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二日連続で倒れてしまいました

「お前は体が弱いのか? 流石に二日連続で倒れられると驚きを禁じ得ないのだが」


 今回は早く目覚めたらしく、お昼頃には気が付いて起き上がったのですが、介抱して下さったらしい旦那様の開口一番がこれです。……旦那様のせいなのですが。いえ、私の心臓が違う意味で弱いせいもありますけども。


「……その、体が、弱い訳ではありません。だ、旦那様に、急に抱き締められたから……その、びっくりしてしまって。先にも、言ったかと思いますが……私は、男性との接触をしてこなかったので……」

「お前は箱入りだったのか。これしきで気を飛ばすとは……」


 私の周りの女は寧ろ男より強かで強い、と宣う旦那様。旦那様の働く所は少々一般からは離れている気がする気がするのですが、その辺りどうなのでしょうか。

 ……私が箱入りに近い、というのは否定しません。傷持ちの私はあの事件以来腫れ物扱いでしたし、旦那様に貰われなければ行き遅れて穀潰しになったいたでしょうから。


「だが、前置きをせずに触れた私にも責任があるな。すまなかった、次からは申告して抱き締める事にする」

「そ、そうして頂けるとありがた……えっ?」

「何故不思議な顔をする。お前の事を知る為にも、接触は大切だと思う。互いの事を知る為には触れ合う所からと父上も言った」

「そ、それは物理的なものではなく精神的な触れ合いの事を指したのでは……」

「そうか? そうでなくとも、お前の魔力の性質を見定める為にも触れて確かめるのが一番だと思うのだが」


 何か間違いがあるか? とさも当然のように仰る旦那様。……そうですね、旦那様は私の事を異性としては認識していらっしゃらないが故に、抱擁も平然と出来ますよね。

 旦那様にとって私は興味深い人間というだけなのです。意識する事もないでしょう。……なんというか複雑ではありますが、旦那様らしいです。


「……旦那様は私の事を抱き締めるのに抵抗はないのですね」

「そんなもの必要ないだろう。それに、お前は存外細く柔らかく良い匂いがしたから不快ではないぞ」


 女は皆ああなのか、と感慨深そうな旦那様の一言で羞恥が再び噴出しそうになって、何とか外に流れ出す前に抑えます。


 旦那様に他意はないのです、旦那様は正直な方なので正直な感想を口にしただけなのでしょう。ただ抱き締められただけでまさぐられた訳でもありませんし、旦那様にとってはただの確認とコミュニケーションなのです。

 ……慣れないと私が羞恥で死にそうな気がしますよ。


「もう一度確かめても良いか?」

「旦那様は私にもう一度倒れろと仰るのですね……?」

「だから先んじて聞いたんだが。それなら手を貸してくれ、確かめたい事がある」


 あっさり諦めた旦那様に、私はそれくらいならとおずおず手を差し出すと、旦那様は少しだけ慎重に私の掌に自分のものを重ねます。


 旦那様の掌は、やはり大きい。男性の掌だと直ぐに分かります。

 父親と兄以外殆ど男性とは触れ合う程接していないので、ある意味では旦那様が私とちゃんと正面から触れる初めての男の人。……とても大きくて、温かい。旦那様の掌は、とても落ち着きます。いえ、今はちょっとどきどきしていますけど。


「……やはり、お前と肌を触れ合わせると、微量ではあるが魔力は増幅している。今の所お前が気を失う前に増えた分は減っていないな。増え方も違いがあるから、此処は魔力の量によるのか……?」


 ぎゅ、とにぎにぎして確かめつつ旦那様が考察を始めていますが、私には増やしているつもりも魔力を流している感覚もないので、ちっとも分かりません。旦那様が増えていると言ってるから、そうなのでしょう。


「エルネスタ、少々荒業にはなるが、少し魔力を貰っても良いか」

「どうやって譲渡すれば……」

「私が勝手に頂くから、エルネスタは抵抗せず力を抜いてくれれば良い。拒絶されると不可能だからな」

「わ、分かりました」


 旦那様に身を委ねれば良いならば、私が何かする事もないでしょうし出来る事もないでしょう。

 乞われるがままに力を抜いて旦那様の動向を窺う私に、旦那様は私の手を肌が隙間なく触れるようにしっかりと握り、それからすぅっと息を吸い込む仕草。


 虚脱感が襲うのは、それと同時でした。


 急速に失われる、体を満たしていた何かが吸われていく感覚。背中を羽毛でなぞりあげるような、気味の悪い感覚が背筋を走り、ベットの縁に腰掛けていた状態から体が傾いで。


 ぱ、と旦那様が受け止めてくれなければ、ベットから転がり落ちていたかもしれません。


「……すまない。お前には慣れない感覚だったな。元より魔力自体は多い訳ではないだろうから、きつかっただろう」

「……だ、大丈夫です、これでお役に立てたなら……それに、旦那様が受け止めて下さいましたし」


 ありがとうございます、と眉を下げて微笑むと、何故か旦那様は面食らったような顔をするのです。……私、おかしな事を言ったでしょうか……?


「ロルフ、居るかい? エルネスタは起きて……おや、邪魔したかな」


 旦那様の反応がよく分からなかったもので首を緩く傾げていたのですが、部屋の扉からノックの後直ぐにホルスト様が現れました。私達の姿を見るなり微笑ましそうに瞳を細めたホルスト様に、今更ながらに体勢に思考が至り慌てて離れるのですが。


 じ、事故ですし状況が状況でしたので、抱き止められて密着していた事に気付きませんでした。多分、旦那様は先程は顔をトマトのようにしたのに今回は何故顔を赤らめないのかと疑問だったのでしょう。


「い、い、いえ、そんな事はありません」

「そうかい? 具合は良くなったかな?」

「はい、お陰様で」

「それは良かったよ。抱き締められただけで倒れてしまうと聞いたから、色々心配していたんだが……心配は要らなそうだね」


 朗らかに、そしてちょっぴりからかいを含んだ声に旦那様はむっとしていましたけど、私としては思い出すととても恥ずかしいので言わないで欲しかったです。

 私達の視線を受けてもホルスト様は上機嫌のまま。ホルスト様も私達の壁というか距離を気にかけてくれていた御方なので、私達がちゃんと近付いている事に安堵したのでしょう。


「……まあ、丁度良かった。父上、エルネスタと手を繋いで下さい」


 何だかあまり嬉しくなさそうだった旦那様ですが、いきなりそんな事を言い出したので私は戸惑うしかありません。何故ホルスト様と……?


「私がか?」

「確かめたい事があるので、お願いします」

「それは構わないけど……エルネスタは?」

「私も構いませんよ」


 これも、旦那様の研究なのでしょう。増幅能力なるものがある私の魔力が、他者にも通用するかどうか。まずは血縁からという事で父君であるホルスト様に協力して貰って確認したいのでしょう。

 ほんのちょっとずつですが、旦那様の考えが読めるようになってきました……というよりは、これしか意味が考えられないですし。


 それなら、と遠慮なく差し出された手を握る私なのですが、旦那様はその光景に「……何故私の時だけ過剰反応するのだ」と解せなさそう。だ、だって、旦那様はその、夫で、特別ですし……。

 それに、綺麗で、何だか触れるのが少し恐れ多いというか。ホルスト様も優しげな渋さで素敵なのですけど、旦那様はきらきらした美しさと言いますか。美人さんで、やはり緊張してしまいます。


「……どうですか父上、魔力が増えるという感覚はありますか?」


 不満げな表情を消して確認するように問い掛ける旦那様。


「え? いや、そんな事はないけれど」


 けれど、ホルスト様の口からは私達が期待していたであろう言葉は出ませんでした。とても不思議そうに此方を見てくるホルスト様は、嘘を付いているように思えませんし、嘘をつく必要性もなければ嘘をつく方でもありません。


 ……まだ他の方にも試してみないと分かりませんが、もしかすれば増幅されるのは旦那様だけ……? でも、それだとしたらどうして旦那様だけに?


「……そうですか。ありがとうございます」


 旦那様の口調からは、落胆は見られません。驚いてもいない、というよりは顔に出さないだけかもしれません。ただ、少し考え込むような表情で。


「……ところで父上、何の用事ですか」


 暫しの黙考の後に繰り出した言葉は、ホルスト様への問いです。


「ああ、食事の準備が出来たからとアマーリエが」

「あ……お手伝い出来ずにすみません……」

「いやいや構わないよ。アマーリエが作るのは趣味のようなものだからね。今日の昼御飯はローストチキンのサンドイッチだよ」


 嫁いできたというのに何も出来ていなくて気を失っているだけなんて笑えません。三人は気にしないでしょうけど……。まあ私が居なくともこの家にはお手伝いさんが居るので、家事系は任せきりでも大丈夫なのです。

 ただ私としてはやる役に立ちたいという気持ちがあるので、お料理などは手伝っているのですが……今回はアマーリエ様に全部任せてしまったようです。


「……そうですか」

「おや、今日は喜ばないのか」

「……サンドイッチは研究しながらでも食べやすいから好んでいただけで、特段好きという訳では。そもそも好きな食事というのは特にないですし……」

「おや。でもクリームシチューは好きだろう?」


 ホルスト様の揶揄するような声に、旦那様は口を噤んでしまいます。

 クリームシチュー、と反芻すると、旦那様は何だかきまずそう。


「旦那様、クリームシチューが好きなのですか?」

「小さい頃から好きでね。おかわりする程食べていたよ。あの頃は可愛かったというのに、今はこんな無愛想になってしまってねえ」

「……父上」


 昔の事はあまり触れられたくなかったのか、旦那様は少し不機嫌そうにホルスト様を睨んでいます。……おかわりする幼い旦那様というのも、中々に可愛らしいのではないでしょうか。元から整った顔立ちですし、小さい頃はとても可愛かったのではないかと推測したり。

 

「え、えっと、でも旦那様は、今でも笑うと可愛らしいと思いますよ……?」

「おや」

「……エルネスタ」

「も、もうしわけありません、つい」


 さっきの笑顔を思い出してつい口に出してしまって、今度は私の方に鋭い視線が飛んできました。怒っているのではなくて、ちょっと不貞腐れたようなもので……ちょっとだけ、可愛らしいとか思ったのがばれたらまた睨まれそうです。


 ホルスト様はそんな私達ににこにこと満足げな笑みです。


「二人で仲良くなったなら良かったよ。じゃあ行こうか、アマーリエが準備している」

「はい」


 アマーリエ様を待たせる訳にもいきませんし、食卓に三人で向かう事にしました。


 旦那様はクリームシチューが好き。……アマーリエ様に味付けを教えてもらって今度作ったら、喜んで頂けるでしょうか。今度、お願いしてお料理を教われたら、良いな。

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