第14話 迷宮探索 その3
他のパーティーを助けた後、俺たちは更なる深層目指して進んでいくと、たまに先程と同じように魔物と戦闘している他のパーティーを見かけることがあった。
遠巻きに見て楽勝そうであればそのまま何もせず通り過ぎ、苦戦しているようであれば、セリスに頼んで相手の了解も取らず、辻斬りならぬ辻ヒールアローを射ってもらう。全滅しそうなパーティーは幸いなことに最初だけで他に見かけることはなかった。
そんな感じで俺たち自身の戦闘もこなしながらどんどん階層を潜っていく。
19階層へ辿り着いた。
さすがにこの階層まで来ると1度に出現する敵の数も強さもかなりのものがあった。俺とセリスの二人でまだなんとかなるもののちょっと油断をしたり、何かしらのハプニングがあれば連携や戦線が維持できなくなる可能性を感じ始めていた。
そんな事を戦闘終了後の戦利品を回収している時に考えていたら、突如、
・・・・・・・・・ズン、ゴゴゴ
どこか遠くの方で 地震があったような気がした。
「あれ?セリス、今地震がなかったか?かなり遠くの方で地震のような揺れというか振動があったように思ったんだが」
「うぅん、私には全然わかんなかったよ。あっ、でもこんな地下深い所で大きな地震が起こりでもしたら、迷宮は崩れたりしないんだろうか?って心配にならない?」
「お前はどうしてそういう風な怖いことを言うかなぁ。・・・ま、迷宮もある程度は大丈夫だろう。なんというか、ある意味迷宮は生き物みたいな所があるから地震くらいで崩落するとは思えない。迷宮について調べていた時にそういう話は聞いたことがないから大丈夫だと思う。だけどあんまりそういう不吉な事は言うなよなー」
「あはは、ごめんごめん。つい、言ってみたくなっちゃってさ」
てへっと笑い、ペロッと下を出してごまかすセリス。
「まあいいや、セリスが気にならなかったのなら俺の気のせいかもしれないしな。さっさと回収して次の階層へ行くぞ」
俺たちは20階層へと降り立った。
この階層には最後に階層主が控えているが、俺が仕入れた情報によると階層主が倒されてからしばらく経っているらしいがまだ復活する時期ではないと聞いている。だからたぶん部屋に入っても階層主はいないと予想している。
そうして階層主がいるとされる部屋の前にたどり着き、その扉をゆっくりと開けて中を伺う。やはりというか予想通りというか中には何もなかった。
「ふーむ、やはりいないか」
「ラオム、もし階層主がいたとしたらどんな魔物がいたの? 」
「20階層の階層主は、キマイラゾンビだったな、確か。階層が深くなるにつれて強力な個体がいる。当たり前だがな」
「キマイラゾンビかぁ〜。やっぱりアンデッド系なのかぁ。またあのグールみたいにところどころ腐っている奴は嫌なんだけどなぁー。ラオム!頑張ってね!」
「何が頑張ってね、だ。セリスも殺るんだよ、セリスも!」
「うううぅ、やっぱりそうですよねー。頑張ります」
憮然として了解するセリス。
セリスはには21階層からまたアンデッドだらけなのは黙っておこう。
ちなみに30階層は死霊の王、40階層は死霊の王獣って話だ。
どちらも強敵で二人だけでは勝てないだろう。
「よし、それじゃあ一旦21階層に降りてから地上に戻るか」
「あれ?なんでせっかく21階層まで行ったのにもう帰っちゃうの?このままさらに深層へ行くんじゃないの?」
セリスから発せられた質問はここまで来た冒険者なら至極当然のものだと思う。だが、その理由はセリスも薄々感じていると思う。
「そうだな、俺達はここまで大きな障害もなく、怪我もなく順調過ぎると言ってもいいぐらい順調にここ21階層まで来れた。だからといってこのまま調子に乗って21階層以降に行ってみろ。俺とセリスの二人しかいないんだ。何か一つミスを犯しただけであっという間にそのミスを起点としてパーティーが崩壊するかもしれない。繰り返し言うぞ、俺達2人しかいないんだからどっちかがやられたら、非常に危険だ。20階層までは調子が良かった事もあって来るには来れたが正直キツい場面が何度かあったと思う。それはセリスも感じているんじゃないか?」
「うん、私も敵の強さとか数がさすがに多くてちょっとやばいかなーって思うことは何度かあったんだけど、その度にラオムがフォローしてくれたからまだ大丈夫かなって思ってた」
「そうだな、確かにあと一回や二階の戦闘ならなんとかなるかもしれない。だけど何が起こるかわからないのが迷宮だ。できれば俺は石橋を叩いて安全に安全を重ねた上で進みたいタイプなんだ。ここまで二人で来といていう台詞じゃないけどな。とりあえず21階層まで行ったという実績だけ残して一旦地上へ戻って3人目の仲間を見つけようと思う」
「そうだね。別にここで無理して先に進む必要性もないし、一旦戻って仲間を増やすなり、20階層までを往復してLV.を上げるなりした方が安心できそうだね。うん、ラオムの考えに賛成だよ」
「よし、じゃあさっさと21階層に降りてギルドカードの履歴が21階層になっていることを確認して戻るか」
「うん、21階層へ行くぞ!おー!」
セリスのテンションは相変わらず高いなあ、なんて思いながら21階層へと続く階段を俺達は一歩一歩確かめるように降りていく。そして21階層へと辿り着き、ギルドカードを確認する。
「ん、 確かに私のギルドカードにも21階層まで来た履歴が残ったよ。じゃあ帰ろっか」
・・・・・・・・・ズズズン、ゴゴゴゴ
「また地震か。今度はさっきより少し大きかったような気がしたな」
「今のは私にも分かったよ。すごい遠くの方で地震が起こったって感じだったね。気にしていなかったら分からなかっただろうな」
「ま、気にしてもしょうがないか。よし、さっさと地上に帰るぞ」
俺たちは来たばかりの21階層を後にして降りてきた階段をまた昇っていくのであった。
地上へ戻るための帰り道。
来たときと同様にいくつかのパーティを見かけたが別段危うそうな感じはしなかったので今回は全てスルーしていた。
こういう迷宮に潜っているとやはり地上が恋しくなるのだろうか。俺もセリスもそれなりに疲れているはずなのに魔物を見つけた場合、早く地上に帰りたいからだろうか、深層へ行く時と変わらないぐらいの勢いで魔物を狩り、地上への帰途をなんとなく急いだ。
そして10階層まで戻ってきた。
まだ階層主が再出現するには時間がある。この部屋に階層主が再出現する傾向が全く見られない。だからであろう、時間も深夜に近い(と思う)ので俺たちより先に3組のパーティーがそこでキャンプの準備をしていた。
俺達もこの部屋で休憩してから地上を目指そうということになり、他のパーティー等とは一定の間隔を空けて休憩の準備に取り掛かる。
食事の準備の最中や食事中、どうにも周りのパーティーからの視線を感じた。
確かに俺達の食事は他のパーティーの食事と比べてかなり贅沢だ。他のパーティーは粗末な食事、いわゆる携帯食料と呼ばれる干し肉やいろいろな食材を磨り潰し固めた固形物を食べている。そんな彼らから見れば収納から取り出した生の肉や新鮮な野菜果物などはご馳走にしか見えないだろう。
アールボーの冒険者達とパーティーを組んでいた時からこういう状況になることは覚悟していた。だからと言って他のパーティーと食事の内容を合わせるつもりは毛頭ない。ただ、何を言われてもいいように覚悟していただけだ。
・・・・・ズズズン、ゴゴゴゴゴ
また地震か、こんなに頻発してたっけ?なんだかさっきよりも間隔が短くなっているような?
ん?
食事が終わりそうになってあるパーティーから男が3人こちらにやって来る。
「よー、兄ちゃん。さっき旨そうなのを食べてたねー。羨ましいったらありゃしないぜ」
食べ物に我慢しきれず、声をかけてきたのかと思っていたが、
「それで?この後はテントの中でその女の子も食べちゃうのかい?かー!羨ましい!俺たちも混ぜてくれよ」
「は?あなた方は一体何を言っているんですか?」
俺は不快感を隠しもせず言い放つ。
男は先程のチャラチャラした口調と一変して静かな殺気を含めた声で言い放つ。
「だから俺達も混ぜろっていってんだよ。いや、分かれよ。あーめんどくせぇ。・・・その女と食料を置いて今すぐ消えな。街の中でずっと観てたぜ?正直、その女はお前なんかにはもったいないくらいの上玉だ。俺たちがしっかり可愛がってやるから早く失せな。俺様の股間にあるエクスカリバーでしっかり成敗してやるからよぉ」
「ヒィーヒッヒヒッ!ちげーねぇ」
「ヒャハハハハー!これまでに何人昇天させたんですか、兄貴ぃ?」
男たちの下卑た笑い声が部屋内に響く。
「なんでそういう発想に行き着くのかわからないが、セリスは俺の大事な仲間だ。あんた達にどうこうさせるつもりは爪の先程もない。諦めて帰りな」
「このガキっ!一丁前に騎士気取りかよ?笑わせてくれるぜ!ハハハハハッ!」
「ズクミゴの兄貴に逆らうなんて、バカなやつだ」
「レタッソク、スカケボこういう頑固でバカな世間知らずはどうしたらいいと思うよ?」
「そりゃ、俺たちの怖さを教えてやるしかないでしょうよ!」
そう言って男たちは腰の剣を抜き放つ。
「あんたらは何を言っているんだ?あんたらも冒険者だろう?ならギルド員同士の決闘は規制されているはずだ。あんたらの特徴は覚えた。もし、俺達に指一本でも触れようものなら、この件は冒険者ギルドに報告するぞ」
「ヒャハハハ、面白いことを言いやがる!まだ生きてこの迷宮から出ることが出来ると思ってんのかよ?バカめ!ここまで話した俺たちがおめーを生きて迷宮から帰すわけがねえだろ?」
リーダー格の男がさっと右手を挙げると残り2組のパーティーのうち、片方がさっと立ち上がり武器を抜く。そして残ったもう1組のパーティーを包囲する。
「ってことで全員消しちまえば、目撃者も報告者もいないって訳だ!アヒャヒャヒャ!」
「まぁ、そっちの巨乳の女は喉の健でも切って声が出ないようにするか」
「おいおい、ちょっと待ってくれよ、ズクミゴの兄貴。それじゃあヤってる時の声を楽しめないじゃないですか。隷属契約魔法を使ってこの出来事を話せないように縛っちまった方がいいでしょ。あいつらみたいに」
そう言って子分の1人が自分達のパーティーの残った女性2人を指す。
「そうだな、確かにそろそろあの2人にも飽きてきたからどっちかを処分して、1人入れ替えるか」
・・・こいつら、黙って聞いていれば好きなことを言いやがって!最低の冒険者だな。はっきり言ってこんな奴らには構ってられない。構うだけ時間の無駄だろう。俺が全力を出してさっさと片付けてやろうか?なんて考え始めた時、
・・・・・ズズズズ、ゴゴゴゴゴ
またしても地震。振動がかなり大きくなってきた。
もはや俺とセリスだけでなくこの部屋にいる全員が地震を感じている。
「ラ、ラオムぅ~、私なんだか凄く嫌な予感がするんだけど大丈夫かなぁ?」
突然、セリスがそんなことを言い出す。
「・・・セリス、今なんて言った?『凄く嫌な予感』って聞こえたんだが?それはこいつらのことか?それとも・・・?」
「うん、この地震だよ。凄く嫌な予感がするんだ」
セリスは心なしかそわそわしている。
と言うのもセリスが『嫌な予感がする』と言う時は当たる。予感自体がしない場合もある(俺が死んだときのように)が、予感がした場合は内容の大小はともかく予感は的中し、外れた事はない。
しかも今回は『凄く』と言っている。
俺は背筋に冷や汗を感じ始めていた。
こんなことは初めてだ。まずい、非常にまずい!どうするか!?
「おい、お前ら俺たちを無視して話進めてんじゃねーよ!?」
最早、こんなチンピラどもにかまっている時間は俺達にはない。俺はまだ完全に片付いていない食べかけの食器等を手当たり次第、収納にぶちこんでいく。
そしてそわそわしているセリスを隙をみてお姫様抱っこで抱えたと同時に『魔力制御』全開で出口に向かって駆け出した。
「あ!待て、このやろう!逃げるんじゃねぇ!」
・・・ズズ、ゴゴゴゴゴゴゴゴ
地震の頻度が短くなっている。
こんなに地震が起こるなんて何かおかしい。なんというか地震と言うよりも真下が揺れている。そんな感じを受ける。
セリスを抱えて走る。
ゴゴゴゴゴドシン、ゴゴゴゴゴゴゴゴドシン
地震はなおも近くなってくると同時に音が変化して来た。これはもはや地震と言うよりも下層で何かが暴れて倒壊しているような、そんな感じに思える。
走る。
ドズン!ゴゴゴ、ドスン!ゴゴゴゴゴ、ゴゴゴドシン!
走る。走る。
バタン、ゴゴドズン!ゴゴゴゴゴメキメキバタン!ゴゴゴドシン
走る。走る。走る。
走ってきた後方からは時折、先程のチンピラ達の怒声が聞こえるがそんなものは無視。途中、もちろん魔物もいたが全て無視。最短ルートで出口に向かってひたすら無視して走る。
そうしてやっとの思いで出口にたどり着き、迷宮の前にある誰もいない広場の中央で息を整える。
外は真夜中、天空には満月が煌々と輝いており、たいした明かりがなくても周りを見渡すことができた。
「ハァハァ、セリス、どう、だ?ハァハァまだ、予感、は、するか?」
「うん、まだ嫌な予感はなくなってないよ。というか、だんだんと嫌な予感が近づいてきているような気がするんだけど・・・」
やっぱりそうか、多分これは別に俺たちが原因ではないと思う。なにもしてないからな。
だから逃げても責任なんてない。
責められることもない。
だが、こんな真夜中にこれから起こることを放置すれば、対応の初動が遅れて町に被害が出るだろう。果たして一体何人が犠牲になるかわからない。
だから俺はここで迎え撃ちたい。倒せる保証はない。だが時間を稼ぐくらいは出来るだろう。いや、稼いで見せる!
「できれば、セリスにはこのことを付近にある衛兵の詰所まで知らせて欲しい。俺が時間を稼ぐ」
「嫌だよ!私もラオムと一緒にいる!そう約束したでしょ?ラオム一人、残せるわけないじゃない!?」
俺達がそんなやり取りをしている間にも地震はどんどん近付いてきている。もうすぐそばまで来ていると感じる。
そんな時、出口から先程のチンピラ達も出てきた。
「ハァハァ、チクショウ。全く、お前ら、手を、かけさせるんじゃねえよ、クソッタレめ!」
「10階層、から、出口まで、マラソンなんて、冗談じゃねぇ。こんなに手間を、かけさせやがって!このまま衛兵のところに行かれても、顔を見られちまっているからここで殺っても結果は変わらねえ!覚悟しろよ!」
そう言ってチンピラその1 ズクミゴが武器を構え直しながら息を巻き、残りの二人も同様に構えた直後、そいつは現れた。
ドガーーーーーンッ!!!
迷宮の出入り口を派手に破壊しながら飛び出してきたのは、
死霊の王獣
40階層の階層主とされる魔物であった。