第15話 死霊の王獣 その1
死霊の王獣
それはミザールの迷宮 40階層の階層主。
大半の冒険者がその姿を見ることなく生涯を終えるほど辿り着くのが困難な存在。
その姿は死霊の王の魔法使いといった出で立ちの残滓が残っていることから進化種だと推測されている。
体躯は魔物化した熊を越える大きさで6m程度。軽く殴られただけで骨折しそうな丸太のように太い腕が4本、内1本に死霊の王の杖を持っている。顔は獰猛で正に野獣と言った表現が当てはまる。
「まさか、40階層の階層主なのか!?くっ、セリスの嫌な予感がまた当たっちまったな。それも最悪な方向で!」
俺は苦虫を噛み潰したような顔で呟く。
「ラ、ラオム、あれって階層主なの!?なんで階層主がこんな地上に出てこれるの?あんなのが町で暴れたら大変なことになっちゃうよ!」
「俺だって知るかよ!階層主ってのはその階層を護るものだから階層主なんだ。それがこうして地上に出てくるだなんて聞いたこともない!今、目の前にいるのに信じられないくらいだ」
こんなのが40階層から地上に出るためにずっと暴れてたのか。そりゃあ地震も起こるだろうさ。
しかし迷宮を破壊しながら地上に出てくるような奴を相手にして勝てるのだろうか?
いや、勝てる勝てないじゃない。勝たなきゃダメなんだ!
俺がそう決心を固めた時、迷宮から飛び出してから訳のわからない言語で呟き始めた、と思ったら淡い光に包まれた死霊の王獣がいきなり理解できる言葉で話始めた。
「我らの言葉すら理解できない愚かなる者共よ。その低脳な知力に寛大な慈悲を持って我が合わせてやろう」
「ま、魔物が喋った!?バカな!魔族ならともかく魔物が喋るなんて!?」
「今宵の我はすこぶる機嫌が良い。今すぐ我の邪魔をせずこの場を立ち去るというのであれば、今宵の満月に免じて逃がしてやらないこともないぞ?」
「このアンデッド風情が!この俺様達がぶっ殺してやる!」
「て、て、てめー!こっちへ来るんじゃねえ!この化物め!」
「そ、そうだ!兄貴がいればあんな化物なんて大したことねーよ!」
そう言って先程のチンピラ達が突然死霊の王獣に向かって攻撃を始める。
『投擲術』
『風雷魔法』
『剣術』
3人による同時攻撃を仕掛ける!
・・・が、ヤツにはなんの痛痒も見られない。
「ふん。所詮は下等種族か。話す価値もないな。消えるがいい」
死霊の王獣はチンピラ達に興味が無くなったように一言、力ある言葉を言い放つ。
「槍骨の雨」
突如、チンピラ達の頭上から槍状の骨が降り注ぎ、避ける間もなく、全身串刺しにされる。急所を避けて
「ぐ、ぐああああああああっ!」
「いでぇ!いでぇよぉ!?ああああ!」
「ああああ!いでーーーーー、いでぇ!」
チンピラ達の絶叫が響き渡る。
それはまるで立ったまま地面に磔にするかのように槍の骨はあらゆる方向から地面とチンピラとを縫い付け、そこから滴り落ちる鮮血によってあっという間に真っ赤な水溜まりが出来た。
「ほぉ、思っていたよりも甘美な声を出すどはないか。我ら魔の者とっては貴様ら人間の負の感情が何よりの悦び。貴様らは我々にとって家畜でしかない。せいぜい、いい声で鳴いて我を楽しませるがよい」
急所を全て外れているとは言え、あれだけの攻撃を受けていたらチンピラ達はもう助からないだろう!
くそっ、遊んでやがる!
「それで?お前らはどうするのだ?この場を去ると言うなら見逃してやらんでもないぞ?」
「はい、そうですか。見逃してくれてありがとう。・・・なんて言えるわけないだろう!人間をなめるんじゃない!!」
「そうだよ!ここで逃げる訳にはいかないよ!さすがに私のラオム!よく言った!この戦いが終わったらぎゅ~~~、ってしてあげるよ!」
チラリとセリスを見れば、真っ青になって小刻みに震えている。無理もない、俺だって本音を言えば逃げ出したいんだ。セリスにとってこんな圧倒的な強者との戦闘なんて恐怖感しかないだろう。
震えているセリスを少しでも鼓舞するように声を出す。
「行くぞ、セリス!こんなヤツ、さっさと片付けるぞ!」
「わかった!ラオム、全力でサポートする!」
「クックックッ、短き命を粗末にする愚か者共め。よかろう!ならば汝らの魂、全て我が食らってやろうぞ!」
「ぬかせ、逆に俺達の糧にしてやるぜっ!」
戦闘開始となり、俺は駆け出す。セリスは反対方向に駆け出す。
「ハッハッハッ、なんだ?あんな啖呵を切っておいて仲間に早速見捨てられておるではないか?まあ、よい。ならば小娘はこれで十分であろう」
死霊の王獣が片腕を振るうといつの間にか絶命していたチンピラ達の死体がビクンッと跳ねてゆらりと歩き出す。
『ワイトに殺された者はワイトになる』
アンデッドならではの特性だが、普通は死んですぐなったりはしない。死霊の王獣がその魔力で強引に変化させたのだろう。
ちっ、セリスもさすがに元冒険者3人を相手にするのは辛いだろうと思い、方向転換しようと考えた時、
「ラオム!私の方は気にしないで!何とかして見せるよ!」
そう言ってセリスは混沌の蒼穹に聖光の煌めきを乗せて射ちだす。
チンピラワイト1体の頭に命中し、塵となる。
距離もあるし、逃げ回りながらならなんとかなりそうだな。
「セリス、死ぬなよ!」
改めて死霊の王獣に向き直り、挨拶代わりの普通の突きを放つ。
当然、そんな攻撃は効かないとばかりに防御すらせず、余裕を持って受けきられる。
「どうした?先程の威勢は何処に行った?我を滅するのであろう?そんな攻撃ではかすり傷にもならんぞ!そら槍骨の雨!」
くっ、チンピラ達を殺った、あれか!
俺はその場から急ぎ離れるため、後方へ飛び退く。
先程までいた場所には骨で出来た槍が無数に突き立っていた。
「ほう、回避するか。先程の雑魚とは違うようだな。では、これではどうだ?暗黒への誘い!」
4本ある腕の1本が大きくそして禍々しい黒い手に変化する。その手は、俺に向かって伸びてきて殴る、引っ掻く、叩き落とそうとするなど攻撃してくる。
先程の骨の槍は1度回避すれば良かったがこれは躱しても躱しても追尾される。
不味いと思いつつ、何度か回避しているときに足を捕まれてしまう。
「ぐぅわぁぁぁぁぁーー!」
このままでは足を失ってしまうと感じ、槍に魔力を通し、その禍々しい黒い手を切り払い、消滅させる。
捕まれていた箇所が焼けただれていた。
チラリとセリスを見るとあれからワイトが大量生産されているらしく、その処理に追われていた。
仕方なく俺は収納からハイポーションを取り出し、患部にかける。
「これは珍しい。『空間収納』とはな。だが、所詮はアイテムを収納するだけのスキルよ。それだけだな。ほれ、他に何か隠しているなら見せてみよ!暗黒の顎門!」
先程の暗黒への誘いを放った腕とは別の腕をこちらに向ける。腕から禍々しく黒い顎が飛び出して横向きに、俺の左右から挟み込むように迫る。
くっ、まだ足が完全に回復していない。左右はもちろん、この足で前方に回避して死霊の王獣の目の前に飛び出るのは危険だ。そうなると後方しかないか!
槍を杖がわりにして後方へ飛び退くと同時にもう1本ハイポーションを振りかけておく。
目の前で暗黒の顎門の顎門が閉じられ、その空間にあったもの全てを噛み砕かんとする勢いで砂塵が巻き上がる。
「ーー槍骨の雨!」
俺が着地すると同時に槍の雨が降り注ぐ!
「クックック、後方に逃げることくらいお見通しよ。このタイミングは躱せまい。終わったな」
暗黒の顎門が巻き上げた砂塵が晴れる。そしてその場所には串刺しになった俺が・・・いなかった。
「な、なにぃ!?何故だ?何故、あのタイミングの攻撃を受けて無傷でいられる?貴様ぁ、何をした!」
死霊の王獣は自身が知らない回避行動に驚愕している様子だった。
どんな時も「知らない」とは恐ろしいものだ。ましてや自分はなんでも知っていると自信を持っているヤツなら尚更だろう。
だからと言ってわざわざ種明かしをしてやるつもりはない。
「さて?何をしたんだろうな。それじゃあそろそろこちらも反撃させてもらう!」
驚愕している隙を付いてここは一気に倒したい。
そう思った俺は収納から予備の鉄の槍を取り出し、『魔力制御』によって強化された腕で思いっきりぶん投げる。
「くっ、今更そんな攻撃がーー」
避けることもせず、腕の防御で簡単に防げるだろうとたかをくくっていた死霊の王獣の片腕に
グサッ!
鉄の槍が刺さる。
「ぐぅ!こんなただの鉄の槍で何故、我に攻撃が通るのだ!?我が思っていた以上にアレの影響が大きい、と言うことか。ぐぬぬぬ・・・」
その間に今ある魔力のほぼ全てを『魔力制御』でミスリルの槍にぶちこむ。更にハイマジックポーションを3本収納から取り出し、身体に叩き付けるように浴びかける。回復していく端から今度は魔力を身体に注ぎ込み、『身体強化』を更に強化していく。
そして俺は間合いを詰めるべく一気に加速し、槍の間合いに入る。
「お、おのれぇー!死ぬがいい!!」
格下と思って遊んでいた相手からの思わぬ反撃に冷静さを失った死霊の王獣はその丸太の如き太さの腕を凄まじい勢いで袈裟斬りに降り下ろす!
だがその腕は俺に当たることはなかった。いや、正確には腕に当たる前に空中で静止していた。