13. 河内富美子(3)
今日は友人とランチの約束をしていた。
十二時に家から四つ先の駅にあるショッピングモールで待ち合わせしている。恵子は朝から外出しているようだったので、お昼を作る手間が省けたのは正直いって嬉しかった。
夫も朝からいない。今日は仕事だそうだ。休日出勤はさほど多くはないが、この日はどうしても取引先との打ち合わせに出なければならかったようだ。家で一人でいるのもいいが、せっかくなので友人とランチに行くことにしたのだ。
軽く化粧をして、派手すぎず、控えめな服装をして、家を出た。
今日も暑い。そういえば猛暑だと今朝のニュースで言っていたのを思い出す。汗で化粧が落ちないかが心配だった。
駅に着いた頃には額に汗がべったりとついて気持ちが悪かった。駅構内を見渡すと、タオルで顔をごしごしと拭いている学生を見ていると羨ましく思う。わたしが同じように拭くと化粧が取れてしまうからだ。
わたしは額に汗を滲ませたまま、ちょうどやって来た車内に乗り込んだ。車内は涼しいので、生き返ったような思いだった。
ショッピングモールの最寄り駅に着くと、改札口に向かおうとしている京子の姿を見た。わたしは京子に向かって、小走りしながら、京子を呼んだ。
京子は周りを見回したが、なかなかわたしを見つけることができなかったようなので、わたしは京子の方にさらに近づき、肩をポンと叩いた。彼女はわたしの方に振り返った。
「あら、そんなところにいたのね。富美子の声が聞こえたんだけど、どこにいるか分からなかったわ」
彼女は篠山京子といって、大学時代からの友人だ。大学卒業後、お互いに就職後も、交流を続けることができた。今もこうしてたまに会う貴重な友人のうちの一人だ。彼女とは日頃の他愛のない話や、会社での愚痴などを言い合って楽しんでいる。わたしの心のオアシスである。
「何食べよっか」
「そうねー、暑いからあっさりしたものがいいかな」
「じゃあ…蕎麦なんてどう?」
「いいわね、それでいきましょう」
彼女とは食の趣味も合う。長く交流が続いている理由のひとつでもある。
わたしたちはさっそく、ショッピングモールの飲食エリアに向かった。和食店はいくつかあるが、蕎麦を専門としたところは一店舗しかない。
わたしたちの中で蕎麦といったらいつもそこで食べていた。それをお互いに分かっているので、阿吽の呼吸のようにその蕎麦店に向かった。ここは十割蕎麦は絶品だ。啜った瞬間、蕎麦のいい香りが口から鼻に抜ける。また蕎麦以外にも天ぷらがあり、これもまた衣がサクっとしていて美味しい。ショッピングモールには、なさそうな蕎麦店だが、ここにあることが本当に運がよい。お昼時で混んでいるかと思ったけど、予想とは違い、待つことなく店内に入ることができた。
わたしと京子は天ぷら蕎麦を注文した。もちろん蕎麦はざるにした。
「どう結婚生活は?」
彼女が突然と聞いてきたので、わたしは思わず、顔をしかめた。
「うーん、ちょっとねー」
「なんかあったの?」京子は意外そうな反応をした。
「夫とはうまくいっているわ。でも恵子とちょっとね」
「恵子って旦那さんの連れ子?」
「うん」
「あー、京子が結婚した時の、恵子ちゃんはいくつだったっけ?」
「中学三年生で、十五歳だったわ」
「思春期ね」と彼女は何かを悟ったような話し方をした。
「思春期? そうなのかな。でも、そういえば夫もそんなことを言っていたわ」
「きっとそうよ。わたしの息子なんて、今は中学一年生なんだけど『うるせーババア!』って最近言われたわ」彼女は少し不機嫌そうに喋った。
「ババアってすごいわね」
「笑い事じゃないわよ、言われたこっちはもうびっくりして、倒れそうになったのよ。ついさっきまで、『ママー、ママーって言ってたのに、いきなりババアよ」わたしは京子の話がおかしくて笑いそうになった。
「でも聞いてる感じだとそんな大した問題じゃないんでしょ」
「まあね、男の子ってみんなそうみたいなのよね」
「だったらいいじゃない」
「富美子のところもそんな感じなの?」
「うーん、うちは少し違うと思うわ」
「えっ、そうなの?」
「うちはね、恵子と全然距離が縮まってないのよ。むしろ結婚当時より遠ざかっている感じ」
「そうなんだ、でも何でそう思うの?」と京子は興味心身に訊いてきた。
「あの子が何を考えてるかわかんないわ。わたしとの会話は避けるし、すぐに自分の部屋にいっちゃうから」
「子供ってそんなものなんじゃないの? わたしの息子も何考えているか全然わかんないわ」
「でも何かが違うの。たぶん京子のところとは、また違った理由なんだと思う」
「ふーん、旦那さんにはそのこと話してるの?」
「話してないわ」
「え、どうして?」
「余計な心配かけたくないのよ。あの人、仕事が忙しいし。何より前の奥さんと別れた原因って奥さんの浮気だったじゃない? 彼、今とても幸せそうなの。なんだかそんな顔を見ると、とても言い出すことができなくて…」
「そっか」と京子はそれだけ言った。
「まあでも、そのうち心を開いてくれるわよ。難しい年頃なのよきっと」
「そうかな、そうだといいけど」と言ったところで天ぷらそばが来た。
わたしは他人に対して、あまり深いところまで話を聞くようなことはしてこなかった。京子に対してもそれは例外ではない。京子はそんなわたしのことをなんとなく感づいているのか、わたしの家庭環境に関して、これ以上のことを模索するようなことはしなかった。
蕎麦店から出ると、わたしたちは同じ飲食エリアにある喫茶店に入った。
ここでいつも三時間ほど滞在して、世間話しや会社の上司の愚痴を言い合ったりする。
「あらもうこんな時間、そろそろ夕飯の買い物して帰らないと」と京子が少し慌てた様子を見せた。店内の時計を見ると、午後十六時を過ぎた頃だった。
「そうね、わたしも買い物して帰らなくちゃ」
京子とは反対側の方向の電車だったので、駅で解散した。わたしは家の最寄り駅にあるスーパーで夕飯の食材を買って帰った。
家についてもまだ誰も帰っていなかった。ふうっとため息をついた。
恵子は夕食を食べるのだろうか。そんなことを思いながらキッチンの前に立ち、食べてもらえるかも分からない夕食の準備をした。




