第25話 奴隷購入 その4
「こんにちわ。俺はラオム。こっちはセリスだ。で向こうにいるのが交渉代理人のベルリッツさん。今回は俺とセリスのパーティーの戦力強化として君の購入を考えているんだ」
部屋に入るなり、ソファーの横までとぼとぼと歩き、目が虚ろな状態の彼女に向かって極力優しく語りかけるが反応はなく、立ち尽くしている。
「立って話すのもなんだ。座って話そうか。さ、座ってくれ」
俺の対面のソファーを示したがテレーゼは立っていたその場所に座り込む。
その際、ふと彼女の肌が見えた。
基本的に奴隷は男女とも簡素な布の貫頭衣で肩から先、太ももの半分から先は素肌となっている。
以前テレーゼを見たときは牢屋越しで遠目だったから分からなかったが見ているこっちが痛くなりそうなくらい素肌の部分、腕や足が傷だらけだった。
特に目立ちにくい身体の内側は酷く、鞭の痕、裂傷、打撲痕、火傷痕等、一見しただけだと分かりにくいが相対してみるとよくわかった。身体の線も細く、もはやテレーゼがまともな扱いを受けておらず、処分される直前なのは一目瞭然だった。
「・・・セリス、頼む」
コクンと頷いたセリスはおもむろにテレーゼに近づき、各所の患部を目視してギリッと歯噛みした後、詠唱を始める。
「さ、君もソファーに座ってくれ。・・・って動いてくれないか。座って欲しかったんだがな。仕方ない、そのままでいいから聞いてくれ」
俺はテレーゼの前、彼女と同じように床に座り話し掛ける。
「率直に言うと君に興味がある。初めて見たとき、なんと言えばいいかわからないが強く引かれるものを感じたんだ。このまま買い上げて強制的に同行させることも出来るがそんなのは俺達の望むところじゃない。出来るならテレーゼの意思でついてきて欲しい」
「・・・・・・・・・・」
彼女は答えない。
無言でじっと床を見つめたままだったが詠唱を終えたセリスが力ある言葉を放つと同時にその肌に触れる。
「あっ!!」
「ーー御身の尊き癒しの奇跡を与えたまえ!ハイヒールっ!」
テレーゼの患部が白く輝く光に包まれる。
するとあの痛々しかった傷がみるみるうちに治っていく。
これにはテレーゼも驚いたようだ。
通常『火炎属性』によって触れた方は火傷をすることがある。
今は隷属魔法によってその行動を無意識のうちに縛られているのでその心配はないのだが、よほど強い負の感情が出た場合は隷属魔法の効果を超えて『火炎属性』が発揮する。
と言うようなことは、テレーゼも承知している。
驚いたのはセリスがなんの躊躇もなく肌に触れたこと。
彼女のスキルを知るものは、誰であろうとどんな状態であろうとその肌に触れる者はいない。
皆腫れ物を扱うように直接触る事を極端なまでに嫌うらしい。
セリスが躊躇なくテレーゼの肌に触った事がきっかけとなって彼女の瞳に僅かながら光が戻る。
その一瞬の反応を見逃さなかった俺はテレーゼの前まで膝だちで歩く。そして手を取り、覗き込むようにもう一度、光を取り戻した瞳に優しく語りかける。
「君は今一度、冒険者として俺達と一緒に外に出て行動する気はあるかい?俺達には君という存在がどうしても必要なんだ」
「・・・私は奴隷です。私の意思など気にしないでください。貴方様にその気があるならば、購入して命じて下さい。私のスキルはーー」
「知ってるよ。『火炎属性』持ちだっていうんだろ?触れたものを燃やしたり、君の意思とは無関係に炎を、熱気を出してしまうんだろ?分かっているよ」
ビクッと身を震わせた後、申し訳なさそうにその痩せ細った身体を縮める。
「もう一つの特殊なスキルも分かってる。『防高攻乗だっけ?それを知っていてなお、君と一緒に冒険がしたい、と俺は思っているんだがどうかな?」
テレーゼの顔がゆっくりと上がる。
今までじっと床を見つめていた、まるでルビーのようなその真っ赤な双瞳が無表情ながら初めて俺を捉える。
「・・・何故、貴方様は私のような使えないスキルしか持っていない、出来損ないで燃やすしか能がない奴隷をご所望なのですか?」
「出来損ないだなんて思わないよ。テレーゼは素晴らしいスキルを授かっていると思う。最初に言ったようにパーティーの戦力強化をしたいんだ。それで今は前衛を探している。この商館の奴隷を一通り見て、スキル構成を聞いてテレーゼのスキルに閃くものを感じた。俺はこの直感を信じたい。スキルの事は心配しなくてもいい。必ず使いこなせるようにしてやるから」
テレーゼはそんな言葉は何度も聞いたとばかりにゆっくりと首を左右に振り、ため息混じりに語りだす。
「これまでの購入者の方々も皆、似たようなことを仰られておりました。・・・けれどただの1人も有言実行出来た方はおりません。殆どの方が何の根拠もなく自分が命じれば、上手く行くと思っている方ばかりでした。私は・・・これまでこの特殊なスキルゆえに故郷を追われ、冒険者から奴隷に身をやつし、何人もの人に買われては返品、買われては返品という屈辱でしかない生活を送ってきました・・・。その間、虐げられたり人間扱いされないことも・・・たくさんありました」
虐げられた時のことを思い出したのか、小刻みに震えて自分で自分を抱き締めるかのように両手を肩に当て蹲る。
そしてゆっくりと今まで心の内側に秘めていたほの暗い感情を吐き出すかのように語り出す。
「この数ヶ月、もはや珍しいと思う方も居なくなりました。商館の主人より先日、お前のような無駄飯食らいはあと10日買い手が無ければ処分する、という最後通告を受けました。・・・ですがそれでも買われることが怖い!このスキルを見て、勝手に期待され、使えないことがわかって勝手に落胆されて、腹いせに虐待を受けるのが恐い!もう嫌なんです!ゴミを見るような目で奴隷商館に戻されるが嫌!もう、私には居場所がないんです・・・どこにも。でも、こんなところで、死にた、く、ない!!う、ううっ、あぁぁあぁあぁぁぁ」
長い奴隷生活で限界に来ていたのだろう。
テレーゼの精神は崩壊寸前であったようでそれを見越して最後通告をしたのは容易に理解できた。
よく見れば、床に蹲るテレーゼからは熱気があがり、床が焦げている。感情が高ぶったからだろう隷属魔法の効果を越えてスキルが発動している。服が燃えていないのは難燃性の素材だからか。
「・・・テレーゼ」
「え?えぇ!?」
俺は蹲るテレーゼの肩を両手で掴み、身体を起こさせる。ジュッと掌が焦げる音がするが構わない。そのままテレーゼを抱き締める。身体のあちこちで肉が焼かれるような痛みを伴うが気にせず、より強く抱き締め耳元で語りかける。
「テレーゼ、俺達と来いよ。もうお前にこれまでのような辛い思いは絶対にさせない。俺とセリスを信じてもう一度冒険者になってみないか?実は俺も誰も持っていない特殊なスキルの所持者なんだ。スキルの事を誰にも相談できない辛さは分かるよ。・・・心細いよな。でもこれからは俺がいる。セリスもいる。不安なことはどんな些細なことでもいいから話してくれ。テレーゼが一緒に来てくれるなら俺達は仲間だ。苦しいこと、不安なこと、嬉しいこと、楽しいこと俺は全て仲間と共有して冒険したいんだ」
「ええ!?ええええ!??!は、離してください!こ、焦げてます!いえ、ももも、燃えてしまいますよ!!」
「いーや、駄目だ。まだテレーゼの返事を聞いていない。返事を聞くまで俺はどうなっても絶対に離さん」
そうしている間にも俺がテレーゼに触れている部分の肉は焼け爛れていく。
テレーゼも身をよじり、なんとか俺を離そうともがくが所詮はエルフ。しかも痩せ細ったエルフに力で負けることはあり得ない。
遂には自分の制御出来ないスキルで他人が傷つく事に耐えられなくなったテレーゼが折れる。
「わ、分かりました!分かりましたから早く離れてください!貴方様と一緒に行きますから!!」
「その言質、・・・取ったぞ」
朦朧とし始めた俺はテレーゼを離すと同時に眩暈がして背中からバタンと倒れこんだ。
「ちょ、ちょっと大丈夫、ラオム?え?ラオムー!?無茶しすぎだよっ!」
慌てた声のセリスが早口で詠唱を始めるのを途切れ行く意識の中で聞いていた。
結局、その後セリスが俺にハイヒールを数回かけたことによって一時間程度で目を覚ますことが出来た。
「まったく、ラオムは無茶して!私がいなかったらどうなっていたか!もう少し考えて行動してよね!?」
「いやいや、セリスがいてくれたからこと出来た行動だよ。助かったよありがとうな、セリス」
横になっていたソファーから身体を起こしてセリスの頭を撫でてやる。
「も、もう、しょうがないんだから!」
何だかんだで許してくれるセリスに感謝しながら、向かいのイスに座っていたベルリッツさんに今の状況を確認する。
「ベルリッツさん、あれからどうなりました?」
「テレーゼはあの後、少しして落ち着いたよ。部屋に入ってきたときのような悲壮感は無くなっていた。ミュッテンバーグにはどの奴隷にするかの相談の時間ってことにしている。ちょうどその時間が終わったところだな。そろそろミュッテンバーグが来ーー」
話が終わる前に部屋がノックされ、ミュッテンバーグが入ってくる。
「御検討はお済みでしょうか?そろそろどの奴隷になさるのか御返事を伺いたいのですか?」
「あー、それなんだが実はラオムとセリスで意見が割れていてな 。まぁ、最初の奴隷だし、値段が安い方を購入しようってことになったんだ」
「なるほどなるほど。それでどちらの奴隷でお悩みなので?」
「ヘシアンとテレーゼだな。ラオムはどちらでもいいってんだが、テレーゼの方をセリスが気に入っててな。こいつ、もうちょっと安くならないか?」
そう言ってベルリッツさんはミュッテンバーグの肩を抱き、部屋の隅の方に入って何やら交渉を始める。
俺とセリスはその様子をただ座ってぼーっと眺めていた。
しばらく待っているとベルリッツさんとミュッテンバーグが何やら笑顔で握手している。商談が成立したようだ。
「ラオム、話がついたぜ。テレーゼを1,500,000リアルで買うことで決まった」
「私としてもそんな値段で売却するのは本位ではないのですが他ならぬベルリッツ様のお口添えとあらば仕方ありません。1,500,000リアルでお譲り致しましょう。それではテレーゼを連れて参りますのでもうしばらくこちらの部屋でお待ちください」
そうしてミュッテンバーグが部屋を出ていってからしばらくしてテレーゼが入ってきた。その瞳は一番最初に見た時のような虚ろな瞳ではなく、何かを決意したような吹っ切れたようなそんな気がする瞳だった。
「それではラオム様、こちらの書類を御確認いただき、必要事項を記入してください。記入が終わりましたら隷属魔法による契約を開始致します」
差し出された書類に必要事項を記入し、ミュッテンバーグに渡す。内容は奴隷の扱いや隷属魔法の効果の使い方等だった。
「それではこれからテレーゼの所有権を私からラオム様に移します。基本的な禁則事項は契約時に先ほど御確認いただいた書類に記載しておりましたので割愛します。特別な禁則事項については都度、言葉にして奴隷に伝えるだけで簡単に設定することができます。ラオム様、手を出してください」
そういってミュッテンバーグは俺の手を取り、「少しチクッとしますよ」と言うと親指の腹を針で刺す。
親指の腹から滲んだ血をそのままテレーゼの胸に押し付ける。すると一瞬カッて光を放ち、俺の頭の中に様々な特別な禁則事項が浮かんできた。
なるほどこれが奴隷を所有するということか。
とりあえず『火炎属性』を無断で発動をしないように伝えておけばいいか。
「これで正式にテレーゼはラオム様の物となりました。可愛がってやってくださいませ」
こうして晴れて俺はテレーゼの所有者となった。




