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今度はノックありでした

 家族……と言っても宜しいのでしょうか、四人でアマーリエ様の作った昼食を摂り、和やかに談笑(旦那様は基本的に返事しかしませんでしたけど)した後に、アマーリエ様にも手を握って頂きました。


 予想通りと言いますが、何にも影響を受けなかったようでホルスト様と同じように不思議そうな顔をするのみです。まだ他の方にも試してみないと分からないのですが、恐らく旦那様にのみ、有効なのかと。


 何故、旦那様にしか効かないのか……それは、調べてみないと分かりません。

 そもそも本当に私に魔力を増加させるような性質を持った魔力など宿っているのでしょうか。家族全員魔力持ちではありませんでしたし、心当たりはないのですが……。


 色々考える事も多く、ついつい思考に耽ってしまいます。あ、アマーリエ様には料理を教わる約束をさせて頂けました。理由を話すと嬉しそうに微笑まれて、旦那様というのも大きな子を抱えているにも関わらず衰えていない、若々しいアマーリエ様の美貌を再認識致しましたよ。


 肝心の旦那様ですが、終始思案顔でした。恐らく私の魔力の事について考察しているのでしょう。

 夕食の時も黙りきりで、アマーリエ様に窘められていましたが……それでも、アマーリエ様はちょっぴり嬉しそうでした。滅多に食事を共にしなかった旦那様が、ちゃんと席に着いて食事の時間を共有したのですから。


 思考の邪魔をするのも悪いので旦那様とは話さず、そしてお風呂に入ってさあこれから寝ようとベッドに膝を着きました。


「エルネスタ、良いか?」


 ……今回はちゃんとノックに気を付けたのか、旦那様は扉の外から声をかけては私の名を呼びます。


「な、何でしょうか……?」

「聞いて欲しい事があるのだが、良いか?」

「は、はい、少しお待ちを」


 悩んでいた事に対する結論でも出たのかと思い、それに旦那様がわざわざ私の部屋を尋ねて……まあ隣ですけど声をかけて下さったのです。もう寝るだけでしたし、お話程度なら……。


 流石に寝間着姿を堂々と見せるのも憚られられるので肩からストールをかけ、旦那様が待機している扉をゆっくりと開けます。

 当然なのですが、旦那様はそこに居て、私が普通に出てきた事に安堵しているようです。……前回は旦那様はいきなり来たから、外に出て貰うしかなかったのです。


 細かく言えば本来なら殿方を寝室に入れるのには問題が……いえ結婚しているから良いのでしょうか? 旦那様は、あまり……私に興味がないようですので。自分で言って悲しくなりますが。


「こんな時間にどうなさったのですか?」

「提案があって来たのだが……中に入れて貰えるだろうか」


 何だか長話になりそうなので、旦那様を立たせたままというのも失礼です。私の部屋のソファにお招きします。……ちらりと見た旦那様のお部屋は、やはりというか本と資料でごった返していたので、旦那様さえ良ければ整理をしたいのですが……流石にまだお部屋のものに触れる程打ち解けられたとも思いません。


 取り敢えず一緒にソファに座って、きっちり前を合わせてから旦那様の方に向き直ります。……見えるとは思わないのですが、あまり見せたくないものが体を斜めに走っているので、念の為。


「ええと、旦那様……?」

「考えていた」

「え?」

「何故お前の身にそのような魔力が宿っているのか」

「それは私が知りたいくらいです。結論は出たのですか?」

「分からない」


 きっぱり答えた旦那様。脱力してしまいそうになりましたが、本人が分からないのだから今まで殆ど他人同然だった旦那様にも力の出所は分かりませんよね。


 私としてはこの力が何故あるとか、その辺りはあまり興味がありませんしそもそも力を実感していないのですが……旦那様は、眉を寄せて不愉快そうに顔を歪めていました。

 納得していない、というのがありありと顔に浮かんでいるのです。普段あまり顔を変えないので、少し驚いてしまいました。いえ、笑顔程ではないですけど。


「分からない、というのが甚だしく不愉快だ。お前の家系を考えても魔力持ちを出していない筈だし、このような力を持った人間などお前以外に報告はない。突然変異なのか、或いは後天的に目覚めた魔力なのか」

「魔力は後天的に得られる物なのでしょうか……?」

「……絶対にないとは限らない。本当に極少数の例だが、ある。例えば、瀕死の傷を負った人間なんかにな」


 びくり、と体を揺らした私に、旦那様は気付きません。


「生存本能が働くのか、今までは普通の人間だった人間が魔力を持って一命を取り留めた、という事例がある。そんなケースは滅多にないが……」


 瀕死に際し、そして一命を取り留めた。それは、私にも当てはまるのです。

 幼い頃に襲われて殺されかけた私は、大きな傷を負いながらもこうして生き長らえている。


 何故生きているのか、不思議がられた覚えはあるのです。あれは致命傷だった、幼い体にあんな傷を負えば死に至るのは当然なのに。それなのに、私は生きていた。

 もしかすれば、私は、その時を切っ掛けにして魔力に目覚めた? 幼い頃は誰も魔力を判別出来る力を持った人間は周りに居なかった、だから、本当に生まれた時から魔力を持っていたのか、分かりません。


 あの惨劇のせいで、後天的に得たのだとしたら……?


「……エルネスタ?」

「……ぁ」

「顔色が悪いが」


 旦那様にかけられた声で、思考が現実に戻って来ます。

 ……危うく、昔の記憶に飲まれそうになっていました。もう、思い出したくもない、あの時の記憶。


「……いえ、何でもないです。……旦那様は、アマーリエ様から聞いていらっしゃらなかったのですね」

「母上から?」

「私は、小さい時に死にかけているのです。こんな大怪我をしてよく命が助かったとよく言われますよ」

「……そう言えば傷があるとか言っていたな、結婚する前に説明されたが忘れていた」


 旦那様、それはちょっと……と思うものの、どんな時でも研究第一な旦那様らしくて、つい笑ってしまいます。だからこそ、笑ってお話出来るのかもしれません。


「私の体には大きな傷があります。女としては見るに堪えない、傷痕が。だから嫁の貰い手がなかったので、この家に受け入れて貰って本当に助かっています。……魔力は、傷を負った時に宿したのかもしれません」


 そっとストールを合わせて体を抱き締める私に、旦那様は言葉に困ったらしくてほんのり眉を下げては此方を窺ってきます。あまり楽しいお話ではありませんし、傷を負ったという事には同情的な眼差しを送ってきました。


「……その傷口を見せて貰う事は出来るか?」


 旦那様は、好奇心というより確認の為に、そして私を気を遣ったのか恐る恐る問い掛けてきます。


 ……ああ、嫌だな……旦那様はそんな人ではないと分かっているのに、どうしても、傷を見られてしまえば気味悪がられてしまうのだと思ってしまうのです。親ですら、口では大丈夫と言っても眼差しが気持ちの悪いものを見る眼差しだったのに。


「……すみません、無理です。見せるとなると、その、脱がなくてはならないので、ちょっと……」

「私は気にしないが」

「そこは気にして頂けると……。前をはだけるのは、恥ずかしいので……」


 今思えば、初夜に何もなかったのは僥倖としか言えません。信頼関係も何もない相手にこれを見せるのは、視界の暴力ですので。それに、体つきもそんな良いものではありませんし。


 私が今頷く気はないと悟ったのか、しつこく縋る事はなく「ならば見せても良いと思った時に見せてくれ」とあっさり引きます。傷に興味を引くのは悪趣味としか言えませんが、旦那様としては謎を解き明かす鍵になるかもしれないので、分からなくもありません。

 ……見せる日は、来るのでしょうか。少なくとも信頼関係を深く築かないと、これは見せられるものではないので。


「まあ、無理強いするつもりもないとは分かってくれ。それに、今日はその事でお前に用事がある訳ではない」

「用事、ですか。用事とは?」

「今日から私もこの部屋で寝ても良いか聞きに来たのだが」


 ……はい?


「旦那様、もう一度仰って下さいませんか」

「この部屋で、お前の隣で寝ても良いだろうか」


 平然と宣った旦那様に、一瞬気が遠のきました。

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