第9話 蒼穹
「それで、ラオム。今日はどうするの?」
宿屋『星と目覚めの鳥亭』で朝食を食べながらセリスが聞いてくる。
「あ、ルーリアちゃん、ありがとう」
ルーリアが水をコップに注いでくれる。
「ラオムさん、最近迷宮から戻ってこないパーティーが多いって聞いてますので迷宮に行くのであれば気をつけて下さいね」
「え?そうなんだ。俺は安全第一を心掛けているから無理はしないよ。ありがとな、ルーリアちゃん」
そして俺はパンをかじりながら考える。
昨日はミザールに入った時点で日も落ちていたので早々に宿屋に入ったのだがセリスはミザールが初めてみたいなので軽く案内するか?
ルーリアちゃんの今の話、少しでも安全性を高めるならセリスの装備をなんとかした方がいいな。
「資金にも余裕はあるし、冒険者ギルドで依頼を受けることもないだろう。ミザールを案内しがてら、セリスの装備でも新調するか?」
「え、でも私そんなにお金無いよ?今の武器もそんなに弱くないし大丈夫だよ?」
そうは言っているが、俺の目にはセリスの装備はだいぶくたびれているように思える。
セリスの弓による援護は非常に頼もしい。戦闘中に武器が壊れて支援を受けられなくなるだなんて考えたくない。
あとセリスは弓で攻撃する、神聖魔法で回復もしくは補助、あとはアンデッドに対してのみ有効な攻撃魔法があるくらいだと言っていた。
最初にセリスの授かったスキルを聞いて試してみたい事があったのだが、あの日俺は試させる暇なく死んだからなぁ。
「いや、セリスの援護は俺も頼りにしたい。武器の整備は重要だぞ?」
う!っと武器の手入れをサボっていた事が図星だったのか、反論は無かった。シュンと項垂れる。
「それに新調したセリスの装備で試したい事があるんだ。武器屋へ行って試してみよう」
「え?試してみたいことって何?何?気になるよぉ〜」
宿屋を出て、俺たちは武器屋へ向かっている。
「武器と言えば、ラオムって槍を使うんだね。ほとんどの人が剣使っているのに『槍術』を持っていないラオムが槍って珍しくない?」
この世界の主力武器は剣だ。
一部の兵士や門番で槍を使用する職種でも『槍術』スキル所持者が優先的に採用される。
冒険者でも『槍術』『斧術』『弓術』等のスキルを所持していればその系統の武器を使うが、何も持っていない場合、剣もしくは短剣を使っている人がほとんどだ。
攻守に優れていてどんな場面にも対応でき、持ち運びも他の武器に比べてそこまで苦にならない、と言うのが理由らしい。
「最初に期せずして手に入った武器が剣、槍、斧だったんだ。もちろん俺も最初は剣を使おうと思ったさ、だけど他のパーティーと一緒に回っている時に大概、
『お前みたいなヒヨッコが剣を持って最前線をウロウロするな!LV.が上がるまで下がってろ!』
ってなことを言われてな。俺もパーティーの人達におんぶに抱っこは嫌だったから少しでも役に立ちたくて中衛から攻撃出来る槍を選んだ、って訳。でも確かにあの頃の俺にとって強敵ばっかりだったから前に出ていたら簡単に死んでいたろうな。あの言葉はみんなの優しさだと思ってるよ」
「そっかぁ、アールボーの人達ってそう言うところあるよね。わかる気がする」
宿屋から武器屋までは近い。そんな話をしている間に着いたので武器屋のオヤジに声をかける。
「おやっさん、おはようございます。武器を見せてもらいたいのですがいいですか?」
「お?ラオムなんだよ、少し前にあんな高いミスリル装備一式買って行ったのにもう飽きたのか?それとも使いこなせなくて買取か?」
ここの武器屋はオルスティア王国の中でも俺がみて回った限りでは1番親切だった。小さいながらも武器の試し切りが出来る部屋もある。
もっと品揃えの多い大手もあったがどうにも接客教本通りで好きになれなかった。
「そんなわけないでしょ?大事に使わせてもらってますって。今日はこいつの。俺の仲間の武器を新調しに来たんですよ」
「セリスといいます!よ、よろしくお願いします!」
武器のオヤジに丁寧にお辞儀する、セリス。
それをポカーンとしてみているオヤジ。
「ラ、ラオムがよ、嫁を、連れて来やがった・・・しかもこんなに可愛くて巨乳だなんて・・・」
「嫌ですわ、おじさま。嫁だなんて・・・」
驚愕としている、武器屋のオヤジに上気した頬を両手で押さえてもじもじしているセリス。
なんか見たことあるような光景だな。
「違うっておやっさん。セリスはただの同郷の幼馴染。おやっさんが想像しているようなことは何もしてないません!」
手をワキワキさせているオヤジにクギを刺しておく。変な噂が広まっても面倒だからな。
「なんだよ、違うのかよ。まあ、まだそう言うのを広めるのは恥ずかしい時期か。分かった分かった、そう言うことにしておいてやるよ。で、嬢ちゃんの獲物はなんだい?」
なんか誤解しているような気もするが面倒なのでそのまま話を進めることにした。
「弓を使っています。これなんですが・・・」
セリスはオヤジに自分の弓を手渡す。
オヤジは手渡された弓をじっくりとさまざまな方向から確認する。
「あー、こりゃあかなりガタが来ているな。弦は張り直せば済むが肝心の本体がもうそろそろヤバい。多分あと10射しないうちに折れるぜ、これ」
「えっ!そうなの!?」
「そんな感じが俺もしたから連れて来たんだ。で、おやっさん、前に言っていた『アレ』ってまだあります?』
「・・・『アレ』?・・・?おぉ、そうか!『アレ』か!よし、ちょいと待ってろよ、倉庫から取ってくるわ」
セリスをジッとみて突然閃いたようでおやっさんはそう言って店の奥にいってしまった。
「しかし、まだあったか『アレ』。条件が限定的で売れそうにないもんなぁ。多分セリスなら使えると思うんだけど」
「ねえ、『アレ』ってなんなの?そんな言い方されるとすごく気になるんですけどー」
「ちょっと!服引っ張るなよ。持って来てもらえば分かるよ。セリスに取っても都合のいい武器だぞ」
しばらくしておやっさん持って来たのは豪華ではあるが小さな小箱1つだけだった。
「やーっと見つけた。こんなもん誰も買わないし、店内に飾ろうにも見栄えはしないし、誰も使えないから見れないし、で倉庫に放り込んでいたがすっかり倉庫の肥やしになってたぜ。おらよ、嬢ちゃんに試して見な」
おやっさんから小箱を受け取り、セリスに向けて開いてやる。
「えっ!ちょ!あの!ラオム、これの腕輪ってもしかして!?」
「そう、そのもしかして・・・」
「もしかして結婚用!?告白!?」
「って、ちがーう!もうそれからいい加減離れろよ!勘違い娘!」
「だって〜、こんな豪華な小箱に豪華な腕輪が入っているんですもの。女の子なら誰でも勘違いすると思うけどなぁ〜。ブー」
頬っぺたを膨らませて拗ねるセリスに再度説明する。
「俺は最初から武器だって言ったぞ。まあ、いい着けてみろよ。そして腕輪に魔力を通してみろ」
「腕輪に魔力を?どういうこと?って、え?え?何これ!何これ!なんでさっきまで腕輪だったのに弓になってるの!?しかもすごい綺麗な弓だよ!」
セリスが魔力を通しだよ途端、腕輪は蒼白く輝く魔弓に変化した。
「これは魔弓「混沌の蒼穹」。約1000年前、稀代の天才魔道具職人のエスペランザ・ホーネットの作品だ。腕輪が魔弓に変化するだけでも十分すごいが真価はここからだ。セリス、こっちの部屋に来い」
「う、うん。あれ?この部屋って武器の試し切りとかする部屋?」
「正解だ。弓を本気で試すにはちょっと狭いが「狭いはよけいだ!ラオム!」矢をつがえて軽く放つだけなら問題ないだろ。試してみろよ」
狭い、という所におやっさんのツッコミが入る。
「試してみろって、この魔弓。弦も矢もないよ?おじさんに張ってもらわなきゃ」
ワタワタしているセリスをおやっさんと俺はニヤニヤしながら見ている。
「お嬢ちゃん、そのまま魔弓を維持、矢をつがえるようにして右手にも魔力を込めて引いてご覧。どうだ?」
左手に持った魔弓に複雑だが綺麗な魔法陣が浮かび上がり、右手には蒼い矢が瞬時に出現する。
「うわっ!何これ!すごい!すご〜い!なんて綺麗なんだろう!こんな弓見たことも聞いたことも誰も持ってないよ!ねえねえ!ラオムこの弓ってなんなの!?」
「だから混沌の蒼穹って魔弓だよ。使用者の魔力を使って魔力の矢を打ち出すことが出来る。更にすごいのは魔力の矢に魔法を載せることが出来る。セリスの場合なら回復魔法、だな。普通、回復魔法を使うときは対象へ直接触れないと回復させられないが、その弓を使えば離れた位置から矢を射るが如く回復させることが出来るって代物だ。攻撃系の魔法を載せることも出来るぞ」
「なんか凄いことだらけで目が回って来たよ。はっ!でも何でこんな凄い武器を倉庫にしまっていたんですか?お店の目玉商品として置いておけばよかったんじゃ?」
「それがそうでも無いんだよ、お嬢ちゃん。そいつは魔力を流さないとただの腕輪。飾っておいても誰も見向きもしない。ここは武器屋だからな。さらにそいつには使用条件があってな。『弓術』を持っている者。女性である事。弓と同じ蒼い何かが使用者の身体にある事。何でもいいから魔法が使える事。この条件を全て満たさないと使用出来ないって仕組みらしいんだ。条件が厳しすぎて今まで誰も使えなくて俺のところに流れて来たって訳なんだが、俺も実際弓になったのを見たのは今日が初めてだぞ」
「あと付け加えるなら値段が高いってのもあるな。弓になった姿を確認出来ないのに大金を払う物好きが全く現れなかったから倉庫に放り込まれたって訳だ」
「条件、かぁ。確かに私はその条件を満たしているね。あっ、でも今『値段が高い』って言ったよね?えと、その、おいくらなんでしょうか・・・?」
「そうだな、単純に誰でも使える武器であれば性能だけで30,000,000リアルって代物だがこいつの場合は条件が条件だからな。このまま倉庫に眠らせておくのももったいねえ。そうだな、特別に5,000,000リアルでいいぜ」
「さ、30,000,000リアル!?や、安くなってもご、5,000,000リアルとか!?高っ!高すぎるっ!私、そんなに払えないよ!せいぜい500,000リアルくらいしか無いよぉ・・・」
「はぁ、ちょっとおやっさん、いいんですか?安くしすぎでしょ、それ。そんな値段つけて女将さんに怒られるのでは?」
「・・・えっ?ま、待ってよ!ラオム!安いって、買う気なの、この弓!5,000,000リアルだよ!?500,000リアルじゃないんだよ!0が6個なんだよ!」
セリスは値段を聞いてかなり動揺している様子でワタワタしていた。
「大丈夫だよ。お金はあるから。問題無く払えるから落ち着けって。女将さんに怒られないなら買わせてもらいます。この弓」
「まいど!俺がかかあにそんな事くらいで怒られるわけがねえだろっ!ったく、ラオムには余計なお世話だ。そんなこと考える暇があればお嬢ちゃんにもっと構ってやれ!」
くっ、おやっさんめ、痛いところを突いてくるな。
俺は収納から大金貨5枚を取り出し、おやっさんに支払い、改めて混沌の蒼穹を受け取る。小箱から腕輪だけを取り出しセリスの左手に着けてやる。
「うん!弓を持っている姿もいいけど、この腕輪を着けているところもいいね!よく似合ってるよ、セリス」
セリスは顔を真っ赤にさせながら何やら俯いてしまった。
どうした?なんで?腕輪がキツかった?
ふむ、大丈夫そうだな。
「じゃ次は防具屋だな。行くか、セリス!」
そう言って武器屋を出ようとしたのだが、セリスが動かない。
「セリス?」
顔を覗き込んでみると先ほどのまま思考が追いつかなくなったようで停止してしまったらしい。
なんだ?そんな驚く金額だったのか?
しょうがない奴だな、まったく。
俺はセリスをそのままにして放置してしばらく回復を待つ事にした。
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