奥様、男心を擽る秘訣を探る
「コルネリウス様、男心を教えて下さい!」
最近あんまりにも私ばかりどきどきさせられているので、こうなったらロルフ様をどきどきさせてやる……! と意気込んでコルネリウス様の仕事場に突撃した私。
お仕事中にも関わらず迎え入れてくれたコルネリウス様の優しさに甘えるのは心苦しいのですが、どうしても聞きたくて今回は押せ押せでいく事にしました。
私をソファに座らせたコルネリウス様に早速とばかりに問い掛けると、あまりに唐突だったらしくぱちくり。
「急にどうしたんだい」
「ロルフ様をときめかせたいのです。私ばっかりどきどきさせられて不公平です、偶にはロルフ様の度肝を抜いてみせようと思って……!」
ぐ、と握り拳を拵えて張り切る私に、コルネリウス様は「なるほど」と苦笑を隠そうともしません。
「用件は分かったけど、何で男心?」
「世の男性のお心を理解すればどきどきさせるのも容易いのかと思って……」
「あれが世の中の男の枠に囚われると思うかい?」
「そ、それはそうなのですが……。でも、長年一緒に居たコルネリウス様なら、男心もロルフ様心も分かるかと思って!」
だからお願いします、と頭を下げて懇願。
一番近しく見守って来たのは、きっとコルネリウス様。同年代の兄弟だからこその視点がある筈です。
コルネリウス様なら良い案が出せるのではないか、そう勝手に期待してしまっているのですが……。
「敢えて言って良いかな?」
「は、はい」
「どう考えてもエルちゃんがロルフにはドストライクでエルちゃん以外には有り得ないから、何をしようがロルフは可愛がってくれるしときめいてくれるのでは?」
「……足りないです、私ばっかりどきどきしてますもん。どうしたら、殿方をときめかせられるのかだけでも教えて下さらないでしょうか……」
「なにもしなくても、割と今のエルちゃんは男性好みの女の子でときめかせられると思うけどな」
「……はい?」
今、何と言ったのでしょうか。
「コルネリウス様、幾ら家族だからと身内贔屓も過ぎると思うのですよ?」
「そこで卑屈は発揮するんだねえエルちゃん」
「卑屈というか、有り得なくないですか?」
ロルフ様には愛されている自覚はありますけど、とても殿方がこぞって好くような見掛けでもありませんし。
別に言い寄られたいとかそんな気持ちは露程もありませんが。私はロルフ様に愛されたら男性関係はそれで良いので。
「いやいや、客観的にだけどさ? エルちゃんは絶世の美女って訳じゃないけど、可愛らしい部類に入ると思うよ」
「は、はあ……そうです?」
「そうそう。それで、だけど。エルちゃんってロルフと一緒に居るとにこにこして幸せそうだし、甘えるようにくっついたり見上げたり、ロルフの後ろをちょこちょこついていったりしてるじゃん? そういうの、男心を擽るというか」
「……そういうものなのですか?」
「うん。こう、愛でたくなるというか……仕草が可愛いんだよね。構ってあげたくなる感じ」
世の男性の受けは良いよ、とはコルネリウス様の談。
……そういうものなのでしょうか? 自分ではちっとも分かりませんし、そうも思わないのですが……。ロルフ様と接してる時は素の状態ですし、ありのままの私を愛して下さるから。
なので仕草が可愛いと言われてもピンとこないといいますか。
「だから、別に今のままでも良いんじゃないかなって」
そして振り出しに戻ると。
「それじゃ駄目なんですっ、ロルフ様どきどきさせていませんっ。いつも私ばかり翻弄されてますし……!」
当初の目的はロルフ様をどきどきさせる、なのですから、そのままでは不可能です。
大体ロルフ様が普通の方のツボとずれてそうなのが問題でしょう。冷静だし、ちょっと天然さんだし、中々どきっとしてもらえません。どうしたら、ロルフ様が私にときめいてくれるのでしょうか。
「良い案とかいってもなあ。普通に考えたら色っぽく迫れば良いと思うけど」
「い、色っぽく……」
「寝間着を露出度高いのに変えてロルフを押し倒したら多分どきどきするんじゃないかな」
「それは男の人が誰でもどきどきするものでしょう!」
「だから提案したんだけど……」
「うっ。で、でも……ロルフ様の反応が透けて見えますよ? 『おおエル、今日は布地が少ないな、よりくっつけるな』って言うに決まってます!」
「うん、エルちゃんがロルフの事を理解してきたのは嬉しいんだけどこれは兄として喜ぶべきなのかな……」
「私の胸を見てもロルフ様はドキドキしません! 見ても平然としてましたから! それくらいでどきどきしてくれるなら、私困ってません……」
「それはそれでうちの弟の神経を疑うんだが……」
ロルフ様は人肌大好きだしふかふか大好きだから、たとえセクシーな寝間着を身に付けた所で、喜んで顔を埋めてくるのです。傷を見せた時だって特に感想はなかったですし、傷を撫でてくるだけですもん。
それは私の方がどきどきするから、ロルフ様がどきどきしてないと意味がありません。
それにお世辞にも万人が喜ぶような体格ではありませんし、劣情を煽るという大胆な作戦は不可能かと思います。だってロルフ様ですもん。
「まあこの際うちの弟の残念さは目を瞑るとして。取り敢えず押し倒して積極性を見せたらどうだい? ギャップにどきっとするかもよ?」
「ギャップ……ですか?」
「そうそう。エルちゃんは控え目で受け身だからさ、偶には自分から攻めて驚かせてみれば?」
……ギャップ、ですか。
「エル、どうかしたのか? マッサージなら間に合っているが」
で、のし掛かってみたものの、案の定平然とした顔が返ってきました。
「……ロルフ様、ほ、本当に何にも思わないのですね……」
寝転んだロルフ様の上に跨がった私ですが、ロルフ様は驚きはしたみたいですが気にしていなさそうで、きょとんとしたお顔。のし掛かられているというのに意味が分かっていなさそうで、私はどうして良いのか分かりません。
……もっと驚いてどきまぎしてくれても良いと思うのですが。
「何故跨がられているのだろうか」
「い、良いです……色々私も失敗したと思いますから」
「構って欲しいなら構うぞ。ほら」
うー、と作戦失敗を悟った私。ロルフ様は私が寂しがったのかと勘違いしたらしくて、微笑ましそうに表情を柔らかいものにして体を起こして抱き締めて。
対面するような体勢でロルフ様の胸に埋まった私に、更に甘やかすように背中を優しく擦ったり軽く叩いたり。まるで子供に接するような態度ですが、心地好いのも事実。
つい瞳を細めて喉を鳴らし、そのまま温もりに埋もれるように身を委ねて……。
「って流されてます私! そうじゃなくてー!」
「どうした急に」
普通に堪能してる場合じゃないんですってば! つい癖でべったりしてしまいましたけど!
「ロルフ様、キスしましょう!」
コルネリウス様曰く殿方はギャップでころっといくそうです。普段強気な女性がしおらしくしていたらどきっとするらしいです。私の場合は控え目な分積極性を出せと指示は逆ですけど。
私からおねだりする事は殆どありませんし、あっても伺うもの。
だから今日の強気な発言にちょっと気圧されたのか、ロルフ様は「あ、ああ……?」と幾分疑問が膨らんだような上擦った声を上げています。
そうです、この調子です。このまま押しきればきっとどきっとしてくれる筈。
気恥ずかしさは胸の内に押し込んで、首に腕を回して抱き付くようにロルフ様に唇を重ねて。
……普段、ロルフ様はどうしてくれていたでしょうか。私は受け身で、されるがままだったから、今日は私から攻めてやらねばです。
触れるだけでこっちがどきどきしてしまうのですが、そこはおくびにも出さず擦り合わせるように唇を触れ合わせ。かぷ、と唇で食むように挟むと、ロルフ様はちょっと擽ったそうに笑って、お返しとばかりにちゅっと啄んで来るのです。
胸がほわっとするとは、きっとロルフ様が優しく応えてくれるからでしょう。どきどきして、全身が浮遊感に包まれてる。
このまま、ずっと戯れていたいとか、思ってしまって……。
「……はっ」
「……どうした?」
キスし続けるのは吝かではありません、寧ろ嬉しいのですが、当初の目的からまた逸れ始めています。
私がどきどきするんじゃなくて、ロルフ様をどきどきさせたいのです。……表情的に、全然狼狽えた様子はないのですけど。
口付けながらそっとロルフ様の胸に手を当てて、伝わる鼓動を確かめるのですが……いつもよりは早い気がするけど、どきどきしてるかと言えば、うーん。
これじゃあ、いつもと変わらないような気がします。
「何むくれているのだ」
中々思うようにロルフ様のときめきを引き出せずに歯噛みするしかなく、勝手に唇が山を築くのです。
そんな私にロルフ様は軽く啄んでご機嫌を取り。……キスされる度に私がどんどん心拍数が増えていくのですけど、これって私ばかりどきどきしてるって事ですもん。
ロルフ様は、いつも平然としてて、ずるい。
「……今日の所は止めておきます。また策を練らなきゃ」
「……また兄上に何か吹き込まれたのか?」
「そんな事ないですもん、寧ろ自分からチャレンジしてるのです」
「……偶にお前が分からないぞ?」
「私にはロルフ様がよく分かりません」
一生懸命考えて作戦を立てているというのに、当の本人はいつもいつもマイペースで、私の調子ばかりが崩されるのです。
私だってロルフ様を翻弄したいですし、いっそ腰砕けにしてみたい。もうめろめろにしてしまいたいのです。……愛されてる自覚はあるのですが、こう、我を失うとか、取り乱すとか、ロルフ様はないのですよね。
「ふむ。では私の事は何でも聞くとよい」
「本人に聞いたら驚きが薄れると思うのですが……ええと、どうやったらドキドキしますか?」
「……ドキドキ?」
「私ばかりいつもロルフ様にしてやられてるので、私からも仕返しがしたいのです」
「ドキドキ、と言われてもな……いつもしているが」
少し考える素振りを見せて、それから大真面目に呟くロルフ様。
「……その余裕がずるいです」
「大人だからな」
「私も大人ですっ」
「私の方が大人だから余裕を見せないといけないのだ。……余裕のない男は格好悪いだろう?」
「そんな事ないです! 私は余裕のないロルフ様が見たいのですっ」
胸の高鳴りに慌てるロルフ様なんて想像出来ません。普段から天然さんというか我が道をいく人ですし、マイペースな方で、中々慌てたりしないですから。
……それに、ロルフ様は、私よりずっと鈍いというか……恋愛面では疎いのですよね。
偶に、私はロルフ様に女性として求められているのか、とか考えてしまいます。結婚してもうすぐ一年なのに、進展がないというか。
だからこそ私から積極的にしなきゃいけない、と勇気を振り絞って押せ押せでいってみたのに、ロルフ様は見事私の意図から外れるし……。
「困ったな。……私は余裕のないエルが可愛いと思う」
「そんなの、」
「……そうだ、エル。次は私の番だな?」
「……え?」
聞き返した私に、ロルフ様はゆるりと口の端を吊り上げます。……それがやけに艶めいていたのは、気のせい?
「エルがチャレンジしたなら、私もチャレンジするべきだろう」
何を、と言おうとした時には、私の視界は反転していました。
呆気に取られてしまって反応が遅れ、気づけば照明の光を背負うようにロルフ様が覆い被さっていて。肩の横にそれぞれ手を着いたロルフ様、私が言葉を失っている事に気付いて少しだけ悪戯っぽく唇をしならせます。
「ふむ。こうしてみると、エルはやはり小柄だな」
「……ろ、ロルフ様……?」
「こうしたら女性はどきどきするのだろう?」
「そ、そりゃあ、しない人は中々に、居ないとは思いますけど……」
旦那様に押し倒された状態の妻がどういう気持ちになるのか、ロルフ様全く想像してませんね。ただどきどきすると思っているみたいですけど。いえ、確かにびっくりどきどきしましたけどね!?
まさか冗談とはいえロルフ様に覆い被さられる日が来るなんて。
ロルフ様が上に居るので、私はほぼ身動きが取れません。精々身を捻る程度。私が固まっているのにご満悦そうなロルフ様、私の顔にかかった横髪を払いながらゆるりと頬を撫で、それから唇に。
ふに、と指の腹で触れ、紅を引くようになぞって……。
「……もっとどきどきしたくはないか?」
そっと吐息に混じらせた、低音。
内緒話のように囁かれた言葉に、自然と背筋が震えてしまいます。
ロルフ様が、どのような意図で言ったのか……分からないけれど、多分、私が翻弄される事には間違いないでしょう。だって、あんな色香を滲ませた笑みで見つめてくるんですから。
何だか色々と私が大変な事になりそうで、思わず後ずさり、というかシーツを蹴って上の方に。シーツがよれてしまいましたが、最早それどころではありません。誘ったのは私ですが、こんな展開になるとか思ってませんでした。
「何故逃げる」
「や、腰砕けそうで……」
「安心しろ、人間そんな柔ではない」
「そういう問題じゃなくてですね……!?」
「……嫌か?」
「い、嫌とかじゃ、ないですけど……っ、これじゃ私がどきどきするじゃないですか!」
やっぱり立場が逆転してます! 結局私がどきどきさせられるんじゃないですか!
「怖くない怖くない」
「宥めても無駄で、んっ」
言葉は、強制中断。当然、理由は唇の隙間を埋めるようにロルフ様が防いで来たからです。
覚えたての口付けを試すように、深く入り込んで来るロルフ様。
互いに前回が初めてだったのに、何故かロルフ様は前回と比べ物にならない上手さというか、巧みなそれに、最初のし掛かった時の余裕なんて消し飛んでいました。
擽ったさと気持ち良さの中間のような感覚が、体の内側に走る。
堪らずに身を捩って何とかもどかしさを誤魔化そうとしても、ままならずただシーツを乱すだけ。は、と息と共に口から掠れた声が漏れてしまって、恥ずかしさのあまりロルフ様の胸を抗議するようにぽこぽこと叩いてしまいます。
ただ、それもロルフ様の両掌がそれぞれ片方ずつ掴んでシーツに縫い付けるように握るから、抵抗出来なくなって。
きゅ、と握り返すと、嬉しそうに喉を鳴らして余計に口付けてくるから、どうして良いのか分かりません。キスの合間に抗議しようと思っても、そもそも休みなく口付けてくるからそんな余裕がある訳ないのです。
せめてもの抵抗で膝を立ててロルフ様の内腿を軽く蹴るくらいしか出来ず、気がつけば唇を離されたものの酸欠て頭がぼーっとして抗議の言葉すら出てきません。
全身が熱くて、力が抜ける。呼吸を整えるくらいしか出来なくて、ただ真上に居るロルフ様を呆けた表情で眺めるのです。
……ロルフ様の学習能力、恐るべし。
そんなロルフ様は、実にご満悦そうに口の端を舐めていましたが……私をふと凝視して、固まります。
「……ロルフ様……?」
手を握られたままなので身を捻るくらいしか自由がない私。
当たり前ですがまだ心臓のどきどきは収まる訳もなく、荒い呼吸をそのままに問い掛けると、ロルフ様は私の手を離して覆い被さった状態から降りて、体を離します。それから、顔を片手で覆って。
「……いや。……何でもない」
何でもないというには、明らかに様子がおかしいのです。
「な、何でもなくない気がするのですよ?」
「何でもないんだ」
強張った声で主張するロルフ様。……気のせいか、耳が赤い。それに、指の隙間から覗く肌も、うっすらと上気していて。
「……ロルフ様、その掌を退けて?」
「嫌だ」
「ロルフ様」
「駄目だ、兎に角駄目だ」
「ずるい!」
折角何かロルフ様がどきどきしてそうで余裕がなさそうな感じがするのに、肝心のロルフ様が顔を見せてくれないと意味がありません。
むぅ、と不満げに唇を尖らせてもう知りませんと背中を向けた私。ロルフ様は幾分慌てた様子で横になって私を包むように後ろから抱き締めて。
「……エル、機嫌を直してくれ」
「知りませんー」
そう言いつつもぞもぞと体を反転させて、ロルフ様の胸に顔を埋めるのです。
……まあ、今回は顔を見ないでも良い事にしましょう。だって、……此処が雄弁に語ってくれているのですから。
いつもの五割増しで早くなった鼓動にひっそりと笑って、ちょっと狼狽えたロルフ様にばれないように拗ねた振りを続けるのでした。




