第30話 特訓 2
テントの中で少し休憩した後、テレーゼは時間が惜しいとばかりにテントを出て特訓を再開した。
「いいの? まだ体力が完全に回復してなくてふらついているみたいだけど……」
「今までどうしようもなくて諦めていたスキルが制御出来るかもしれないんだ。はやる気持ちは押さえられないだろう。本当に危なくなったら無理矢理にでも止めさせるさ」
おとなしくテレーゼの特訓の様子を見守っていたが2回目の特訓中に気を失って倒れてしまった。
これまで溜め込んでいた炎を全力で放出するなんて慣れないことを無理に行ったからだろうか。体力が追い付かなかったようだ。
「まだ日もあるけど、今日はこの辺にして宿に戻るか」
「そだねー」
テレーゼを消火して身体の洗浄はセリスに任せる。
気を失って倒れているテレーゼをエアスライドに乗せて俺たちはミザールの町の宿へと帰ることにした。
そして次の日の朝からまた同じことを繰り返す。
朝、宿を出て海岸に行き、テレーゼの特訓。
時間を追うごとにテレーゼは段々と制御のコツをつかんできたようで休憩をこまめに挟めば、気を失うことなく放出を続けられるようになってきた。
そして特訓を続けること10日間。
休憩をはさむ回数も少なくなり、完全とはいえないまでもある程度の制御は可能になった。少なくとも無意識に炎が放出されたり、周囲の人に迷惑をかけることはなくなった。
禁則事項のチェックを外して試しに驚かせてみたが、突然の事態にはまだ制御しきれないみたいだ。ちょっと焦げた。
だが、それ以外の日常生活では問題なく他人とも普通に接することが出来るようになった。
「ラオム様、本当にありがとうございます。まさかまたこうして怯えることのないまともな生活が出来るようになるだなんて思っていませんでした」
「とりあえず禁則事項のチェックは外した状態で行くからな。特訓は継続中だぞ?」
「はい! 承知しております!」
「よし、なら次の段階に進むか」
「あれ? これで終わりじゃないの? 次の段階って何するの?」
「これで終わりなわけないだろ。むしろやっとスタートラインに着いたってところだな。『火炎属性』をせっかく制御できるようになったんだ。それを攻撃や防御に活かさない手はないだろ?」
俺は空間魔法を開き、二振りの刀を取り出しテレーゼに渡す。
「ラオム様、この刀は一体……?」
「これはミザールの迷宮10階の階層主スケルトンロードのドロップアイテムだ。ほとんどなにも落とさない奴の物だからかなり珍しいものらしいな」
「貴重なのは分かりましたが……もしかしてーー」
「そのもしかして、だ。その刀はテレーゼが使うといい。俺やセリスだと上手く使えないからな」
「……ありがとうございます。大切に、使わせていただきます」
「武器屋のおやっさんの話だと『煉獄』って言うらしい。なんでも切れ味はそこまで良くないが一つの特徴があるみたいなんだ」
「特徴、ですか?」
「刀身に魔力を蓄えることが出来て切れ味が上がる。俺のミスリルの槍みたいな感じだな。違うのは魔力の蓄え方。刀身に直接魔力をぶつけることで蓄えることが出来るらしいな。セリス、『神聖魔法』のバニッシュを撃ってもらえないか?」
「いいよ、刀身に向けてだよね?」
「ああ、頼む」
セリスがバニッシュ、神聖属性の魔力弾を刀身に向けて放つと刀身に触れた途端、弾けるような音と共に魔力弾が吸収された。
「わっ、私のバニッシュが消えた!」
「消えたというか吸収、刀身に蓄えられたんだよ。」
「なんというか、刀身が白く光っていませんか?……これは神聖属性?」
「そう、この刀は魔力に加えてその属性も蓄えることが出来る。つまり今はテレーゼの言うように神聖属性が付与されている状態だな」
「属性付きの武器になったんだ!? 属性は何でも大丈夫なの?」
「今の魔力を解除すれば、何でも行けるはずだ」
「この状態は解除方法はどうするのでしょうか?」
「刀で切る、攻撃することで内部の魔力が消費される。消費されて蓄えた魔力が無くなる、もしくは鞘にいれるかで解除されるみたいだ」
「んー、属性ってことはもしかしてテレーゼの『火炎属性』でも可能なのかな?」
そう、その期待を込めて俺はテレーゼにこの武器を渡したのだ。もし、それが出来るのであればこれ程テレーゼにピッタリの武器もないだろう。
何せ攻撃魔法を打つ必要がない。刀身に向けて炎を纏わすだけで魔力が蓄えられるのだから。
「テレーゼ、試してみてくれるか?」
「分かりました。やってみます!」
一度鞘に納めて魔力を解除した後、再度抜き放った刀に掌から柄を伝って刀身に炎が到達した瞬間、炎が刀身にどんどん吸収されていく。
それと共に銀色だった刀身がみるみる緋色になり、まるで燃え上がるように輝いていく。
「おぉ、これは凄い!」
「きれーだなー」
「ラオム様、出来ました! あぁ、先日まで忌むべき存在だった私の炎がまさかこんな風になるだなんて……」
「おいおい、テレーゼ感動するにはちょっと早いぞ?
見た目はともかくまだこれがどれだけ使えるか分からないんだからな」
「確かにそうですね。試し切りは必要ですね」
「えー? こんなに綺麗で強そうなのに試す必要なんてあるの?」
「まあ、そういうなよ。俺も見た目からして問題ないとは思うけど、万が一もあるからやっておくに越したことはない。これから俺と模擬戦でもしてーーおっ?」
そんな事を言っていたら炎に誘い出されて周辺の森から魔物が寄ってきた。
実はこれまでの特訓中もテレーゼが派手に炎を出した時、海岸際の森から魔物がたまに呼び込まれてきていた。
俺とセリスの二人でテレーゼの邪魔はさせまいとその度に魔物を撃退していた。
パーティを組んでいたおかげで俺のレベルは上がっていないがセリスとテレーゼは少し上がっていた。
「丁度いいところに出てきたな。よし、それじゃあ一人でお客様をお出迎えしてこい。もし危なくなったら手助けに入ってやるから安心して行ってくるといい」
「はい! かしこまりました、ラオム様」
優雅に一礼したテレーゼは煉獄を携えて森から出てきた魔物 3匹のフォレストオークに向かって走り出す。
ここは海岸線。足元は砂地。故に足を砂にとられて走りにくいはず……なのだが特訓中ずっと砂浜にいたテレーゼは慣れたのだろうか、全く意に介せずあっという間に先頭のフォレストオークに肉薄する。
目の前に迫った敵に対してフォレストオークが一瞬たじろいだ隙に肩口に一閃。
そして振り切った勢いを利用してくるりと回転して反対側の刀で首を刈る。首と肩の切り口から体液が吹き出る事はなく、焼け焦げていた。
その様子を間近に見て怯んでしまった残りの2匹は声をあげる間もなくあっという間にテレーゼは片付けてしまった。
「まあ、このあたりの森に出てくるフォレストオークはそんなに強くない魔物だから当然といえば当然なのだが、それでも1人で3匹を相手にして余裕の立ち回りとは思っていた以上にやるな」
「あれ? 私達テレーゼが戦う姿見るのって初めてじゃないかな? なんか戦い方に華があったよね!」
「そうだな。あっという間に倒してしまったけどなんというか目を惹く戦い方にだったな」
フォレストオークを始末してゆっくりとこちらに戻ってきたテレーゼに声をかける。
「お疲れ様。手助けの必要は全くなかったな」
「いえ、そんなことはありません。この頂いた武器が凄いのです。私もまさか一刀のもとに切り伏せられるとは思いませんでした」
「凄いかっこよかったよ、テレーゼ! 3匹のフォレストオークの間でまるで踊りを踊っているようだった! あんなの初めてみたよ!」
「あれは『二刀流』のソードダンスというスキルなんです。私自身もこれ程威力が出たのは初めてだったのですけど」
「なんにしろ、『火炎属性』を攻撃に活かすことについては問題無さそうだな。それじゃあ、最後の段階へと行こうか」
「え!? まだあるの? これで終わりかと思ってたのに」
「終わりなわけないだろ。むしろこれからが本命だぞ?」
そう言って俺は空間魔法からあるものを取り出した。




