自己紹介
HRが始まるまであと5分以上はあったが俺は自分の席に座ることにした。先ほど俺の席を指し示してくれた平田の隣の席である自分の席に。俺が席に着いたとき、平田はまだ顔を赤らめてうつむいていた。そりゃあそうだろうな、おそらく話したことも無い相手にクラスに響き渡る大きな声で座席を教えてしまったのだからなどと思いながらも話しかけてみることにした。
「席、教えてくれてありがとう。ところで、同じ中学だっけ?ごめん同じクラスになったことあるやつ以外覚えてないんだ。」
「いや、違う。」と平田は答えた。
しばらくの沈黙をおいて俺は聞いた。
「俺の事しっているのか?」
「知らない。けど、前にどこかで会ったことある気がする。ハッキリとは覚えてないけど。駅とかお店とか、たぶんそのあたりで会ったことがあると思うわ。」
なるほど、そういうことか。いや、俺の顔を知っているのはわかるが、黒板には名前、それも苗字しか書いていない。それだけの情報で俺をこの席へ誘導することはできないはずだ。
「俺の名前はどこで聞いたんだ?」
平田は答えなかった。不思議なこともあるもんだなと思いつつHRが始まるのを待った。
チャイムが鳴ると同時に先生が教室に入ってきた。先生は黒板の前に立つなり、黒板に書いてある座席表の横に木内苑子と書いた。
「みなさん、入学おめでとうございます。1年3組を担任することになりました、木内苑子です。今年1年間、よろしくお願いします。」と自己紹介をし、学校生活の注意点などを説明していた。
木内先生は小さくて穏やかで年齢は20代後半だろうか、などと俺は考えていた。そうするうちにHRは終わり、木内先生が「せっかくなので今日は自己紹介をして終わりましょう」と言い出した。
恒例の自己紹介である。俺にはこれといった特技も無ければ勉強ができるわけでもない。この高校を選んだのも家が近いから、という理由だ。俺には紹介することがない。宇宙人以外興味ありません、などというのもナンセンスだ。
名前順で並んだ席なので小野は三番目に自己紹介をしている。
「小野雄太です。特技は空手です!よろしくお願いします!」
ああ、余計なことを、最初の人は特技なんて言ってなかっただろ、お前が特技をいう流れを作ってどうするんだ空手バカと思っているうちにすぐに俺の番だ。
「笹倉弘明です。趣味は読書です。よろしくお願いします。」と差しさわりのない挨拶をして座った。
「もしかして、鈴宮ヒルハの激動シリーズ好きなんだっけ?」と平田に急に聞かれた。
たしかに俺が高校受験を推薦で決めてしまい、暇になったので全巻読破したライトノベルシリーズだ。俺の今のバイブルといっても過言ではないくらいにハマってしまった。しかし、高校でラノベ好きだと思われるのもどうかという葛藤があった。
「ああ、まぁ一応読んだことはあるが、なんでそう思ったんだ?」
平田はまたもはっと我に返ったような顔をして「なんでもない。」とだけ言い黙り込んだ。平田の自己紹介の番が回ってきた。「平田美咲です。趣味は読書、特にラノベを読むのが好きです。よろしくお願いします。」
ほうほう、美咲というのか。ラノベ読むのか、だからさっきの質問を、ってそんな堂々と言い放ってしまうのか!と心の中で叫び、俺がさっきの質問に素直に答えられなかったのが恥ずかしくもあり、ラノベ仲間を作るチャンスを失ったと感じた。
そんなこんなで散々なHRを終え、木内先生に挨拶をし帰ろうとしたら木内先生に呼び止められた。
「弘明くん、だっけ?」
なぜ下の名前なんだと思いながら「そうですが、どうかしました?」と返した。
「笹倉君」、今度は苗字か。「どこかであったことある?」と聞かれた。この質問にデジャブを感じた。
「いや、たぶん人違いだと思いますけど。」
「そうですか、ごめんなさい。気を付けてね。」と先生。