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旦那様の異変

 先日、ロルフ様とお出掛けしてから、ロルフ様の様子がおかしいです。

 幸い風邪は引いてなかったようなのですが、それにしては何だか熱っぽいというか、私をチラチラ見ては視線が合うと慌ててブンブン首を振ったり。心配してるのに何でもないと一点張りするし。


 夜は夜で何だかそわそわしてるし、私を直視しようとしないし。どうしたのかと覗き込んだら逃げるし、かといって悄気たらぎゅっとしてきて微妙にぷるぷるしているし。挙動不審にも程がある。


 どうしよう、これが倦怠期というやつなのでしょうか。で、でも、ロルフ様の心臓はどきどきしてくれてますし、大切にしてくれてるのには間違いないのです。

 だからこそ、違和感が激しいというか。


「どうしましょうコルネリウス様」


 だから、色々と詳しそうなコルネリウス様に聞いてみる事にしました。頼るべきは義兄です。

 コルネリウス様のアトリエを訪ねる気持ちよく出迎えてくれました。


「どうしたんだいエルちゃん」


 ソファに座って、私はコルネリウス様の問い掛けに縋りつくように彼を見るのです。


「最近ロルフ様の様子がおかしいのです……」

「ロルフがおかしいのはいつもの事では」

「コルネリウス様!」

「ごめん、冗談だって」


 幾らコルネリウス様でも言って良い冗談と悪い冗談があるのです。


 もう、と唇を尖らせると「ごめんごめん」とあまり悪く思ってなさそうなコルネリウス様。

 ……まあお兄さんだからこそ言えるのでしょうが、常識から外れたとかそういうおかしいという意味で言ったのではありません。


「具体的に何処がおかしいんだい?」

「……なんと言えば良いのでしょうか。急に頭を抱えたり何かぶつぶつ言ったり……」

「いつものような気がするんだけど」

「そんな事今までなかったのです」


 ロルフ様はそんな奇行に走る人じゃないです、どんなイメージなんですかコルネリウス様。研究に悩んでいる時は小声でぶつぶつくらいはありますけど、あんな葛藤したような雰囲気ではありません。


「取り敢えず具体的にそれ以前に何か兆候とかなかったりする?」

「そういえば……寝る前とか朝起きた時とか……寝室でが多いです。寝間着に着替えた後が顕著というか」

「……ふむ」

「ストレスが溜まってるのかと思ってロルフ様の好きな胸枕したら固まるし」


 いつもはしたがるから「しますか?」と恥を忍んで両手を広げてロルフ様を迎え入れたのに、ロルフ様はフリーズしてしまいました。普段なら頬擦りしてくるのに。


「私の顔見て気まずそうに目を逸らすし、抱き締め方もなるべく体を離すし、普段あれだけしたがるキスだって、顔赤くしてしまってしなくなっちゃうし……。ロルフ様、どうしたのでしょうか……私、もしかして嫌われてしまったのでしょうか……」

「寧ろ聞けば聞く程ロルフはどれだけエルちゃんが好きなのかよく分かるんだけどな」

「えっ」


 どうしてそうなったんでしょうか。


「ま、エルちゃんは心配しなくて良いよ。寧ろ自身の心配をした方が良いかな?」

「私の、ですか……?」

「まあ、エルちゃん的には喜ばしいのかもね」


 ロルフ様の心配より私の心配、と言われても……何を心配すれば良いのでしょうか。まさか離縁なんてないですよね。流石にそれは有り得ないとは思うのですが。


 いまいち真意を掴めない私に、コルネリウス様は苦笑しました。


「ま、エルちゃんが不安なら私からロルフに聞いても良いよ。答えは分かりきってるんだけどね。私に任せておきなさい」




「エルー……」


 そしてその夜、夕食と風呂を済ませた後の事。ロルフ様は酔っ払って部屋に帰ってきました。


 ロルフ様にお酒を飲ませた人は今すぐ出頭して欲しいです。というか今すぐ出頭して下さいコルネリウス様。


 ロルフ様はお酒に弱いと聞いてはいたのですが、ウイスキーボンボンで酔う私よりは強いですし、お酒はあまり好まないで嗜む程度だそうなので、そうそう酔う事はないと思っていたのです。

 ……ええ、誰かが乗せて飲ませない限りはないと思っていたのですよ。


 ロルフ様は今かなり酔っぱらっていらっしゃるらしくて、コルネリウス様の部屋から帰ってきたと思ったら私を後ろから抱き締めて。それから首筋に顔を埋めてキスしたり吸ったり。


 これは明日鬱血が出来てるなとか考えると恥ずかしくなるのですが、それはまあ良いとして……どうしましょう、ロルフ様。さっきから擽ったいのです。

 嫌じゃないのですが、こう、歯を軽く立てられたり甘噛みされるとぞくっとしてしまうので。


「ロルフ様、その、擽ったいのですが……」


 いつもより確実にぺっとりくっついてくるロルフ様は、酔いのせいで遠慮がなくなっているというか、密着度合いが強い。腕の中から出してくれません。

 その、嬉しくはあるのですけど、酔っているから何をされるのか分からなくて戸惑っています。


 どうしましょうか、とロルフ様の好きなようにされるがままの私。……このままだと際限なくべたべたされそうなのですが。


 い、嫌ではないのですが……その、いつになくロルフ様が積極的なので、何されるか分からなくて困ると言いますか。腰をなぞったりしてるので、気恥ずかしさが……。


 というか、コルネリウス様はロルフ様に聞き出すのではなかったのですか。それとも酔っ払わせて聞き出した後なのですか。


「……エルちゃん、良いかな?」


 なんて考えていたら、扉の外からコルネリウス様のお声が。


「あ、はい、ちょっと待ってて下さい、化粧着羽織るので……ってロルフ様!?」

「……出なくて良い」


 丁度コルネリウス様が来てくださったので、こんな事になった理由も聞こうと立とうとして……ロルフ様に駄目だと無理矢理抑えられます。

 ぎゅ、とお腹に回した手を使って離れるのを阻止してくるロルフ様。


 ちら、と振り返ると、お酒のせいか顔の血行がとても良さそうなロルフ様。但しご機嫌は悪そうと言うか拗ねていらっしゃる感じがします。

 困った顔をすると、ぎゅっと抱き締められて、それから肩口にまた噛み付かれました。行くな、と言わんばかりに離さないロルフ様に、私もちょっとどうすれば良いのか分かりません。

 

「あーエルちゃん、出なくても良いから此処から聞いてくれるかな?」

「は、はい」


 扉の向こうで、此方の状況を察したらしいコルネリウス様が苦笑したような雰囲気。


「えーとだけどねエルちゃん。エルちゃんの疑問は解決したと言うか……ロルフ、エルちゃん好きすぎておかしくなりそうなんだってさ」

「……え?」


 思わず肩口に顔を埋めているロルフ様にちらりと視線を向けると、ロルフ様はただ無言で唇を首筋に押し付けます。

 ぎゅ、とお腹に回った腕が、少し強張ったような力の入り方をする。


「好きすぎて、どうにかなりそうだってさ。酷い事をしたくなくて耐えてるらしいよ。あほだねえほんと」


 え、ええと。

 ……その、好きだからこそしたい酷い事、というのは……。


「兎に角、エルちゃん嫌いとかじゃないから安心して良いよ。好きだからこそ、色々と悶々してるんだってさ」


 色々と、意味が分かって、自然と頬に熱が集まります。

 つまり、ええと……今まで様子がおかしかったのは、そういう事を意識していたから、という事になるのでしょうか。だ、だから目を逸らしたり、くっつくのを控えていた……?

 で、でも、急に何で。


「それじゃ、私は邪魔だろうし部屋に帰るよ」


 私が固まったのを確信しているであろうコルネリウス様は、笑って帰っていきました。足音と気配が遠ざかるのを確認しつつ、私は抱き締めて離さないロルフ様の手を、そっと撫でます。


「……ロルフ様?」


 ロルフ様は、無言。

 けど、私には一つだけ自分で気付いた事がありました。


「実は殆ど酔い覚めてるでしょう」


 ……ロルフ様、もうお酒抜けていると思います。

 私の指摘にロルフ様はびくりと体を揺らして、それからおずおず、と顔を上げます。何だか叱られる前の子供みたいな顔をしているロルフ様に、くすりと笑んで。


「……ばれたか」

「ばれます。途中からぎこちなくなってましたから」

「む」


 今までベタベタしていたからこそ、力加減とか、息遣いとかで、何となく分かります。コルネリウス様が来て喋りだした辺りで確実に正気に戻ってましたから。


 する、と今度は容易く腕から抜け出せます。

 私はそのまま、ロルフ様と向き合うように側に座って。


「どうして、私に言わなかったんですか?」

「……エルに言ったら、恥ずかしいだろう?」

「ロルフ様にも羞恥はあったんですね」

「あるに決まってるだろう。だから、遠慮していたのだ」

「今更ですか?」


 ロルフ様はいつも気兼ねなくべったりしていましたし、沢山触れて、私の事を知ろうとしていたし、私を求めるように触れていた。

 なのに、ちゃんとそういう欲を持ってから逆に挙動不審になるっておかしな話です。今までの方がずっと、密着していたし、ちょっと恥ずかしかった。

 ……勿論、嫌じゃないですし、もっと触れて欲しかったのですけど。


 今までの事を考えれば、遠慮なんてあってないようなものなのに。と首を傾げるととても複雑そうな顔。


「あ、いえ責めるつもりはないんですよ? ただ、最初から積極的に触れてきたのに、何を遠慮するのかな、と」

「……それもそうだな」

「それに、その……夫婦、ですから。愛しい夫に求められたなら、応えます」


 ずっと、私には魅力がないのかななんて悩んでたのですが、そういう訳ではなかったらしくて……恥ずかしいけれど、喜びの方が大きいと言いますか。

 積極的にそのような事をしたいと望むまではないのですが、そういう意味で欲しいと一言でも言って下さったなら、全て差し上げたのに。元より、嫁ぐ前から覚悟はしていましたし。


「ロルフ様に触れられるのは、好きですよ。……あなたに求められるのは、幸せです」

「本当か?」

「嘘ついてどうするんですか」


 何故そこで私は疑われるのでしょうか。


「そうだが、お前は嘘つきなところがあるから」

「えっ」

「心を偽って嫌なことにも耐えるだろう?」


 ロルフ様はきっと、昔の事を言っているのでしょう。

 反抗とかの意思もなく、ただ怯えながら唯々諾々と従って過ごしていたあの時期の事を。


「あ、あれは仕方ないのです」

「認めたな? だから、嘘をついていないとは限らないだろう」

「もうっ」


 あれは昔の事ですし、今の私は昔とは違います。

 受け入れて貰う事を知った、愛される事を知ったのですから。……求めて貰う事だって、嬉しいのです。愛されている証拠ですから。


 疑り深いんですから、と直ぐ側に居るロルフ様の首に腕を回して、それから自ら口づけると、目の前で鳶色の瞳が瞠られます。

 びっくりしたようなロルフ様には、悪戯っぽく笑って見せて。


「私がロルフ様を愛している事が、嘘だとでも?」

「……失言だった、すまない」

「全くです」


 喉を鳴らして、お互いに笑います。

 ロルフ様は、私の背中に手を回して、今度こそ体を密着させて。確かめるように、触れてくる。私は、それを拒みません。


「エル、好きだ」

「はい」

「お前は、私のものだ」

「……はい。私は、ロルフ様のものです。全部、あなたのもの」


 私の、身も、心も、全部ロルフ様のもの。

 あなたにだけ全てを見せて、あなたにだけ全て知って貰う。他の誰でもない、ロルフ様にだけ。

 ロルフ様にだけ、全部、あげる。


 はにかむと、ロルフ様は何故だか固まってしまいました。

 私ではなくロルフ様が顔を赤らめて、それから微妙に唸っては私をぷるぷると震えながら抱き締めるのです。


「ロルフ様?」

「……エル、寝るぞ。私は寝るぞ」

「え? は、はい」


 むぎゅう、と掻き抱くロルフ様に戸惑いつつ頷くと、ロルフ様はそのまま私ごと横になります。

 きゃ、と突然体勢が崩れて声を上げる私を、包み込んで。


「……今更ながらに、私は世の男の気持ちが分かった」

「え?」

「斯様にも、脆いものなのだな」

「ロルフ様……?」


 脆い? と首を捻った私に、ロルフ様は頬を赤らめながらも真剣な眼差しを向けてきました。


「エル、私は良き夫でありたいと思っている」

「は、はい」

「だから、早く寝よう。優しい私で居られる間に」


 そっと囁かれた言葉は、躊躇いがちで、そして何かを耐えるようなものでした。


「意地悪なロルフ様も居るのですか?」

「……そうだな、意地悪な私も居る」

「じゃあその意地悪なロルフ様も好きですよ。ロルフ様の全部、愛してますから」

「……っだから!」


 声がいきなり荒ぶってびくりと体を震わせてしまった私に、ロルフ様は「すまない」と小さく謝りつつも不満げに私を見ています。

 私、何か気分を害してしまうような事を言ってしまったでしょうか……?


 おずおず、と至近距離にいるロルフ様に少しだけ不安げな視線を送ると、唇を微妙にもごもごと動かして、それから溜め息。


「……寝ると言っただろう、この、ばかもの」

「ご、ごめんなさい……?」

「……酔った勢いでなど御免だぞ」


 ロルフ様の言わんとする事を理解して、一気に顔に熱がのぼります。

 ……私、馬鹿だ。ロルフ様は凄く気遣ってくれてるし、ちゃんと、欲しがった上で我慢してくれているんだ。さっきのはその、煽ってしまった、らしいです。


 色々と恥ずかしくてロルフ様の顔を見ていられません。

 けど、ロルフ様は離れる事を許してくれないから、せめて見られないようにと、胸に顔を埋めます。

 ロルフ様の心臓は、今までにない程、鼓動を跳ねさせていて。


「お休み、エル」

「……おやすみなさい」


 掠れた声で囁かれ、私も羞恥に震える声で返します。


 ロルフ様と同じくらいに胸がどきどきしているのは、多分、ばればれなんだろうな。そう思いながら、私は全身火照った事を気付かなかった振りをしてロルフ様にくっつきました。

 ……ロルフ様も同じくらいに体が熱かった事は、指摘ないでおきました。

もうひとつの連載にかかりきりで更新遅れました、申し訳ありません。こっちもゆるゆる更新します。100話で終わるつもりが足りなかった。

応援宜しくお願いしますー!

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