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奥様、パーティーに呼ばれる

「エル、ドレスを着るならどんなデザインの物が良いだろうか」


 夕食後の団欒を楽しむ私達でしたが、唐突なロルフ様の言葉に隣の私は反応出来ずに固まってしまいました。

 ……いきなり過ぎるというのもありますが、何でドレス? ロルフ様は隠し事があまりお上手ではありませんし、そう聞くからには何かしらドレスを用意しようというつもりなのではないでしょうか。


「……あの、私ドレス着るつもりはないですよ?」


 別に、ドレスなんて必要ありません。誰かに見せる機会なんてないでしょうし、着るとしても家だから家事をするには明らかに邪魔でしょう。

 そもそもドレスなんて、結婚式くらいしか着た事ないですし。


「いや、今回ばかりはそうも言っていられなくてな。エルは魔導師ではないから魔導師の正装はない、ならドレスを着るしかない」


 ……何だか、私が想像していた事とは違うみたいです。

 けど、ドレスを着なくてはならない状況とは一体?


「あのー、話が良く……」

「あら、そういえばもうそんな時期だったかしら」

「そういえばそうだね。アマーリエもうっかりさんだな」

「あら、あなただって」

「あ、あの……?」


 私にはさっぱりなのですが、アマーリエ様達はロルフ様の言葉で合点がいったらしく和やかな雰囲気。何かを思い出すように、視線が空にさまよっています。

 ……そんな時期、とは何でしょうか。


 私は首を傾げるばかりなのですが、皆具体的には何があるのかとは教えて下さりません。いえ、ロルフ様に説明を任せたように目配せしています。


「エルネスタ、自分の名前を名乗ってみろ」

「え? え、エルネスタ、ですけど」

「ちゃんと名乗れ」

「ちゃんと……?」


 私、名前を名乗ったつもりなのに……と思いましたが、ロルフ様が不満そうに「お前はこの家の人間だろう」と付け足したので、私も言葉足らずだったのだと痛感です。

 ……そう、私は、この家に嫁いできたのですから。


「え、エルネスタ=クラウスナーですっ」


 正式に名乗ると、ロルフ様はご満悦そう。

 そのまま隣に腰掛けている私の頭を撫でて「良い子だ」と囁いてくるのです。


「そうだ、お前はクラウスナー家の一員だ。……なので、家の集まりには参加せねばならない」

「あ……」


 ……そっか、私はクラウスナー家の人間なのですから、家の集まりがあったなら私も参加する必要がある、のですよね。それを失念しておりました。

 というのも、ロルフ様と結婚してから今までクラウスナー家が他家に呼ばれたりする事はなかったのです。そもそも魔導師の家系はあまり他家とは馴れ合わないだそうな。自分達の力を秘匿するそうで。


 ですから、てっきりそういう交流なんてほぼないと思っていたのです。


「定例会議だが、うちとしてはお披露目という形もあるからな。クラウスナー家に嫁入りしたのはどんな女なのかと色々言われているし」

「……その、それってかなりの集まりで……?」

「まあそうだな。魔導師の名家ならば出席するようになっている。年一回だから、私達のような引きこもりの家系もこの時ばかりは顔を出すようになっているのだ」


 呼ばれるのは限られているからざっと百人程度だ、と恐ろしい事を宣うロルフ様に、勝手に頬が引き攣りだします。

 ……なんて事のなさそうに言ってますが、つまりそれだけの人に注目されてるのですよね? 考えただけで眩暈がしそうです……。


「そんな所に私が居ては場違いなのでは……?」

「何を言う。お前は私の妻だぞ。居て何が悪い」


 胸を張れ、と仰り私を抱き締めるロルフ様に、不安がちょっと溶けてつい頬が緩んでしまいます。

 完全には溶けきらないですけど、ロルフ様が隣に居てくださるなら、頑張れる気がします。いえ、頑張るも何も私はただ突っ立っておくくらいしか出来ないでしょうが。


 ロルフ様の胸に顔を埋めて安心感に浸っていると、この触れ合いを見ていたらしいコルネリウス様の苦笑が仄かに耳を掠めます。

 ……今更なのですが、私達家族の前でべったりしちゃってますよね。ふ、二人きりなら兎も角、人前で。ロルフ様が普通に抱き締めてくるものだから、色々と忘れていました……!


「二人の世界に入るのは良いけどちゃんと、説明してあげようよロルフ。後で部屋で存分にいちゃつけば良いからさ」

「こ、コルネリウス様」

「そうだな。部屋で触れた方がより触れ合える。服も着込んでいて邪魔だし」


 暖かくなったしもっと薄着をしても良いのだぞ、と長袖に首元まできっちり閉まったブラウスを身に付ける私の服を摘まんで、ちょっと不服そうなロルフ様。

 ロルフ様の触り癖はよく分かっていますし、なんなら裸で密着しても良いのではと真顔で仰る方なので(勿論却下してます)、もっと薄着の方が良いのでしょう。……人肌が好きなのも考えものですよね。


 もう、と顔の熱を誤魔化すように胸を軽く叩くと「駄目か?」と聞かれました。駄目です。


「何処まで話しただろうか……ああそうだ、まあ集まりがあるのだが、めかしこんでいくのがしきたりでな」

「そ、それはまあ」

「魔導師なら魔導師の正装でも良いのだが、まあ大体パーティー用の盛装で出席するのが多いな。それで、エルネスタも出席するならばドレスが必要だ、と」

「な、なるほど……?」


 そう言われると、めかしこまなければいけない気がしてきます。


「一応レオナルド殿下も来るからそれなりの格好をしなければならないのが面倒でな。まあかの御仁は形式張ったのが苦手だから、そこまでは求められないぞ」


 ……ん? 殿下?


「……殿下?」

「そうだぞ」

「……王族の方?」

「そうだな。現国王陛下の息子で、第六王子だな」

「……出席拒否は」

「ならぬ。この間会ったら『君に妻が出来るなんて天地が引っくり返っても有り得ないと思っていたのだが、これは僕の夢だろうか』と言われてな。かなり興味を示していたぞ」

「いやああああ! 行きたくないですそんなの!」


 何で王族の人が出席するんですか! 王族の人の前で粗相するなんて耐えられません!

 ただでさえ知らない人達の前に立たないといけないし、よくよく考えればロルフ様の妻としてちゃんと挨拶とか交流とかしなくちゃいけないのに、その上で王族の方に会うとか無理です絶対無理!


 仮病を決め込むしか、とあまりの事態にさぼるという初めての試みを考慮すらしてしまう私に、ロルフ様はぽんっと宥めるように肩を叩きます。……言外に逃がさない、と言われているのは気のせいでしょうか。


「諦めてくれ。たとえ今回避けられたとしても来年があるからな、変わりはしない」

「ううっ」

「大丈夫だ、殿下は緩い……おおらかだぞ。多少の粗相があっても許してくれる」


 たとえば水ぶっかけたり拳骨したりしてもそうそう怒らないぞ、と宣うロルフ様ですが、それ実行に移した事があるみたいな言い方ですよ……!?


「というかロルフ様、どんな関係で……」

「昔、家出した殿下を拾った事が始まりだったな」

「家出!? 拾った!?」

「ああ、それを話せば長くなる。また今度にしよう。それで、お披露目という事もあってエルネスタにはちゃんとドレスを纏って貰いたいのだ」


 ロルフ様の仰る事も、尤もだとは思うのです。家の恥にならないようにしっかりと着飾らなければならない事は分かります。

 ……でも、ドレス云々の前に、沢山の見知らぬ人に挨拶とか王族の方にご挨拶するとか恐れ多くて無理! 私にそんな度胸あったら苦労しません!


「……い、行きたくない……」

「安心してくれ、私もだ。お前を人目になど晒したくない。勿体ない」

「も、勿体ないですか?」

「ああ、減る」

「何がです!?」

「私の神経がか? 妻に無遠慮な視線を投げられて嬉しい訳がない」


 お前の綺麗な姿は私が独占したい。そう付け足されて、嬉しいやら恥ずかしいやらでもう一度ロルフ様の胸に額をくっつけて何とも情けない顔を浮かべてしまいます。……こんな、緩んだ顔見せられません。

 きっと綺麗に見えるのはロルフ様だけだとは思うのですが、ロルフ様にそう思われるだけで私は充分なのです。私が愛する人はロルフ様だけですから。


 喉を鳴らして擦り寄るのですが、視界の端に微笑ましそうなアマーリエ様達を見てしまって、我に返ります。……い、いけません、此処は寝室ではありませんでした。


 本当に自分は何しているのでしょうか。


「仲が良くて何よりだわ。……で、エルちゃんには仕立て屋を呼ぶからどんなデザインが良いのか決めておいて欲しいのよね」


 ただにこにこしているアマーリエ様は気にした様子もなさそうで、逆に日常だと認識され始めていて恥ずかしいです……。


「ドレス仕立てるのにもお金かかりますよね……」

「そんな事気にしなくて良いわよ? そんな事で家はどうともならないわ」

「そうだぞ。寧ろお前はお金がかからないから心配してるくらいだ。我が儘を言ってくれても良いのだぞ」


 存分に甘えるがよい、と胸を張るロルフ様ですが、私としては我が儘を言ってくれと言われても特にありません。……この間の誕生日で本当に幸せでしたし、満たされていますので。

 強いて言うならまたお出掛けしたいな、くらいで、これといって望みはないのです。


 ゆるりと首を振った私にロルフ様は何故だかがっかりしていらっしゃいます。アマーリエ様達はそんなロルフ様に笑っていますけど。


「希望はあるか? 先に粗方デザインしてもらってから選んで貰うのだが、どんなのが良いとか」

「……傷が出ないものなら何でも?」

「エルちゃん……」


 流石にこの傷を晒す訳にはいきませんよね、と思ったのですが、アマーリエ様が沈鬱な面持ち。

 ……しまった、こういう言い方をしたら私が凄く気にしてるみたいな感じに受け取られてしまいますよね。


 私としてはもうそこまで気にしてはいませんし、何ならアマーリエ様になら見られても構わないかな、とくらいに思っております。以前は絶対に着替えとか手伝って貰いたくなかったので……。


「いえ、私は平気なのですけど、周りの皆さんが不愉快になるのは困るのです。その、体型も誇れる程ではないですし」

「エルちゃんは細いからドレスも似合うよ」

「そうだぞ? 腰はきゅっと締まっていて、此処はふっくらとしているし」

「ロルフ様、オイタは駄目です」


 意識せずに掌を添えてきたのでぺちんと弾き落としながら微笑むと、ショックを地味に受けるロルフ様。……あと、その表情にお腹を抱えてぷるぷる背を震わせるコルネリウス様。


 だって然り気無く触ってくるものですから、つい。ロルフ様としてはそういう意図は全くないと分かっていたのですが、流石に人前で触れられるのは嫌です。

 ……その、二人きりなら吝かではないのですけど。

 いえ、相手がロルフ様なのでそういう意味ではないです。単にふかふかするのがロルフ様大好きですからね。


「それで、色とかはどうしましょう?」


 そんな私達に、アマーリエ様は平常運転です。


「エルは暖色の方が似合う。ピンクとか、特にオレンジが」

「そうね、エルちゃんは明るい色の方が似合うわ。じゃあ暖色を基調として……傷を見せないようにワンショルダーのドレスにしましょうか。

その辺りでデザインをお願いしましょう。……ああ、わくわくしてきたわ!」


 いえ、違いました。何だかテンションが高くなっています。瞳がきらきらしております。


「エルネスタ」

「は、はい、ホルスト様」

「……頑張ってくれ」

「え?」

「アマーリエは、君を着飾るのを楽しみにしている。色々大変だが頑張ってくれ」

「……は、はい……」


 ホルスト様の同情的な眼差しに、私はロルフ様のお出掛けの時より張り切っておめかしされるんだろうな、と想像出来てなんとも言えずに苦笑しました。


いつも旦那様は魔術馬鹿を読んで頂きありがとうございます。感想や評価等励みになっております。

後日談に入ってからいちゃいちゃばかりしてますがお付き合い頂ければ幸いです。

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