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奥様のクリームシチュー

 私がロルフ様の元に嫁いで、十ヶ月が経ちました。

 最初は、お世辞にも良い夫婦だとは言えなかったし、そもそも夫婦生活というもの自体していませんでした。ロルフ様は私に興味を持たなかったし、私はなるべくロルフ様を煩わせないように話し掛けませんでしたから。

 あの頃はきっと、仲良くなれるなんて思ってなかった。嫌われない事に必死で、ただ居るだけの存在に徹しようとしていました。


 それでも、今はこうして、お互いを想い合い、本当の夫婦として認め合えるようになりました。あの頃の私からは想像出来ないくらいに、幸せで、暖かい。


 私を愛して下さるロルフ様にとって、私はちゃんと妻らしく振る舞えているでしょうか。


「私、ちゃんとロルフ様の奥さんになれてますか?」


 気になって問い掛けると「何を言っている」とやや不満そう。


「エル程私を理解してくれる女など居ないぞ。側に居て安らげるし、研究に協力してくれるし、触れ合いも許してくれるし、料理だって上手だし、クリームシチューは美味しいし。これ以上にない程に私には有益で……ああいや、利益で判断している訳ではないのだが。何と言えば良い? 兎に角、私はエルを愛しているし、お前以外の妻など考えられない」


 何を当たり前の事を聞く、と表情で物語ってくれるロルフ様に、私はついつい顔が緩んでいくのが分かりました。

 ……そっか、私はとても愛されてるんですもんね。そう思って良いのでしょう?


 ちょっとだらしない笑みになってしまって、照れ隠しに口許に両手を当てて誤魔化して。そうするとロルフ様が「何故隠す」と手首を掴んでやんわりと退かすものだから、私の赤らんで締まりのない顔がロルフ様の瞳に映ってしまいました。


「不安になるなら幾らでも言うが」

「いえ、態度で示されてるので大丈夫ですよ」

「うむ。お前はもっと自信を持つと良い、お前は気立ての良く心優しい妻だと思っているぞ。それに、料理も上手だ」

「まだまだアマーリエ様には敵いませんけどね」

「少なくともクリームシチューはエルの方が好きだぞ」


 お前のクリームシチューは絶品だ、と思い出したのかちょっとうっとりした表情のロルフ様。

 ……ロルフ様、本当にクリームシチュー好きですよね……毎週作っても飽きませんし。流石にアマーリエ様達には毎週は飽きられちゃうでしょうから、少量作ってロルフ様にお出ししてるのですが。


 ロルフ様はお出しする度に美味しそうに食べてくださるので、作り甲斐があります。


「ふふ、ロルフ様の為に頑張ってクリームシチュー作ってますからね」

「……思ったのだが、だからお前のクリームシチューは美味しかったのか」

「え?」

「母上のクリームシチューより美味しかったのは、そのせいかと思ってな」

「……あの、唐突でよく分からないのですが」


 そのせい、と言われても、何がそのせいなのか分からなくて聞き返すと、本人は至って真面目な表情で。


「お前のクリームシチューは美味しいという事だ。何故あんなにも美味しいものか分からなかったのだが、美味しい理由が分かった」

「……理由?」


 それは、人参の大きさとか下味とか味付けそのものがロルフ様の嗜好に合っているから以外他ならないと思うのですが……どうやらロルフ様は別の理由を見付けたようです。


 一体どんな理由が? と問い掛けを込めて窺うと、ロルフ様は何故か自信満々な表情というか、自分の判断を疑わないといった感じで胸を張って、こう返してきました。


「よくあいつらに愛情たっぷりのクリームシチューなんて羨ましいな、と言われていたのだ。つまり、お前が愛を込めて作ってくれていたからあんなにも美味しいのだろう?」

「へっ」


 とても大真面目に言われて、胸が引き絞られたような感覚。それに伴って肺からひゅうっと空気が抜けて、上擦った声が口から滴り落ちるのです。

 ……え、ええと、ロルフ様が仰りたいのは、つまり……私の愛情が隠し味的な事、なのでしょうか。

 い、いえ、確かに愛情はその、込めてますけどね? そういう方向で来るとは思っていませんでした……!


 いきなり過ぎて赤面する前に混乱してしまい、真意を読み取ろうとするもののやっぱりロルフ様は自信満々そう。これが答えだな、と自己完結していらっしゃいます。


「あ、その、そりゃあ丹精込めて作っていますけど……」

「愛情たっぷりか?」

「……たっぷりです」

「そうか。知らず知らずの内に体内に取り込んでいたのだな」


 だからしあわせの味がするのだな、と染々呟きながら頷くロルフ様に、私はもうどうして良いのか分からなくて。

 隣のロルフ様の肩口に額を当てて、頬に抱いた熱を誤魔化すようにぐりぐりと押し付けます。顔を早く冷まさなければ、また真っ赤な顔を見られてしまいます。

 ……ロルフ様、そういう殺し文句はさらりと吐かないで下さい。


 悶絶したいのですが本人が目の前に居ては出来ませんし、額を押し付けるだけで我慢しているのですが……ロルフ様はそれをどう受け取ったのか、何故か頭を撫でられました。

 違います、褒めて欲しい訳じゃないです。いえ、褒められるのは嬉しいですけどっ。


 ううう、と喉の奥を震わせて唸るような声を出しつつ、なでなで続行中のロルフ様をちらりと見上げ。


「……ロルフ様、一つ良いですか?」

「何だ?」

「……恥ずかしい事を言わないで……」

「……駄目なのか?」


 何故駄目出しされたのかはさっぱりらしいロルフ様、実に不思議そう。……ロルフ様は、良くも悪くも、正直すぎて、困ります。


「それとこれとは話が別です、恥ずかしい……」

「恥ずかしく思わずとも、お前の作ったクリームシチューは誇っても良いぞ」


 それは揺るがぬ事実だからな、とこれまた真面目に頷かれて、私はもう「ありがとうございます」とだけ返すので精一杯でした。

 ロルフ様は嘘はつかないので、本当にそう思ってくれているのでしょう。その分言葉の重みは違いますし、破壊力だって桁違い。だから、常にノックアウト気味な私が居ます。


 あうう、と撫でられつつ意味のない音が零れる私に、ロルフ様はゆったりとした笑みで抱き締めてくれました。 


「だから明日はクリームシチューを」

「ロルフ様、乗せようとしないで下さい」


 ……そこで色々と真面目なのを崩しにかかるロルフ様もいつも通りです。


「駄目か……?」

「……つ、作りますけど……」


 そりゃあ美味しいと言ってくださるなら喜んで作りますけど、何だか乗せられている気がして複雑です。


「……狙ってませんよね」

「狙わずともお前は作ってくれる事を知っているぞ?」

「それが狙っているというのですっ」

「……すまない?」


 ちっとも悪いと思ってなさそうな顔ですけど、確実に、無意識ででしょうが狙っておねだりしてるでしょう。

 本人としてはそんなつもりはないのできょとんとして疑問系の謝罪を下さいますが、やってる事は然り気無く誘導してますからね……!


「……もう」

「エルにはいつも感謝してるぞ?」


 感謝の言葉と共に、恐らく分かりやすく感謝を示そうとしたのか、はたまた可愛がろうとしたのか……唇を軽く重ねて、それから至近距離で覗き込むのです。


 口をぱくぱくさせた私に悪戯が成功したような、にんまりとした笑みで、もう一度噛み付くロルフ様。……これじゃあ私、いつまで経っても顔から熱が引かないじゃないですか……! 


「何故睨む。涙目で可愛らしいが」

「もうっ!」


 ロルフ様はやっぱり質が悪いのです……!

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