17. 宮本葵(7)
「上條くん……なの?」
涙で視界がぼやけていたので、手で目をこすって、もう一度、彼の顔をよく確認してみた。
ここは夢なのでは、と思ってしまうぐらい、わたしは混乱していた。夢で見ていた人が現実世界でわたしの目の前にいることをどうやって信じたらいいのか、分からなかった。
「本物?」とわたしはしつこく何度も彼を見た。
「おいおい、本物もクソのないだろう」上條くんはいつものようなプライドが高そうな口調だった。
「でもここは夢の中じゃないよね?」
「俺も一瞬、疑ったよ。宮本さんがこんなとこにいるわけないって。──でもよくよく考えたらありえないことでもないか」
「どういうこと?」
「現実世界でなにかしらの悩みを持った人が集まってるって、あのうざい院長が言ってたじゃん。だから自分と同じで現実に存在する人たちかもしれないっていう考えがあったんだよね。でもこうして宮本さんに会うまでは、信じてはなかったけど」
言われてみればそうだ。わたしは夢の中のできごとなのだから、みんなのことをそんな風に思ったことがない。
「上條くんってやっぱり頭がいいよね」
「まあね」上條くんは、当然、と言ったような表情をした。
「もしかして、泣いてた?」
「え、あ、そうなの、ちょっと目にゴミが入ってね。もう痛くて」わたしは必死に誤魔化した。
「ふーん、だったらいいけど」彼はそう言っただけで、これ以上は深く訊いてこなかった。
「そんなことより、上條くんに会ったのもかなりびっくりだけど、まさか同じ高校だったなんて、さらにびっくりだね」
「たしかにそうだね」
「あれ? でも夢の中の話では引きこもっているって言ってなかった?」
「あー、そうだったね。ちょっと学校に用事があって、今日はたまたま登校してたんだよ」
「ふーん、そうなんだ」
上條くんは何か言いづらいことがあるのか、わたしから目線を逸らした。わたしは上條くんをもう一度まじまじとみていた。彼は何かに焦っているようにも見えたが、わたしを現実にいることを気づかせるように、予鈴が鳴った。
「あ、わたしそろそろ教室に戻るね。授業が始まっちゃう」
「うん、それじゃあ」
「じゃあまたね」
夢の中でしか会ったことがなかった人物に現実世界で再開した。
わたしにとって、つい先ほどの山辺恵子らのとの出来事を忘れてしまうくらい、衝撃的な出来事だったが、おとぎ話のような不思議さも感じた。
わたしは教室に戻って、授業を受けた。
今日はこれ以上、山辺恵子たちにいじめを受けることはなかった。
今日もいつものように学校へ登校した。
一時間目の授業は国語の授業だった。
昨日はあまり眠れなかったので、寝不足だった。授業中、意識が飛びそうになったが、我慢した。
午前の授業は睡魔との戦いだった。午前中の授業をなんとか乗り切り、やっとお昼休憩になった。
お弁当はいつも屋上で食べていたが、今日はやめておいた。外が暑いこともあるが、なにより山辺恵子がまた屋上に来る可能性もあるからだ。
わたしは中庭にあるベンチで食べようかと思った。あそこなら生徒がちらほらいるので、昨日のこともあったので、人目を気にして山辺恵子たちもへたなことはできないだろうと思った。
中庭に向かうには職員室の前の廊下を通らなくてはならない。わたしは昨日のことを思い出した。上條くんは、今日も学校に来ているのだろうか。
昨日は上條君と別れてから、一度も彼を学校で見かけることはなかった。わたしはどこかに彼がいないかと思い、まわりを気にしながら職員質の前を通り抜けた。
中庭に着くまでに彼を見かけることを期待したが、残念ながら、見かけることなかった。
わたしは中庭のいくつかあるベンチの中で、誰も座っていないベンチがあるか、見渡すように探した。すると、大きな桜の木の下にあるベンチに目が止まった。あそこなら、日陰になっているから外でも涼しく過ごせそうだった。
わたしはベンチに座り、鞄からお弁当を取り出した。お弁当を食べながら、今日は何事もありませんようにと願った。
お弁当を無事食べ終えたら、お昼休みが終わるのにはまだ先だったので、すぐに教室には戻らず、上條くんが学校に来ているかを確認をしたかったので、一年生の校舎をうろうろした。そういえば彼が何組にいるかは訊いてなかったことに後から気づいた。クラス中を回って、生徒に確認をすればよかったが、あまり目立つ行動はしたくなかった。
各クラスの教室を廊下からちらっと教室の中を見てまわったが、彼を見つけることはできなかった。今日は学校を休んでいるかもしれない。そういえば彼はひきこもり中だったことを思い出した。
昨日学校に来た理由はなんだったろうか──。わたしは彼が職員室から出てくるのを思い出し、もしかしたら、とあまりよくないことを考えた。
自分の教室のに戻ろうと階段を下り、ちょうど階段の踊り場にさしかかった時だった、わたしはぎょっとした。
下から山辺恵子らのグループが階段から上がってくるのが見えた。小向沙緒里も一緒だった。彼女は無理矢理連れてこれたのだろう。そう思った。
わたしは立ち止まって、すぐに振り返り、階段を上り直そうかと思ったが、山辺恵子に呼び止めらた。
「あれー? 宮内さんじゃん」彼女は不敵な笑みでわたしを呼んだ。
逃げ出しそうかと思ったが、それではダメだと思い、踏みとどまった。
「なにかよう?」わたしはこの場にいることにが嫌で吐きそうだったけど我慢をした。怯んだらいけないと思い、いつもより力強くこたえた。
「昨日わたしに訊いたよね。なんでそんなことするかって。そういえば、ちゃんとこたえてなかったなぁと思って」
「いいよ、別に今更」素直にこたえると、相手がつきあがると思ったので、わざと聞きたくない態度をとった。
「何、それ。親切に教えてあげようとしてるのに、その態度はひどくない」と山辺恵子はけらけらと笑った。気味が悪い笑い方だ。すると、突然、笑うことをやめて、わたしを睨めつけた。
「気に入らないのよ。あんたのその態度。嫌がらせしても何にも言い返してこないし、それに、なんかすかした感じもむかつくのよ」
山辺恵子から理不尽な理由を訊いて、わたしの頭の中の、何かしらのものがブチっと切れた。
「なにそれ、意味わかんない」
「あ?」
「そんなくだらない理由でわたしに嫌がらせしてなんて、本当につまらない人」
「舐めたこと言ってんじゃねーよ」山辺恵子はかっとして、耳が赤くなっていた。
「ふざけてるのはそっちでしょ!」わたしは声を荒げた。わたしのただならぬ様子をみて、山辺恵子は少したじろいだ。
「お前調子のんなよ!」そういって山辺恵子はわたしのからだをいきよいよく押した。
わたしは階段から転げ落ち、気を失った。




