表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/121

奥様とあの日の再来

 と、いう訳でロルフ様と一緒に前に訪れた泉に参りました。

 もう汗ばむ季節だったので、今回はちょっとチャレンジも兼ねて軽装にしてみました。といっても、白を基調としたサマードレスなのですけど。

 袖がないので、軽く傷痕が覗いているのですが……もう、ロルフ様に見られる事は、気になりません。


「……ん、涼しいですね」


 馬車を降りて泉に小走りすると、ふわりとそよぐ風。

 泉の側は程好く空気も冷えていて、肌寒さを感じない程度の涼しさがあります。日差しも木々によって上手い事遮られていて、夏場は毎日訪れたいくらいには快適な環境です。


「そうだな。このくらいの気温なら濡れても平気だろう」

「……転ぶ前提ですね、もうっ」


 どれだけドジだと思われているのですかね、私。そりゃあ転んだり怪我したりとかしょっちゅうしてましたけど!

 けど、そんな毎回すっ転ぶほどドジでもないです。ロルフ様としては心配なんだと思いますから、その気遣いだけは有り難く受け取るつもりです。


 むむ、とちょっぴり不満顔をすると宥めるように優しく撫でてくるから、それでご機嫌になると思ってるんですからと拗ねた声音で言いつつもロルフ様の胸に顔を埋めます。

 ……とくとくと、少し早い鼓動が、心地好い。いつもより早いのは、何ででしょうか。


 そういえば、最近ロルフ様がちょっと変な行動をするのは気のせいでしょうか? やけに触れたがるかと思ったら、触らなくなったり。……変なの、で済ませるのはロルフ様だからなんですけど。


 まあ今はロルフ様とのお出掛けを楽しむ事に専念しよう、とロルフ様の胸に鼻をぐりぐりと押し付けて甘えてみると、ロルフ様はちょっと固まったものの、そのまま抱き締めてくれました。


「最近はエルがよく甘えてくれるな」

「ロルフ様も私に甘えてるからお互い様ですよ?」

「それもそうだな」


 遠慮なくくっついてくるようになったロルフ様。……変わったなあ、と思うのはお互い様なのでしょうね。私もロルフ様も、最初に比べたら大きく変わりましたから。


 凭れて見上げると心地好さそうな笑みが返ってきて、ああ幸せだなって私自身が強く感じるのです。……最初に泉を訪れた時と違って、心が通いあってるから、泉の景色もより美しく見える。きっと、ロルフ様と見たら何処でも綺麗に見えるのでしょう。それは、幸せなこと。


 ふふ、と笑って、ロルフ様に促されるままに木陰に座ります。

 服が汚れてはならないとロルフ様がまた敷物を持ってきていたのでその上に座りつつ、今度は自分から隣のロルフ様の手を握ります。

 あの時の意趣返し……という訳ではないのですが、あの時出来なかった事が出来るようになったのだ、という意味を込めて。


「……どうした?」

「いえ、なんでも」


 ただ、側に居たくて。

 それだけ呟くと、ロルフ様も「そうか」とだけ返して、私の手を握り返してくれました。




 暫く木陰で何をするでもなく寄り添って、贅沢な時間を過ごしていたのですが……ふと、泉が目に入って。


「ロルフ様、ロルフ様達って昔水遊びしてたんですよね?」

「そうだな。そこの泉は尖った石とかもなくて、こけさえしなければ怪我はまずしないな」

「……それは言わないでください」


 こけるこけるって、私そんなにとろくさそうなのでしょうか。否定はしませんけど。


 ロルフ様の心配性には唇を尖らせつつ、私は立ち上がって靴を脱ぎます。びっくりしたロルフ様が此方を見上げてくるので、私はくすっと笑って自分から泉に歩き、脚を浸します。


 滑らかな岩が足場らしくて、怪我はしなさそう。尖ったものとかもなさそうですし、こうして軽く入るくらいならば問題もないでしょう。

 水深は膝下なのでそう深くもありませんし、子供の頃のロルフ様が遊んだくらいですから。


 冷たくて気持ちいい、と頬を緩めると、ロルフ様も木陰から立ち上がって近付いてきます。


「涼しいか?」

「はい、とっても。気温的に風邪は引かなそうです」

「それなら良いが」

「ロルフ様も涼みます?」

「……そうだな」


 ちょっと冗談の提案だったのに、ロルフ様はこくりと頷いてズボンの裾をくるくると折ってめくっていきます。そしてそのまま靴を脱いで、遠慮なく泉に入ってきて。

 水面が揺れるのを水に触れた肌で感じつつ、私は「いらっしゃいませ」と喉を鳴らして笑います。


 ロルフ様もひんやりとした感覚は心地好かったらしくて、僅かに瞳を細めては「気持ちいいな」と一言。

 それから、ロルフ様のおっしゃっていた兄弟二人で削った岩を眺めて、懐かしそうに瞳を和ませています。


「昔は兄上と遊んだものだ。水遊びとかもな」

「ふふ、そんな可愛い頃が」

「エルはどんな子供だったのだ」

「そうですね、お部屋で読書したり、刺繍したりでしょうか。一人でぬいぐるみ遊びとかもしていましたね」


 怪我を負う前は、極普通の子供のように遊んでいたのですが……怪我をしてからは、部屋で出来る事に限られるようになってしまいました。

 私は外に出たがらなかったし、家族は出したがらなかった。だから、室内で暇潰しが出来るようにと色々与えられてはいたのです。


 退屈はしてなかったんですよ、と笑うと、ロルフ様は物悲しそうな表情。


「大丈夫ですよ、今ではこうして元気ですから。毎日楽しいですもん」

「……そうか」

「はい。でも、水遊びとかもしてみたかったですね。はしゃいでみたかったのです」

「今からでもすれば良いだろう」


 今からでも……? と首を傾げると、ロルフ様は「私と掛け合いでもすれば良い」と返してくれて。

 あ、気遣われてるな、そう思いはしたのですが……その気遣いも嬉しかったので、私も微笑んで少し前屈みになり、水に手を伸ばします。……ロルフ様がちょっとびくっと体を震わせたのは何故でしょうか。


 本当にロルフ様どうしたんだろう、とか思いつつ、泉の水を掌で掬って、ロルフ様の腕の辺りにかけてみます。

 硬直が解けたのか少し体を揺らして、それから冷たさに擽ったそうにするロルフ様。


「ふふ、こんな感じですか?」

「いや、兄上と水の掛け合いだと魔術を使って激しいものになったな」

「それは結構危ないのでは」

「色々な。服もぼろぼろにして帰ったら母上がカンカンでな」

「そんな二人見てみたかったですね」

「今ではそんな事はしないからな。……ほら」


 今度はロルフ様の番で、身長的に私より深く腰を屈めてから水を掬って、同じように腕にかけてきたのです。

 ひんやりとした水の感触と、ロルフ様とこうして水遊びをするという行為が何だ擽ったくて、つい私も頬が緩んでしまいました。


 ……こうして仲良く遊ぶ事が出来るなんて、本当に嬉しい。約一年前では、こうはいかなかったので。


「冷たいですね。えいっ」

「……然り気無く顔面にやったな?」

「偶々ですよ。ひゃっ」

「……冷たいだろう?」

「ふふ、そうですね」


 だから、嬉しさのあまりに水の掛け合いに夢中になってしまったというか。

 ロルフ様も優しい顔で付き合ってくれるから、私もはしゃいでしまって水を手でかけたり、ちょっとはしたないですけど脚で蹴るように水を飛ばしてみたり。


 そんな私にロルフ様はただ微笑ましそうにしてくれて、我に返って恥ずかしくなってしまうのですが、ロルフ様も一緒に楽しんでくれたみたいで良かった。


 ちょっと水の飛び散った顔を腕で拭いつつ、空を見上げると、木に青い鳥が止まっている事に気付くのです。

 青い鳥は見たら幸せになれる、なんてよく言うのですが、当然中々に自然では見つけられない色。その青い鳥が、側に居るのです。ロルフ様にも教えなきゃ、とちょっと離れていたロルフ様に青い鳥を見ながら歩み寄って。


「あ、ロルフ様あそこに……」

「っエル!」


 つるっ、と足元が滑ったと感じた時には、もう遅く。

 前のめりに転んだ私。そして私を受け止めようとしてくれたロルフ様。

 ロルフ様の胸の中に収まる形で転んだのは良かったものの、いきなりすぎて踏ん張りが効かなかったらしく、私はロルフ様ごと泉に転んでいました。


「……再来だな」


 お互いにびしょ濡れの状態。私を腕の中に収めたロルフ様は、上半身を起こしつつそう呟きます。

 ……あれだけこけないと誓っていたのにこける私って……!


「うう、私ってドジなのでしょうか」

「かもしれないな」

「そこは否定してほしかったです……あー、鳥も飛んじゃったし濡れちゃった……びしょびしょ」


 ばしゃんと勢いよく音を立てたせいで、当然鳥は姿を消していますし、跳ねた水で上半身までびしょ濡れ。下半身は泉に浸かっているので言わずもがなです。


「大丈夫だぞ、こうなると思って着替えは用意しているのだから。私も転ぶのは想定外だったが」

「も、もう……」


 ……私がドジだっていう認識が染み付いているのですね、ロルフ様。そりゃあとろいのは認めていますけど、複雑です。用意周到すぎます。


「まあエルの着替えはあるから安心し、……」


 私の分だけはしっかり用意しているというロルフ様は、途中で言葉を切ります。いえ、言葉を失った、といった方が近いのでしょうか。


 こけると見越されてちょっぴり私のイメージは何なのですかと問いたくて唇を尖らせる私を、ロルフ様は凝視。

 私としては、今ロルフ様に凭れかかって支えられた状態なので、至近距離でロルフ様の視線を浴びる事になってちょっと気恥ずかしいというか。


 羞恥に火照った頬と潤んだ瞳をそのままに見上げる私に、ロルフ様は暫く唇を何か言いたげに蠢かせた後、小さく吐息。


「エル、馬車にタオルと着替えがあるから着替えた方がよい。今すぐにだ」


 今すぐに、という言葉を強調するロルフ様に首を傾げつつ、自分の姿を見下ろして……それから、ぎょっと目を剥きます。


 傷の事を気にしないという意味も込めて、ちょっとしたチャレンジで白地に青色のフリルの施されたサマードレスを着てきたのですが……完全にそれが仇となっていました。


 胸下から切り替えがある形なのですが、それが水に濡れてしまった事でべったりと肌に貼り付いて強調してしまっているのです。

 サマードレスが白地のせいでその下の下着が透けてるし、下着自体薄くて透けるからとても危険な図が出来上がっています。体のラインやら肌の濃淡やら何やら全部、見えているというか。とても、他人には見せられません。


 幾ら旦那様といえどロルフ様に見られるのは、恥ずかしい。いえ、ロルフ様は特に興味を抱かないでしょうからそこは安心して良いのでしょうが……。


「立てるか?」

「く、挫いてはいないので大丈夫です」


 ロルフ様が受け止めてくださったので何処かを打ち付けた訳でもありません。こけた事が色々と衝撃的で地味にダメージがありますが、ロルフ様が悪い訳でもありませんし。

 ロルフ様は気にしないでしょうけど、透けた状態というのは恥ずかしい。ロルフ様が予期して着替えを持ってきてくれていた事は有り難いです。……複雑ではありますが。


 体は冷えた筈なのに、頬がかっかと熱い。

 大丈夫、別に何とも思われていない筈。そう言い聞かせて、私は先に立ち上がって、びしょ濡れのスカートを持ち上げて軽く絞ります。……皺になっちゃいますが、この際仕方ありません。


 ロルフ様は、私から目を逸らしたまま立ち上がろうともしません。多分、気遣ってくれているのでしょう。


「き、着替えてきますね」

「そうしてくれ。私は少し頭を冷やす」

「……?」


 頭を冷やす? 

 よく分かりませんが、どちらにせよ着替えを見られるのも恥ずかしいのでお言葉に甘えて、先に馬車に戻って着替えを済ませる事にしました。


 ……ロルフ様、起き上がろうとしませんでしたけど、怪我とかしてないでしょうか。あのまま下半身を浸し続けたら、幾らロルフ様でも風邪引いちゃうと思うんですが……。


もうちょっとでまた一段落つくので、そのあとのお話はちょっとリクエストとか受け付けるか悩み中です。

あと新連載始めました(小声)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ