第33話 スキル改変3
強張った表情のセリスとテレーゼが見つめる先には俺の左半身があった。
セリスはどうやらヒールを唱えようとしているみたいだが動揺して声が震えているので詠唱が上手く出来ないようだ。
「いったい何があるんだ、よ...?」
二人は俺の『何』を見てそんなに驚いているのだろうと二人が見ているであろうものを俺も見る。
...
......
.........視線の先には何も無かった。いや、本来ならあるべきものがなかった。
......即ち『左腕』が。
左腕が、左肩の先から綺麗さっぱり跡形もなく消え去っていた。
地面には血溜まり。
状況的に左腕の血だと思うが肉片は一切ない。
そこまでの事実を頭が認識した途端、形容しがたい激しい激痛に襲われた。
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
反射的に左肩を残った右手で押さえたが突然発生した激痛に耐えきれず、地面に倒れ込むように蹲る。
直後、やっと詠唱を終えたセリスからのヒールがかかるが激痛は全く治まる気配がない。
泣きながら顔をぐしゃぐしゃにしながらも継続してヒールをかけ続けるセリス。
『スキルの書』を使用する前に広げた持ち物の中から回復アイテムを全て拾って俺に使用しまくるテレーゼ。
二人の懸命な回復行動のおかげか、しばらくすると痛みがゆっくりと引いてきた。
そのうち痛みはほとんどなくなっていった。
痛みがなくなったことで左腕が元通りになってないかとチラリと見るが左腕は失ったままだった。
「...二人ともありがとう、もう大丈夫だ」
蹲っていた体制から身体を起こすとポーション系の瓶が周囲に大量に転がっていた。
どうやら俺が落ち着くまでテレーゼはポーションを浴びせ続け、セリスはヒールをかけ続けてくれたらしい。
「悪い、心配かけたみたいだな。もう俺は大丈夫だから二人共落ち着け」
どうも今の状況は俺が思っていたよりも悪い状況だな。
悪い状況ではあるが、最悪ではない。
いや、むしろピンチのように見えてこれはチャンスなんじゃないか?
という気すらしてきた。
...まずはそれを二人に説明するのが先だな。
未だにグズグズと泣きながら一心不乱にヒールをかけ続けるセリスとかけるポーションも無くなり土下座するかの様に地面に伏せ、震えているテレーゼ。
そんな二人に優しく声を掛け、落ち着かせる。
「二人のおかげで痛みもなくなったから俺はもう大丈夫だ。だから二人とも少し落ち着くんだ。......落ち着いたか? うん、なら少し状況を整理するか」
ヒールをかけるのやめてこちらを向くセリスに震えはまだ収まっていないが顔をあげるテレーゼ。
少し落ち着きを取り戻したように見えた二人ではあったが、完全に平静を取り戻したとは言えないようだ。
「も、申し訳ございません、ラオム様! 私の、私のスキルのせいでまさか左腕を失ってしまうなんて......。私はいったいどう償えば......」
「ラオム、大丈夫? 痛くない? 痛くなったらすぐ言ってね、私ヒールいつでもかけるよ?」
まだ二人とも落ち着いているとは言えないな。
無理もないか、左腕喪失だもんな。
俺自身も『スキルの書』を使用した時の予想外の代償に驚いたが冷静に考えるとこの結果は裏返せば、それだけ『防低攻乗』と言うスキルの性能が高いという事。楽観的に考えれば、左腕一本で済んで良かったと捉えている。
今あの時の状況を思い返せば、もしかしたら四肢を失う可能性もあったかもしれないのだから。
それからさらに少し時間をおいて俺の話を聞ける程度まで落ち着いた二人に今の俺の考えを聞かせた。
「......どうしてそう思うの? 一歩間違えていたらラオム、死んでいたかも知れないんだよ?」
「うっ、そ、それについては正直俺の見通しが甘かったとしか言いようがない。本当に二人には心配を掛けて申し訳ないと思っている。すまん」
「謝って済む問題ではありません! 今回の事は十分に反省していただかなくてはいけないと思います! そうですよね、セリス様!?」
「そうそう! ラオムはもっと反省しないといけないよ!!」
「わかった、わかった。本当にすまなかったと思ってるよ」
「ならよし! ...それで? 今の状況を踏まえたラオムの考え方を聞かせてくれるかな?」
基本的には『スキルの書』を使う前に説明したとおり、『防低攻乗』の1文字を改変するだけだから手持ちの装備、金銭もしくはその両方で代償のかたがつくと思っていた。
誤算だったのはテレーゼのスキルが予想以上に強力なスキルだった『らしい』ということ。
『らしい』というのは確証がないから、検証もさすがにする気にはならない。『スキルの書』の使用許可ももうないしな。
ここからは起こった出来事からの推測でしかないのだが、『スキルの書』発動の呪文を唱え俺の魔力が本に流れ始めた時、本の色に変化が見られたのはみんな見ていたと思う。というか、あんなことが起こるなんて予想してなかったよな。
で、肝心の本に魔力が流れ始めた時、
白→青→黄→緑→赤
と魔力が本を染めていき、赤に染まり切る前に俺の魔力が尽きたわけだ。
たぶんこの赤を染め切るか、もしくは次の色も染めるまで魔力を流せていれば、もう少し代償が軽かったのだと思う。
たぶん、だが腕一本丸々失わなくて済んだのではないだろうか。
まあ、これはこれ以上『スキルの書』を使う機会がないから予想の域を出ないがな。
ん? なんでそんな推測になるの? って顔しているな、二人とも。
確かにこの時、次々と色が移り変わる『スキルの書』本体に目が釘付けだったと思う。
だが、俺は同時に見ていた。
自分の身体がうっすらと明滅しているのを。
本の色が染まって変化する度に明滅していく箇所が減るのを。
白の時は、全身だった。
青の時は、両手足だった。
黄の時は、両手と左足だった。
緑の時は、両手だった。
赤の時は、左腕だった。
完全に赤く染めることはできなかったのでその次はどうなったか?は今となっては知る由もないが左腕を失ったことから明滅していた箇所が失う箇所を示唆していたのだろう。
もし俺の魔力がもっと少なくて本を染める色が赤まで行っていなければ、例えば白で魔力が尽きていたら全身がこの左腕のようになっていただろう。
という、俺の推測を黙って聞いていた二人が絶句している。
かくいう俺もこれまでは客観的に状況を整理していたがそんな推測を二人に説明することで急に自分自身のことだという実感がやってきて今更ながら薄氷の上を歩いていたのだということがわかり、背筋がゾッとした。




