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第35話 実戦

 

 テレーゼのスキル『防高(ディフェンス)高乗(バイプッシュ)』は『防低(ディフェンス)高乗(バイプッシュ)』という防御力が低ければ低いほど攻撃力が乗算されるという

 形に改変された。

 その効果のほどを確かめるために俺達は近くにあった魔物が跋扈する森に立ち入った。


 ――実はスキル改変前、テレーゼには街で買ってきた革鎧などを装備させてスキルの効果がどんなものか試したことがある。


 確かに何もつけていない状態よりは防具をつけた方が攻撃力は明らかに上がった。

 最終的に全身鎧(フルプレートアーマー)を装備したテレーゼは用意した木材を簡単に両断出来た――出来たのだがその装備はあまりに重く、手首の先しか動かせない状態だったので実用性はやはり皆無と言えた。



 森に入り、いきなり魔物との戦闘を行うのも危険と思い、まずは周囲に立っている木で試すことにした。


 とりあえず最低限動けて戦えるだけの防御力を兼ね備えた革防具一式を装備させた。

 木の表皮を軽く削る程度で攻撃力的には可もなく不可もない。


 次に防御力を徐々に無くしていく。

 兜を外し、籠手を外し、靴を外し、そして鎧を外していく。

 するとどうだろう。一つ外していくごとに同じ武器なのにも関わらず攻撃力がだんだんと上がっていった。


 最終的に完全装備した時と比べて何も装備していないただの普段着だけの状態では木はもちろん、鉄や岩すらもまるでバターのように両断することが出来たのだった。


「武器にも負荷と言うか刃こぼれも無し、か。これはなんと言うか、防具を着けないリスクはあるがとんでもないスキルになったな」


「だよねぇ、テレーゼはそんなに力を入れているように見えないけど、簡単に木や岩が裂けていくんだもの。ちょっとした怪奇現象かと思ったよ。それにほら、見てよ、テレーゼのあの嬉しそうな表情。……と拓けた周囲の様子を」


 そう、俺とセリスが呆然と見守るなか、テレーゼは嬉々として剣を振るう。そして剣が虚空を走る度に木や岩が両断されて鬱蒼としていた目の前の森は今やちょっとした広場になるくらい、文字通り切り開かれていた。


「まあ、武器の影響も大きいと思うけどな。よし、そろそろ実戦と行くか。おーい、テレーゼー!」


 少し離れた先にいるテレーゼに声をかける。


「テレーゼのスキルとあの元々の素質からすると、この辺りに出てくる魔物じゃ全く遅れを取るようなことはないと思うんだけどなー」


 と、セリスが予想したように遭遇した魔物、ゴブリン数匹と戦わせてみると一方的な展開になった。


 ゴブリンが攻撃してきてもひらりと身をかわす、もしくは攻撃をサラリと受け流すなど苦戦とは無縁の戦闘。エルフ特有の身の軽さとスキル『受け流し』のおかげと思われる。


 そしてテレーゼが攻撃放つ。当然、ゴブリンも武器や防具で受ける――つもりなのだがそれは叶わずにあっけなく両断されて魔石となっていった。


「ま、この辺りの魔物じゃあこんなもんか。とりあえず今日のところは魔物相手でも通用するとわかったから十分だ。それじゃ、街に戻って休むとしよう。テレーゼもいろいろあったから疲れただろう?」


 俺は遭遇した魔物を軒並み切り伏せたテレーゼに声をかけ、魔石を回収しながら万が一の時のために用意しておいた俺のミスリルの槍を収納した。


「あ、あの、ラオム様!」


「ん? どうした、テレーゼ?」


 なにやら緊張したような声でテレーゼが踵を返し始めていた俺に言う。


「確かにいろいろありましたが私はそれほど疲れてはいません。むしろラオム様の方が疲れていると思うのですが、最後にもう一体だけ試させてもらえないでしょうか?」


 振り返ると決意を込めた真剣な眼差しのテレーゼがこちらをじっと見つめていた。

 その燃えるような真紅の瞳に半ば魅いられたように固まっていると横にいたセリスに服の裾をくいくいっと引っ張られた。


「ねえ、ラオム。テレーゼが自分から許可を求めるなんて何かやってみたいことがあるのよ、きっと。ねっ、私からもお願い」


 セリスはテレーゼの横に立ち、一緒になって頭を下げた。


「ふう、急いで戻る理由もないからな。わかったよ。一体だけだぞ? あと俺達は仲間なんだからやりたいことがあったらもっと気軽に言えばいい。いいな?」


 こういう台詞はなんとなく言いづらいと思いながら、俺は二人から目線を外して返事をする。


「「ありがとう(ありがとうございます)ラオム(ラオム様)!」」


 ――そうして見つけた魔物。


「確かに魔物なんだがレッドアイベアーか。また、そこそこ大物を見つけたな」


 そう、テレーゼが見つけたのはこの森でも最上位クラスの魔物、レッドアイベアーだった。


「今のテレーゼなら余裕だよ!」


 なぜかセリスが自信満々で答え、テレーゼがレッドアイベアーに向かって走り出し、交戦状態に入る。


「確かにな。動きに以前のような迷いが無くなっている。あれならレッドアイベアーくらい一人で行けるだろ」


 ……しかしなんだ、テレーゼがレッドアイベアーの攻撃を避ける時に激しく動くんだが、その度にちらちらと白いものが見えて非常に目のやり場に困る。これは言うべきか、言わざるべきか――


「おやおやぁ? ラオムさん、何やら顔が赤いですねぇ。一体何を見ているんですかぁ?」


 隣で一緒に見ていたセリスが俺の前に回り込み、ニヤニヤした顔で問いかけてくる。


「もしかして、さっきからちらちら見えるテレーゼの白いものに興味津々なのかなぁ?」


「おまっ、ばっか! 違うって! そんなわけ無いだろ!?」


 エルフ特有の白い肌に短いスカートから覗くスラリとした引き締まった足。初対面したときは、奴隷で満足な食事を取っていなかったからか痩せ細っていたが、今は誰が見ても振り向くようなキリっとした美少女だ。


 そんなテレーゼからちらちら見える白いものが気にならないわけがない。


「まあまあ、ラオムも男の子だからね。あんな美少女のが見えたらしょうがないのは私も分かるんだけど――」


 一旦、そこで言葉を切ったセリスは上気した顔で自身のスカートを俺にわかるように少しずつたくしあげ始める。


「私としては、どうせ見るんならここにいるもう一人の美少女のを見て欲しいなー、なんて思うのだけど…………どう?」


「え? ちょっ! 『どう?』って、セリス!?」


 いきなりの展開に頭が真っ白になって思考が追い付かず、それ以上の言葉が出なかった。

 思考は真っ白のまま、視線だけはセリスの太股に釘付けになって動かせずにいた。

 その間も小悪魔のような表情でセリスは少しずつスカートをたくしあげていく。


「……今日ね、私も『白』なんだよ?」


 なにがだよ!? なにが『白』なんだよ!? わかるけど詳しく教えて下さい、セリスさん!!

 あぁ、ダメだ! 視線がセリスに釘付けで目がそらせない。

 も、もう少しでセリスの白いのが――


「やりました、ラオム様! 私、『防低(ディフェンス)高乗(バイプッシュ)』と『火炎属性』と『二刀流』全てを組み合わせて戦い、倒すことが出来ました! これでラオム様達のお役に立つことが出来ます!」


 セリスの後ろからレッドアイベアーを一人で倒したテレーゼがやり遂げた顔をしてこちらに駆けてきた。


「っ!? テ、テレーゼ!? あ、う、うん、そうかそうか。三つのスキルを組み合わせて戦うことが出来たのか。それなら十分に前衛を任せることが出来るな。よし、じゃあ、帰るか! うん、それがいい! そうしよう! セ、セリスも帰るぞ!」


 俺は慌ててややオーバーアクション気味にテレーゼの方へと向き直ると先程言っていた町へ戻ることを二人に伝えた。


「はい!」


 満面の笑みで元気よく返事をするテレーゼと、


「……うーん、残念」


 小悪魔のような表情を残しつつ、残念がるセリス。

 内心まだドキドキしつつ、俺は町へと戻る用意を行うのだった。





 宿についてセリスから、


 ここ最近テレーゼばっかりにかまっていたのが不満だったこと。

 セリスのは見ようとしないくせにテレーゼのに釘付けだったから意地悪したくなったこと。


 を打ち明けられた。

 そして別れ際に、


『……ラオム、見たくなったらいつでも言って? ラオムが望むのなら、私は何時でも何処でもいくらでも見せてあげるから、ね?』


 と耳元で囁かれ、俺はドキドキしてその日の夜いろんな意味で眠れなかった。


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