表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/121

奥様のお掃除大作戦+α

 私の旦那様は、研究が大好きなお方です。

 兎に角四六時中研究の事ばかり考えていて……いえ、ロルフ様に聞いたら『最近はエルの事も考えているぞ』というお言葉を頂いたので、私と研究でしょうか?

 まあ兎に角研究の事がかなり頭を占めているロルフ様です。


 仕事は勿論私生活でも研究の事ばかり。

 あの時再現出来た古代魔術はまだまだ改善の余地があるという事で、楽しそうに術式の再構成から実験を繰り返しています。おうちでも、研究室で色々と取り掛かってますからね。


 ……研究にばかり目がいくのは、構わないのです。そればかりに囚われるのも、ロルフ様らしくて結構です。私に構えとも言いません。ですが、言いたい事はあります。


「ロルフ様、宜しいでしょうか」

「何だ?」

「そろそろ真面目に研究室のお片付けをしましょうか」


 にっこりと微笑むと、ロルフ様は唇を結んでちょっと身を縮めてしまいました。


 今日は休日でロルフ様も一日居ますし、古代魔術の件はひとまず一段落していて、比較的時間に余裕があります。そこで、私は前々から言いたかった事を言わせて頂きました。


 食後の団欒の最中に切り出したので、アマーリエ様達も私達に意識を向けてきます。因みに、私の一言にアマーリエ様が頷いているので、アマーリエ様の頭も悩ませていた事は明白です。


 ロルフ様は、とても散らかすのがお上手……いえ、この際はっきり言うと片付けるのが下手というか片付ける気がないのではないかと思うくらいに、部屋を散らかします。

 足の踏み場がない状態ですからね、今。床に資料を置かない方がと言っても癖で置いてしまうみたいです。というか机の上が散乱してるから必然的に床に置く事になるのです。


 その散らかしっぷりが最近目に余ってきたので、此処ははっきり言わねばと思い立って、ロルフ様に進言しました。ロルフ様は、ちょっと億劫そうと言うか気乗りしてないみたいですけど。


「今日のお休みはお掃除に勤しみましょう。一日で片付くかは分かりませんが……」

「……片付けないと駄目か?」


 私はあのままでも、と零すロルフ様。

 ……ロルフ様は良いのかもしれませんが、ごめんなさい、私が耐えられません。片付けたくて仕方ないのです。……それに、私下手したら資料でまた転びそうなので。


「ロルフ様、私達の始まりの日を思い出して下さい。書類まみれで床に転がっていたロルフ様を、私は踏んづけました。書類で足を滑らせて転びました。もうあの思いをするつもりはありませんから。良いですね?」

「……異論は」

「認めますが、書類を無くして研究室を引っくり返したのは一週間前です。困ったのはロルフ様。その点を踏まえて下さいね。もう一度言いますが、整理に乗り出しても良いでしょうか」


 ロルフ様は記憶力はあるのですけど、コルネリウス様も研究室に出入りしますし、コルネリウス様も資料とかを見たり貸し借りしたりするので、混ざったり場所が移動したりで把握しきれていないみたいです。


 欲しい資料が見当たらなくて研究室を探し回って漸く見付けたけど今度は別の資料が行方不明になる。それをこの間何回か繰り返したので、そろそろ整理するべきだと思いませんか?


 笑いかけると、これ以上反論は出なかったらしくてロルフ様は渋い顔で「……ああ」とやや躊躇いつつも頷いてくれました。


「うわー、ロルフがエルちゃんに言い負かされてる」

「コルネリウス、あなたも他人事じゃないのよ」

「兄弟揃って片付けしないからなあ。まあコルネリウスの方がマシかなって程度だし」

「誰に似たのでしょうね?」

「すみません」


 コルネリウス様もお片付けが苦手なのかお部屋には機材や材料が散乱していたりします。……それはどうやらホルスト様に似たらしいです。

 アマーリエ様の笑顔に冷や汗を掻くホルスト様に、親子って似るんだなあと実感ですね。


「兎に角、今日は徹底的にお片付けとお掃除しますからね」

「やる気満々だな」

「今まで我慢してましたから。勝手にお片付けする訳にもいきませんから口出しまではしませんでしたけど。さあロルフ様、頑張りましょうね!」


 意気込む私とは正反対に気乗りしてなさそうなロルフ様ですが、今回ばかりは私も転んだり家探し紛いの事をするのはもう御免なので、強行させて頂きます。

 ぐっ、と握り拳を作った私に小さくロルフ様が「何だか人が違わないだろうか」と呟きましたが、ちょっとスルーさせて頂きました。

 ……だって、あそこまで片付いてないと落ち着かないですもん。




 そんな訳で、早速ロルフ様の研究室に。

 正直な所、これは酷いの一言です。何故資料が床に山積みになるのでしょうか。


「取り敢えず散乱してる資料は一旦外に出しましょう。後でロルフ様に聞きつつ種類別に纏めますので。出してから掃き掃除と拭き掃除から」

「ああ」


 一度やると決めたらちゃんと実行してくれるロルフ様、私のやる気にちょっと触発されたみたいです。


「本も指定して頂ければ本の系統別に著者順タイトル順閲覧頻度順お好きなように並べ替えて戻しておきます。それから機材は私が触れて良いのか分かりませんのでロルフ様が指示して下さい」

「よくやる気になるな」

「だってこんなに散らかってるんですもん」

「……はっきり言うようになったな」

「あ、ご、ごめんなさい」


 ……私が勝手にやる気を出しているだけですし、寧ろロルフ様からすればお片付けしようなんてありがた迷惑かもしれません。

 ロルフ様はロルフ様なりの美学で散らかして……いえそれはないですね、でもロルフ様なりに使いやすいように物を置いてるのかもしれませんね。……よく資料紛失してますが。


 もしかしてお節介では、と今更ながらにその可能性に気付いて尻込みしかけますが、ロルフ様はゆるりと首を振ります。


「いや、エルが正しい。私が片付けが不得手なのが問題なのだろう」


 どうしても散らかしてしまうからな、と少し申し訳なさそうに付け足すロルフ様。本人も自覚はあったようです。この状態が快適空間とは思ってはいないみたいで、安心というか。


「じゃあ丁度良かったですね」

「丁度良かった?」

「私が得意なら、釣り合いが取れるでしょう?」


 ロルフ様がお片付け苦手だったとしても、私が好きでしたがるなら、バランスが良いと思います。いえ出来ればロルフ様にも小まめなお片付けを願いたいところですが、しなくてもカバー出来ますし。


 互いの出来ない事を補っていく関係というのも、中々に素敵だと思うのです。


 そう笑うと、ロルフ様も穏やかな笑みで「……そうだな」と同意して下さいました。


「但し、ロルフ様も自分で片付ける努力をなさって下さいね。後で纏めて片付けようと後回しにするから散らかるのです」

「……努力しよう」


 でも此処は譲れない、とちょっぴりだらしない旦那様に注意しておくと、ちょっと唇を尖らせたものの頷いてくれました。




 それから、お掃除に掛かります。

 うちもメイドさんが居るには居るのですが、研究室には絶対に他人を入れないので掃除する者がおらず、散らかる一方でした。埃とかも溜まっていますし。


 お邪魔してる時にある程度私が綺麗にはしてましたが、それでも本格的なお掃除は多分これが初めてかもしれないそうです。……俄然やる気が出てきますね。


 早速、お掃除を開始。取り敢えず先にも言った資料を外に出す事からスタートです。……それにしても多いのなんの。

 書いてる事は専門的すぎてさっぱり分かりませんが、ちょこっと勉強しているお陰で術式については何となくこういう効果があるのだな、くらいは分かります。まあ、発動はとても出来なさそうですが。


 ……いけませんね、お掃除トラップに引っ掛かりそうになっていました。こういう、資料や本とかを見ると掃除そっちのけで読みたくなってしまうという罠が……ええ、ロルフ様が引っ掛かってました。


「ロルフ様、出来れば後にして頂けませんか」


 立ち止まって早速外に出そうとしていた資料を読み始めたロルフ様をつつくと、我に返ったらしいロルフ様。


「……その、つい」

「私も気持ちは分かります。後で幾らでも読んで頂けば良いので」

「……ハイ」


 何故か気まずそうというか、掃除を始めてからやけにロルフ様が下手に出てくるというか。散らかした事に負い目を感じている……のでしょうか?

 別に怒ったりする訳じゃありませんし、私が怒る権利とかないですしそもそも怒るつもりもないのに。


 よく分かりませんが今日のロルフ様は普段のマイペースさを発揮した瞬間にはひとりでに悄気てしまっています。


「あの、お掃除嫌なら私一人でしますよ?」

「いや、そんな事はない! エル一人にさせるつもりはないぞ!」

「そうですか? でも、気乗りしてなさそうですし……」

「違う、そうじゃなくてだな……だらしないという事を思い知らされて、自分が情けないというか……その、幻滅されないか心配で」


 しゅん、と眉を下げてもごもごと言いにくそうに呟くロルフ様。……そんな事気にしていらっしゃったんですか。


「私がそんな事でロルフ様に愛想をつかすと思いますか?」

「……思わないが」

「なら気にしないで下さい。実際、ロルフ様の事幻滅したり嫌いになったりなんてしませんから」

「本当か?」

「逆に聞きたいですけど、そんな移り気に見えますか?」

「見えない」


 ゆるりと首を振ったロルフ様に「でしょう?」笑いかけて、私はお掃除の続きに励みます。

 ……もう、ロルフ様ってば。私がロルフ様の事嫌いになる訳なんてないのにね。


「さ、お掃除の続きしましょうか。……私、ロルフ様とこうして共同作業するの初めてで、楽しいです」

「よし、やろう」


 私の言葉に何故か俄然やる気を出してしまったロルフ様に首を傾げながら、じゃあ頑張りましょうと指示を出す事にしました。




「……おお、綺麗になったな」


 それから、日が傾くまでお掃除を続けた結果……生まれ変わった研究室。本は本棚に、資料もそれぞれ一纏めに、機材は拭いたり洗ったりしてぴかぴか。埃や染みなども頑張って取り除いて、すっかり綺麗な状態です。

 ……まあ普通こうなってる筈なので、まっさらな状態に戻ったと言えますけど。


 それにしても、ロルフ様はやる気を出すととても仕事が早かったです。資料はタイトル言うだけでこれはどれとどれでとか見抜いて分けていらっしゃったので、びっくりしちゃいました。


「そうですね、頑張った甲斐がありました。あとはこの状態を保って頂ければ」

「善処する」


 散らかしちゃ駄目ですからね、と注意しておくと真面目に頷かれたので、多分そう簡単に散らかる事はないと思います。私も目を光らせておけば良いですから。


 出来映えに満足して、それから自分達の格好を見て苦笑い。

 ……着古したワンピースを着ていたからまあ良いのですが、やっぱり大掃除したせいかよれて皺になったり埃がついたり煤けたりしてます。私自身、埃を被ったりしてますし。


「……それにしても、汚れちゃいましたね」

「そうだな。これは夕食前に風呂に入らないと母上が食卓に入れてくれまい」

「流石に此処まで汚れちゃうとは思ってませんでした。あと少しで夕食でしょうし、手早く入浴を済ませないといけませんね」


 へとへとであまり動きたくはないのですけど、早くしないと夕食が出来てしまってアマーリエ様達を待たせてしまいます。それに、汚いままで居るのは衛生上良くないというか。


 なのでどちらが先に入りますか? と聞こうとして、体が浮かぶ感覚。

 あれ、と思った時には、私はロルフ様に横抱きにされていました。


「……ロルフ様?」

「風呂に入るのだろう?」

「は、はい」

「だから連れていこうと思って。どうせ私がお湯を張るのだから私が行かなければ入れまい」

「そ、それはそうですね。……何故横抱きにしているので?」

「エルが疲れているようだから」


 ……そんなに顔に出ていたのかな、と思いつつ気遣って下さった事が嬉し……いやいや流されては駄目でしょう私。


「あの、ロルフ様。疲れているとはいえ、一人で入れますからね?」

「一緒に入った方が効率が良くないか? 時間もないのだし、手早く済ませたい」

「一緒に入るのですか!?」

「問題があるのか?」


 何を慌てる、と不思議そうな顔するロルフ様ですが、問題以外の何物でもないでしょう! お風呂って事は一糸纏わぬ姿を見せるという事ですからね!?


 タオルを巻けば良いのでしょうけど、それでも恥ずかしいに決まってます。見られるのも恥ずかしいし、ロルフ様の肌を見るのも恥ずかしいに決まってる……!


「別に夫婦なのだから問題あるまい。マルクスも言ってたぞ、裸の付き合いは大切だと」

「ちょっとマルクスさん!? 何を吹き込んでるのですか!?」

「仲良くする秘訣なのだろう? それに、別に私は見られても気にしないぞ」

「私が気にするんですってば!」

「傷は気にしないが」

「裸を見せるのは誰だって恥ずかしいでしょう!」

「ふむ、まあそれもそうだな」


 よかった、そこの羞恥はあったんですねロルフ様。ロルフ様って羞恥が薄いというか無頓着な方だから、気にしないものかとばかり。


「しかし、妻に見られる事に何の問題が? 逆に私が妻の体を見ても差し障りはないだろう」

「そ、そんなの……」

「お前の体は恥じるものではないぞ」

「は、はい」

「だから一緒でも問題ない」

「その結論に持っていきたかっただけですよね!?」


 そんなに入りたいのですか、と悲鳴じみた声で聞くと正直に頷かれて、逆に毒気がぬかれるというか。

 ……どうせロルフ様だから変な意図はなくて手早く済ませたいからとスキンシップしたいからなのでしょう。


 ……それはそれでどうかと思うのですが、そういう意図がないならまあ良い……いやいや良くないです。まだ清い身で一緒にお風呂ってどうなんですか!


 やっぱり無理です、と首を振って全力で拒否の意思を示す私に、ロルフ様は分かりやすく悄気てしまいました。

 ……ま、負けてはなりません、負けたら最後、一緒に入浴の習慣が付いてしまいます……。私の心臓が破裂しないようにする為にも、此処は断固拒否の姿勢を取るしかありません。


「兎に角、駄目です」

「……そうか……」


 しゅーん、と捨てられた子犬にも似た寂しそうな瞳が私を捉えて……ううう。


「ええと、その、嫌とかじゃなくて、もっと段階を踏まえてするべきだと思います!」

「段階……」

「だ、だから、今度にしましょうね」

「……ふむ。では今度だな」


 今日は諦めよう、と引き下がってくれた事にほっとしつつ、何か自分で後の自分を追い込んでいる気がしました。私の馬鹿。


 ……今度はほんとに一緒にお風呂入る気満々ですよねロルフ様。……絶対にタオル巻いてロルフ様に目隠ししよう。決めました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ