったが、どうせこれは夢だからここで何をいってもどうってことはない、と思ったので、話をすることにした。


「──娘がね、クラスメイトの女の子を怪我させてしまったのよ」

 わたしは皆がどういった反応するか気になり、特別に彼を意識をしたわけではないが、上條くんの眉間に皺ができるのを目にした。

「ほうほう、娘さんが相手に怪我をさせたんですか」院長はわざとらしい口調で確認した。

「階段から突き落としたらしいの。それで頭を怪我したって聞いたのだけど、幸い、軽い怪我ですんで、後遺症とかもないらしいわ」

「突き飛ばしたのですか? そりゃびっくりですね。なにがあって、そうなったのでしょうか?」

「それが娘は何も話してくれなくて。学校の先生方にも話してないそうなんです。何度か訊いたのですが話したくないの一点張りで──」ふんふん、と院長は頷いていた。


「いやぁ、驚きましたね」

「えっ? なにがですか?」

「いやぁ、実は上條くんからも似たような話を聞いたんですよ。河内さんがここにいらっしゃる前にですが──」

「似たような話ですか……」

「ええ」そういって、院長の顔が険しくなる。痩けた頬がわたしを不気味に感じさせた。

「それはですね──階段から落ちて、怪我をした女の子の話です」

「えっ? それはどういう……」わたしは思わず息を呑んだ。


「宮本葵さん──というそうです」


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