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夢の診療病棟  作者: お米
15/30

15. 宮本葵(5)

 目が覚めたら、そこは夢の中だった。頭がぼーっとする。わたしはふらつきながら、部屋を出た。

 何かに取り憑かれたようにいつものところを目指して歩いた。廊下の蛍光灯がちかちかと光っている。蛍光灯が切れかかっているようだ。それがわたしの命のともしびが消えかかっているような気がした。ここが天国だったら、どんなによかったか。


 そしていつもの場所に着いたが、そこにはまだ、誰もいなかった。


 わたしはひどく疲れていた。夢の中でも疲れたりするのかと疑問に思ったが、そんなことはどうでもよくなった。

 まだからだが怠く、意識もはっきりとしていなかったので、椅子に座って誰か来るのを待つことにした。

 しばらくすると、意識もはっきりしてきた。すると、後ろからわたしを呼ぶ声が聞こえてくるような気がした。そしてその呼び声がだんだんと強くなってきた。


 振り向くと、そこには伊藤さんがいた。いつのまにいたのだろう。わたしはそれに気づくことできないくらいの状態だった。わたしは軽く会釈をした。伊藤さんがそんなわたしの状態をみて不安になったのだろうか、心配したような表情をして、こちらに近づいた。

「どうしたの? 元気ないみたいだけど」

 伊藤さんからしてみれば、元気がないから、悩みを聞いた方がいいのかもと、深い意味を考えずに話しかけたに違いなかった。わたしはたとえそうと分かっていても、そのやさしさが、今まで苦しみに耐えていたわたしの心の支柱が、その言葉を聞いた瞬間に崩れ落ちたのだ。


「ど、どうしたの? 僕、なんか悪いこと言ったかな」

 どうやらわたしは自分でも気づかないうちに、涙が目から溢れ落ちていたようだ。伊藤さんはそれを見て、かなり驚いた様子だった。

「いえ、伊藤さんは何も悪くないんです」わたしは涙を手で拭いた。

「びっくりした、僕が葵ちゃんを泣かしてしまったんじゃないこと思っちゃった」伊藤さんはほっとした表情をしたが、すぐに心配する表情に変わった。

「じゃあどうして泣いていたの? なんかつらいことでもあったの?」

わたしはうつむいて、しばらく黙ってしまった。

「ごめん、そうだよね。こんなおじさんに話したくないこともあるよね」伊藤さんは慌てた様子で、そして少し落ち込んでしまったようだ。

「ち、違うんです。伊藤さんのことそんな風には思ってないです」わたしはすぐの弁解した。

「実は…」わたしはここでまた涙ぐみそうになり唇を噛みしめた。「わたし……学校でいじめられているんです」

「えっ?」伊藤さんは目を丸くして驚いた。

 伊藤さんはなんて答えようか悩んだ様子を見せた。


「いじめって誰にいじめられているの?」

「同じクラスの女子達に…」

「それは、いつからなの?」

「一ヶ月ぐらい前から」

「原因とかはわかるの?」

「わかりません」

「そっか…」


 それから伊藤さんはこれ以上、何も聞いてこなかった。聞いてみたもののこの先どうしたらよいかと悩んでいるようだ。伊藤さんの困惑しているのをみると、わたしは話をしたことを後悔した。


 そしてわたしは再び、うつむいてしまった。


「あ! 伊藤さんが葵ちゃんを泣かしてる!」顔を上げると、いつのまにかすぐそばに院長が立っていた。

「ち、違いますよ」と伊藤さんは慌てた様子だ。

「えー、でも傍目から見たら、泣いている女子高生、その側にいるおっさん。どうみてもいじめてるでしょ」

「だから、違いますって。葵ちゃんをいじめているのは、僕じゃなくて──」伊藤さんは途中で、口を閉じた。

「院長、口が悪いですよ。黙るか死ぬかどっちかにしてください」と隣にいた小鳥遊さんが院長を罵倒する。

「夕実ちゃんきっつー」いつものやりとりだ。

わたしはこの漫才じみたものをみて少し、心が落ち着いた。


「なんかいじめがどうとか──言ってたね。もしかして、葵ちゃんが学校でいじめに会ってるとか?」と院長が当てずっぽうな言い方をした。わたしは否定もせずに黙った。

「あれ、もしかして正解しちゃった…かな?」院長は悪びれた様子もなく、むしろ当ててしまったことに喜んでいるようだった。余計な気遣いをされないことが、わたしにとって、逆に嬉しかった。

 院長はわたしの前でしゃがみ込んで、今までの院長からは想像できないような、真剣な眼差しでわたしのこと見つめた。

「詳しく話してくれる?」いつもと違う院長に圧倒されてしまったのか、わたしは全部話そうと決めた。

 それに、ここは夢の世界だ。誰に話しても問題ない。母にも知られることはないのだから──。


 院長、小鳥遊さん、伊藤さんには、高校入学からいままでのこと。いじめが始まったこと、これまでどんないじめを受けたかを話した。少し迷ったが、山辺恵子という名も出した。


「なるほどね、葵ちゃんもなかなか、貴重な体験をしてるね」

「院長にはデリカシーってものがないんですか! 宮本さんが勇気を出して、話して頂いたんですよ」

 小鳥遊さんがいつものように院長を叱りつける。

「ごめんって──それで、学校の先生やご両親はそのことを知っているのかな?」

「学校の先生はうすうすは気づいているはずです。両親には…まだ話していません」

「どうして話さないの?」院長は怪訝そうな目をした。

「心配かけたくないんです。小学校の時のこともあるから……」

 院長はあまり納得したような表情はしなかったが、なるほど、わかった、とだけ言った。


「それにしても、原因が分からないいじめって結構きついね。解決策がみつからないから困っちゃうよね」

「原因が本当に分からないんです」

「うーん、本人にそれを聞いたことはないの?」

「一度だけあります」院長はわたしの言葉を聞いて、意外に思ったようだ。

「そうなの? それでなんだったの」

「気に入らない、ただそれだけを言っていたので、詳しくは分かりませんでした」

「気に入らないかぁ」と院長は天を仰いだ。「いじめの原因ってね──」と院長が説明口調な感じで話し始めた。

「意外と理由がなかったりするもんなんだよ。もちろんそれだけではないけどね。なにかしらのきっかけや、周りの人と少し違ったり、いじめられやすい雰囲気とか、挙げると切りがないんだけど。でもこれは、いじめらる側の話ね。でね、それと同じでいじめる側にも、なにかしらの原因があるんだよ」

「それ、わたしも調べてみました」

「あ、そうなの? 葵ちゃん勉強熱心だね」

「院長!」小鳥遊さんが怒る。

「ごめんなさい」

 院長が冗談を言っては、小鳥遊さんに怒られる。これを見ていると一瞬だけだが、不思議と辛いことを忘れられる。


「いじめる側にもどんな原因があるかというと、家庭環境がよくなかったり、ストレス発散のためにとか、あとは本当に気に入らないとか。まぁこれが一番やっかいだよね」

「じゃあ、やっぱり原因はそれなんでしょうか」

「どうだろうね。その山辺恵子とかいうクラスメイトの家庭事情が分からないから、なんとも言えないかな」

「そうですよね……」わたしは肩を落とした。何か解決策が見つかるのではないかと、期待をしていたが、やはり、本人に直接聞かないと、知る術がないのだろか。

「思い切って、もう一度聞いて見たら?」思いがけない言葉だったので、わたしは驚いた。

「院長、それは葵ちゃんにとっては酷なことではないでしょうか」小鳥遊さんが院長の言動に反論した。

 たしかにそれができたら苦労はしていない。口ごたえをすればいじめがさらにひどくなりそうな予感しかしなかったからだ。

「でもここまま理由も分からず、高校生の間、ずっといじめられるつもりなのかい?」

 わたしは院長の話を聞いてうつむいてしまった。そんなこと耐えられるわけがない。

「葵ちゃんのこれまでの人生の話を聞いた感じだと、君は面倒見がよくて、物事にも動じることなく、発言できる人間だと思うな。以前、葵ちゃんから聞いた話で思ったんだけど、小学生の時にクラスメイトから無視されたのが原因で、自分を推し殺して、生きてきたんじゃないかな?」わたしは感心してしまった。院長が言っていることはまさにその通りだった。

「院長、無理を言ってはいけません。葵さんはとても怖い想いをされ、心を傷つけられているんですよ」

「僕もそう思う。それはむずかしんじゃないかな」これまで黙って聞いていた伊藤さんも、それに関しては同意見だと思ったのか、口を挟んだ。

「そうかなー、僕はそう思わないけど──葵ちゃんならできる気がするなー」

「わたし、そんなに強くありません」

「そっかー、でもまずは原因を知ることが、解決への糸口になるかと思うんだよね」

 院長のもっともな意見を聞いて、実行するべきだとは思った。でもわたしの中にある、山辺恵子による理不尽な仕打ちを受けてきた恐怖心が、わたしの心とからだを硬直させた。


「院長、今日はここまでにしておきましょう。葵さんもかなりお疲れの様です」

「それもそうだね、葵ちゃんも辛かっただろうけど、よく話してくれたね」

「いえ、わたしも聞いて頂けただけで、少し気持ちが楽になりました」

「じゃあ、今日はここまでにしましょうか。伊藤さんもありがとうございました」

「いえ、僕は何もしていないです…」

「それじゃあ葵ちゃん、いこっか」

「はい」


 伊藤さんはわたしを心配してくれたのか、病室まで付いてきてくれた。

 そういえば今回は上條くんと河内さんがいなかったことにいまさらだが、気がついた。

 それになぜか制服を着ていた。いつもは病院服のようなものだったのに。きっとあのまま寝てしまって、たまたま夢にそれが出てきたのだろうと思い、再びベッドに横になった。

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