王子殿下突撃訪問
先日のパーティーで少しは人見知りも緩和出来たかな、なんて思えるようになった私。
レオナルド王子殿下のお陰かもしれません、あの方が気さくに接して下さったので私も落ち着いて話せましたし……。ロルフ様と仲良さげに話していたのが一番効果があったのかもしれません。
まあ、もう会う事は暫くはないと思うのです。イザークさんやアンネさんならまだしも、あの会場に居た方々と頻繁に会う事もないでしょう。私がロルフ様の職場に行った時に出会う、くらいなものでしょうし。
だからそこまでびくびくする必要もありませんよね、と頷いて過ごしていたのですが……ふと、来客を知らせる鈴の音が鳴った事に気付きます。
今日はどなたも訪問の予定はありませんし、商人の方が来る日でもありません。急な来客なんて珍しい(というかうちは商人くらいしか訪れてこない)のですが……一体誰なのでしょうか?
首を捻りながらも私が一番近かったですしお待たせするのも悪いと小走りで玄関に向かって……。
「……はい、どちら様で、」
「おお、エルネスタ夫人。ロルフは居るか?」
扉を開けたら、端整な顔立ちの青年の笑顔と出くわして、私は無言で扉を閉めてしまいました。
……いやいやいや、気のせいですよね。先日知り合った方が今此処にいらっしゃるなんて。それも遣いもなしに。
「おおっ!? 何故締め出された?」
「……き、気のせいですよね、今レオナルド王子殿下が」
「気のせいではないよ?」
気のせいにしてそのままこの場を立ち去りたかったのですが、扉の向こうから聞こえるややくぐもった声は、この間知り合った御方のもの。
頭では理解しつつも現実を否定したかったのですが、声を無視する訳にもいかずに恐る恐る扉を開けて……もう一度爽やかな笑顔と出会います。
先日見かけた時の盛装ではなく、普通のコートを纏って現れたのは、レオナルド王子殿下。ええ、王族の方です。
瀟洒な雰囲気と気さくさは相変わらず、……なのは良いのですが、ええと、……何をしに来たのでしょうか……? ふ、普通、王族の方が訪問となれば先触れがあるでしょうし、護衛が居る筈なのですが……見当たらないし。
固まっている私に、レオナルド王子殿下は気にした様子はなさそうです。ちょっと一気に非日常が押し寄せてきて私にはもう何がなんだか分かりませんが、せめて応対はしなくてはと慌てて腰を折ります。
「……も、申し訳ありません。気が動転しており、大変無礼な真似を」
「構わないよ、些事だ。それよりロルフは居るかな?」
「ろ、ロルフ様はただいま仕事で……」
「そうか。中で待たせて貰って構わないか?」
仕事場に直接行った方が早かったのでは、とは思ったものの、レオナルド王子殿下は私の反応を見て楽しんでる節がありますのでドッキリを仕掛けたかったとか……?
「は、はい、客間に案内を」
「ああ、気遣いは結構。僕はこの家によく来るから場所は分かってる」
「えっ」
「失礼するよ」
せめて案内を、と思ったのですがあっさり手で制されて当たり前のように屋敷に入っていくレオナルド王子殿下。
あまりに自然な動作だったのでぽかんとしてしまいましたが、流石に一人で歩かせるのはどうなのだと慌てて追い掛ける事になりました。
言葉通り本当に迷う事なく客間に向かってるレオナルド王子殿下に複雑な気分になりながらも、お隣を歩かせて頂いています。
立場的に後ろを歩くべきかとは思ったものの、レオナルド王子殿下に「どうせなら話したいから隣を歩くと良い」と微笑まれたので恐れ多くも隣に居ます。……うん、何で自分は本来はもてなすべきレオナルド王子殿下にされるがままなのか分かりませんけど、相手が王子殿下ですし従うべき……なのでしょう。
マイペースなレオナルド王子殿下の隣をしずしずと歩く私ですが、よく考えればアマーリエ様達に知らせるべきでは!? と今更のように思い出します。
レオナルド王子殿下の勢いに流されてしまいましたけど、他人をうちにあげるのですから言っておかなければならない筈。
慌てる私に、幸か不幸か、アマーリエ様が前から廊下を歩いて来るのです。直ぐにレオナルド王子殿下の存在に気付いて「まあ」と口許に手を当てていらっしゃいます。
「あら、レオナルド殿下。今日もまた突然ですわね」
「ロルフに少々用事があってね」
「でもあの子、夕方まで帰ってきませんわよ」
……あれ、驚くでもなく普通に流してませんか。もしかしてこれっていつもの事なんですか。
「構わないよ、どうせ泊まるつもりだったし」
「ええっ!?」
「出来れば遣いは出して欲しかったのですが、仕方ありませんわね。用意しておきます。連絡もいれておきますから」
更なる新事実というか衝撃の予定に狼狽える私と、対照的に冷静でのんびりとしたアマーリエ様。
料理の量増やさなくちゃね、とゆったりと構えていらっしゃるアマーリエ様に私はおろおろ。そんな私に「エルちゃんはレオナルド殿下を構ってあげてね。殿下も暇そうだから」とレオナルド王子殿下になんとも雑な扱い。
というか、私責任重大じゃないですか……!? 王族の方をお相手しろとか……!
えええ、と固まる私にアマーリエ様は任せたわとにこやかな笑みで去っていきました。
王子殿下は、変わらない笑顔。あっこれ私がお話し相手になるの決定なのですね……?
レオナルド王子殿下を客間に案内……というかレオナルド王子殿下が勝手に入ってしまったので、私はお茶をお出ししていたらレオナルド殿下に「隣に座ってくれ」とお願いされました。
……多分暇潰しに付き合ってくれ、という事なのでしょう。ロルフ様に用事があるそうなので、ロルフ様が帰ってくるまで退屈なのでしょう。
笑顔は有無を言わさない何かがあり、大人しくレオナルド王子殿下の隣に収まります。……隣に国でも最高の立場に近い方とこうして肩を並べるなんて、昔では考えた事もありませんでした。
王子様に憧れた時期もありましたが、実際こう目にすると、憧れより恐れ多いという気持ちが強いです。それに、私には素敵な旦那様が居ますし……。
「……あ、あの」
「何だ?」
「……何でそんなに慣れてるのですか? その、此処に来るの……」
沈黙に耐えきれず問い掛けてみると、レオナルド王子殿下は「なんだその事か」とあっけらかんと笑うのです。
「結構な頻度で昔は来ていたからね」
「良いのですか……?」
「まあ本来なら駄目なのであろうが、僕は王族でも末子だから。上には兄が五人、姉が二人。此処まで多いと扱いは結構雑なんだよ」
だから結構お目こぼしされてる、と笑いつつも肩を竦めて。
「王位継承とは縁遠いし、僕は変わり者だと言われているからな。最近では魔術ばっかりで政治とか全く興味なく過ごしていたら、父上から『もうお前は好きにすると良い』と太鼓判を押された」
「それは太鼓判というのでしょうか……?」
寧ろ諦められたというのでは。
「まあ王位継承争いに参加しない分好きにして良いと言われているのだ。兄上達は継承権巡って王宮で抗争してるしね。一番才覚ある者に継がせるとかで、大変なんだよ」
「……それを私に言っても宜しいのでしょうか」
私から聞いた事とはいえ、お茶の場で話題として出すには重大すぎる暴露のように思えます。
私は王宮とかには縁遠く生きてきたので、とても理解が出来る訳ではありません。でも、一般庶民が思うよりもずっと忙しく生きてきたのは分かります。
特権階級は豊かな暮らしが出来る代わりに、相応の義務が生じる。王族ならば尚更でしょう。きっと、王子殿下は、私が想像が出来ない程に苦労してきた筈です。
継承権がない、とは仰っていますが、私から見た限り、何となくですが……とても、優秀な方には思えます。ロルフ様の上司、という時点でそれは確定でしょうし。
話はずれましたが、そのような王宮の事を他人である私に言っても良かったのでしょうか。
「ん? 夫人は言い触らしたりするか?」
「いえ、そのような事は」
「それに王宮では周知の事実だから、知らぬものなど居ないよ」
「……大変なのですね、王宮って」
「はは、そうだな」
からりと笑ったレオナルド王子殿下は、柔らかそうな金髪を掻き上げて。
「まあ僕は政争から遠ざかって久しい。見放されているし。誰も気にかけちゃいないさ」
「レオナルド王子殿下……」
「ん? 気にする事はないよ。僕は自由にさせて貰っている、寧ろ一定地位にありながら自由というのは恵まれているのだ。王位継承権争奪戦に関わらず、魔術の発展に寄与するという条件の代わりに自由を許されているからね。僕は生涯を魔術の研究に尽くしたいからな、うってつけだよ」
今の立場には何の不満もないさ、そう言い切ったレオナルド王子殿下に、私は何処かロルフ様に似たようなものを感じます。
ロルフ様も、魔術の真髄を求めようと打ち込んできた。同じような雰囲気を漂わせているのです。
「……レオナルド王子殿下がロルフ様と仲良くなったの、分かる気がします」
「似た者同士と言いたいのだろう? よく言われるよ。まあの僕人格形成にロルフが関わっているからだろうか」
「えっ」
「言っただろう、家出したと。ロルフは十二、僕は九つ。その時にロルフと過ごして、気が付いたら魔術に夢中になってた。幸いに魔力だけは一流なのが取り柄でな、あっという間に魔術に傾倒したよ」
温くなったお茶を啜って微笑むレオナルド王子殿下。やっぱりロルフ様は昔から変わらないんだなあ、となんだか微笑ましくなってしまったり。
それからロルフ様の昔の事を聞いて、ちょっと私の知らないロルフ様を知る事が出来ました。ロルフ様の弱点を教えてくださり、今度ロルフ様にそれを試して御覧とのことです。……これでちょっとはびっくりして下さるでしょうか?




