第16話 死霊の王獣 その2
死霊の王獣には理解できないだろう。
これが俺の『空間魔法』の能力の1つ。
「空間固定」だ。
通常、物を出し入れする際の出入口を「固定」する。物の出し入れは出来なくなるがその代わり、固定された空間は如何なるモノも通さない見えない盾となる。
見えない盾で攻撃を防いだ一瞬の隙を付いて俺は攻撃してきた腕の脇の下に槍の穂先を滑り込ませ、全身のバネを使い、槍を下から上へすくい上げるように払う。
死霊の王獣の丸太のような腕は、その付け根からバッサリと切り落とされる。
「ぐぬぁぁぁぁぁぁぁ!!貴様、貴様ぁー!許さん!絶対に許さんぞー!!」
ただでさえ獰猛な野獣のようだった顔が怒気を含み更に凶悪になっていく。
振り上げた槍を素早く引き戻し、捻りを加えた突きを2連放つ。
パリンッという音と共に魔力障壁が砕かれ、一瞬の間隔を空けて肩と足の付け根に拳大の風穴が空く。
ここに「固定」を仕掛ける。
「ぐぁぁぁ、調子に乗るなよ!何をして我の攻撃を防いだのかは知らんが貴様は塵すら残ーー!なんだ!?身体が!肩と足が動かん!?動かないと言うよりこの場所に「固定」されている、のか!?貴様、いったい何をしたのだ!?」
肩と足を「固定」されて身動きが取れない死霊の王獣に止めを刺すべく、渾身の力を込めて突きを繰り出そうとしたその時、
「ーー闇夜を駆ける衝撃」
死霊の王獣はニヤリと笑いながら、魔法を放った。俺ではなく、たまたまこちらに近づいて無限ともいえる程出現しているワイトを相手にしていたセリスにむかって。
「しまっ・・・、セリスーー!!」
「えっ!?き、きゃーーー!」
ーーーチュドドドドドド!!
虚空から現れた無数の黒色の魔力塊はギリギリ射程範囲外だったのか、セリスの斜め後方に着弾した。とは言え、その魔力が爆発した際の余波はセリスを吹き飛ばすのには十分な威力だったらしく、セリスは紙切れのように吹き飛ばされる。
「くっ、不味い!このままではセリスが!」
吹き飛ばされ、体勢を崩されたところにワイトに襲いかかられたらひとたまりもない!そう判断した俺は身体全体に振り分けていた魔力を足に集中させ、セリスの元へと急ぐ!
セリスの元へと行動した結果、死霊の王獣の動きを制限していた「固定」は射程距離3.2mの範囲外となり解除される。
「クックック、そう言うことか。甘い、甘すぎるぞ、人間よ!我を滅する千載一遇の好機を見逃すとはな。ハーハッハッハ」
俺のスキルには射程距離が有ることを洞察した死霊の王獣は自身の魔法の射程距離ギリギリで己が生み出したワイト等関係無いとばかりで再びその魔法を放つ。
「闇夜を駆ける衝撃!」
間一髪ギリギリでセリスの元へと辿り着けた俺は最大数である3枚の見えない盾を周囲に展開する。
全方位から迫るその攻撃に直撃こそ免れているものの隙間からの爆風によるダメージが1つまた1つと蓄積されていく。
ーーードドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
いつ終わるとも知れない魔力の爆発を耐え、見えない盾との衝突によって生じた魔力の残滓による煙が晴れる。
俺達は立っていられない程のダメージを受けて膝頭を地に着けていた。
「ほぅ、まだ生きていたか。さすがにしぶといな。消し炭に成る程の魔力を込めたつもりだったのだがな。だが、次で終わりだ!塵1つ残らぬようにしてくれるわ!クックック、ハッハッハ、ハァーーハッハッハ!!闇夜を駆ける衝撃ーー!!」
先程の3倍は在ろうかという数の魔力塊が虚空に現れる。
「くっ、万事休すか!?」
「ゴメン、ラオム。私が足を引っ張ったばっかりに・・・」
「言うな、セリス。お前だけのせいじゃない。俺も判断を誤った。お前を一人にさせ過ぎてしまった。・・・すまない」
「ううん、そんな事ないよ。私がラオムの近くにいたらもっと早くに足を引っ張っていたと思うよ。あんなヤツに殺られるのは悔しいなぁ・・・せめて、せめて1匹でも多く倒してやる!」
セリスが最後の足掻きとばかりに手近にいたワイトに狙いを定める。
それはセリスが苦し紛れに放った何てことのない普通の一撃だった。
ワイトが一体倒される。
「ふん!無駄な足掻きを」
《『空間魔法』のLV.があがりました。》
セリスが倒したワイトで俺のLV.が40になったみたいだ。
こんな最後で『空間魔法』のLV.が上がっても今更な・・・。
《LV.3→4 空間解放3→4個 空間間口5.4→7.2m
射程範囲3.2→4.0m 収納容量60m×60m×60m→80m×80m×80m
魔力消費無 空間固定 空間浮動 浮物格納【new】》
「・・・・・・待て。今何が新しく追加された?『浮物格納』・・・だと?まさか?こいつは?」
俺はおもむろに足元に落ちていた石を収納に放り込む。
入る。
出してみる。
落ちる。
今度は石を指で弾いて入れる。
入る。
出してみる。
勢い良く飛び出る。
これは、これならやれるかもしれない・・・。
「セリス、俺が合図をしたら死霊の王獣と反対方向へ全力で走れ!」
「えっ!?そんな、ラオムは!?」
「・・・勝ち筋が見えた。上手く行けば何とかなるかも知れない」
「嫌だよ!そんなのーー」
「いいから聞け。今の俺の見えない盾の射程距離は4.0mだ。俺が全力で死霊の王獣の所へ行ったとしてセリスでは俺の全力に付いてこれない。その場合、セリスが狙われたらどうすることも出来ない。セリスに合わせて行動していたら勝機を逸するかもしれない。だからセリーー」
「分かったよ、ラオム。私は全力で射程距離外まで退く。・・・だけどその代わりあいつをやっつけてくれないと許さないんだからねっ!いい、約束だよ!?絶対だよ!!」
「判りましたよ、お姫様。約束だ。必ず死霊の王獣を倒す!倒してみせる!!」
「クックック、命乞いの相談は済んだか?随分と粘ったが所詮は人、生ける者には限界があるという事よ!最早貴様らには、死、あるのみ!さあ、絶望の底に沈んだままあの方に捧げる贄となるがいい!!」
虚空に浮かんでいた無数の魔力塊がまるで意思を持ったかのように一斉に俺達に襲いかかる。
俺は1枚増えて4枚になった見えない盾を今度は隙間無く展開し、魔力塊の初撃のみを受ける。
衝突によって魔力の残滓による煙幕が形成された瞬間、新たに得た『浮物格納』による悪食と吐瀉に切り替え、セリスに収納からあらかじめ出しておいたハイポーションとハイマジックポーションを振りかける。
悪食と吐瀉により初撃から後の魔力塊は全て何事もなく『収納』されていく。
「セリス!!」
俺の合図でセリスが後退すると同時に俺は煙幕が抜け出し、最終決戦を挑むべく対峙する。
「バ、バカな!?あれだけの攻撃を受けて死んでいないだと?信じられん。ならばこれはどうだ!
闇夜を駆ける衝撃!
槍骨の雨!!
暗黒の顎門!!!」
死霊の王獣の額にある何処かでみたことあるような紋様が鈍く光り、虚空から握り拳大の魔力塊が、槍状の骨が、禍々しく黒い顎が俺の頭上にこれまでにない数が同時に現れたと思った直後、それらが襲いかかってくる。
しかし俺はそんな攻撃など無いかの如く、まるで草原に面した街道を歩くように1歩1歩近づく。
悪食と吐瀉を展開し、怒涛の如く襲いかかってくるそれら全てを音もなく収納する。
「な!?消えた、だと!?確かに全てヤツに直撃する弾道だったはず!何故、消えた!さっきといい今といい、貴様いったいなにをしたというのだ!?」
答える義務はない。
変わらず無言で距離を詰める。
そして、近づきながら先程と同様、今ある魔力のほぼ全てを『魔力制御』でミスリルの槍にぶちこむ。残りの手持ち7本全てのハイマジックポーションを収納から取り出し、身体に叩き付けるようにかける。先程以上の魔力を『身体強化』に注ぎ込み、限界を越えて強化する。
留めきれない魔力が溢れだし、身体全体が金色に包まれる。
これが俺の正真正銘の切り札
『限界凶化』。
身体中に限界を越えた魔力をぶちこみ、一時的に驚異的な戦闘力を得ることが出来る反面、魔力が切れると意識を失ってしまう。
相手を倒しきることが必然とされた1回限りの切り札だ。
「さあ、クライマックスといこうか!」
槍を構え、一直線に駆け出す。
一瞬で間合いは詰まり、俺の射程距離に入る。
まずはあの杖を持った腕。あの腕から放たれる魔法の射程距離はまたセリスを攻撃できる可能性がある。まずはそれの可能性を摘む為に杖を持っている手首を狙う。
すれ違い様、ガシャンという魔力障壁が割れた後、死霊の王獣の手首が消し飛ぶと共にボッという風切り音が耳に届く。
手首から先と持っていた杖がカランッと音をたてて地面に落ちる。
「ぐぬぁぁぁぁぁぁぁ!!お、おのれぇ!暗黒の破壊波!』
振り向きながら死霊の王獣が牽制のために魔法を放つが悪食と吐瀉の前では何の効果もない。むしろ逆。
「返すぞ」
俺は一言言い放ち、先程収納した攻撃を解放する。
槍骨の雨と闇夜を駆ける衝撃を。
目の前の空間から骨の槍が横殴りの豪雨のように射出され、死霊の王獣を針ネズミのように串刺しにする。
また、魔力塊は周囲のワイト達を一掃ように四方八方に乱れ散る。
「こ、これは我のーー、があぁあぁぁぁぁ!!」
動きが完全に止まった所で止めを刺すべく、槍を握る手に力を込める。
足のつま先から足へ、腰、腕、手、そして槍へと魔力を捻転、凝縮させ、渾身の力を込めて放たれた攻撃は金色の閃光と共に一条の光の柱と衝撃波をその攻撃の射線上に残す。
光の柱が夜の暗闇に溶けるように消えた後には、上半身を失った死霊の王獣の下半身が光の粒子を伴ってゆっくりと魔石化していくところだった。
「や、やったぞ。セリス。おれ、たちのか、ちだ。くそ、まだワイ、トがのこっ、ているのに、すまん。セリス、あとはまか、せ・・・」
攻撃を放った姿、残心した状態でそんなことを言った後、俺の意識はぷっつりと途切れた。