旦那様のホワイトデー
活動報告でUPした小話です。もしもホワイトデーがあったら(エルがチョコを渡してる前提)、というネタなので本編とはまた違った時間枠にあります。時間的には本編後設定。
ロルフ視点です。
今日はホワイトデー、という日らしい。何でもバレンタインデーに女性からチョコレートなどを貰ったらお返しをしなくてはならない日、だそうだ。出勤前に兄上に呼び出されてこんこんと説かれて出勤したらしたでヴェルとマルクスにこれまた語られた。
……つまり、私はエルにお返しとやらをするべきだ、という事なのだろう。
そういう日があると初めて知ったのだが、返すべきなら返そうと思う。エルがあの時チョコレートを渡してきたのはそういう意味があったのだろう。結局二人で食べてしまったが。
……だが、何をお返しにすれば良いのだろうか?
「そりゃあ濃厚な一夜を、げぶっ」
「マルクスは下品だから口を慎もうねー、エルちゃんが初心なのにそんな事させる訳にいかないからねー」
「……何を言おうとしたのだ?」
「や、その調子だとまだ何でもないよ」
「まだ何でもないとは言葉がおかしいと思うのだが……」
真剣に贈り物について考えていて話を聞いていなかったのだが、ヴェルの有無を言わさぬ笑顔で話は無理矢理中断された。マルクスは鳩尾に拳を叩き込まれていて踞っている。
恐らく下品な事でも口走ったのだろう、人の妻に何を考えているのだ。
「それで、何が良いだろうか」
「色っぽい寝間着とか」
「ヴェル、何が良いと思う?」
「そうだねえ……やっぱり妥当なのは花とかお菓子だとは思うんだけど……」
「えっ俺無視?」
お前の意見を聞く訳がないだろう。
そもそもエルはあまり肌を出すのは好まないというのに、色っぽい寝間着とやらを贈っても着てはくれない。……まあ、着たら似合うと思うのだが。薄衣を纏った恥じらいに染まるエルはさぞ可愛らしい事だろう。
ただ、そうなるとかちこちになってシーツにくるまってしまうのだが。
……どうしたものか、それも悪くはないと思うのだが、流石にこれは私の良識が疑われるので却下だ。何だか私の忍耐上とても宜しくない気がする。マルクスのような下品な妄想をしてはエルが可哀想だろう。
「今俺が貶された気配がしたんだけど気のせいか」
気のせいだ。
「それではやはり、甘いもので攻めるのが良いだろうか」
「そうだね、甘いものは好きみたいだから無難なのはそこだと思うよ」
「そうだな、エルネスタは高価な物を贈ると気後れするし。エルネスタならどんなものを着けても愛らしいのにな」
自分に自信を持ったエルだが、それでもあまり着飾るのは好きではないらしい。高価な装飾品やドレスを贈ろうものならぶんぶんと首と手を振って遠慮するだろう。
……別に、エルが似合わないとは全く思わないのだが。エルは可愛いし小柄だが細くて出る所は出ている体格だ、ドレスを着ても充分似合う筈。一度着せてみたいのだが、エルが恥ずかしがって着てくれないので諦めていた。
何故、あんなにも嫌がるのだろうか? 傷ごと愛するし傷すら愛おしい。それは充分理解してくれていると思うのだが、それでもドレスや肌が出るものは着ようとしないのだ。
きっと似合うし可愛いと思うのだが。
「取り敢えず、お菓子で攻める方向にしてみようと思う」
「まあ頑張って。どうせロルフから貰ったものなら何でも喜ぶだろうから」
かなり身も蓋もない事を言って応援するヴェルは、何処か呆れたような顔をしていた。マルクスはマルクスで「これが妻馬鹿ロルフか」と何とも言えなさそうな顔をしていた。
……はて、私はエル馬鹿になった事を二人に伝えただろうか?
取り敢えず二人にも早く帰ってやれと言われたので仕事を猛スピードで終わらせて、街に寄ってから帰る。因みに買ったものはエルの好きなチョコレート。前のようにウィスキーボンボンは買っていない。
……いや、エルが酔ったらさぞ可愛らしい(というか実際に可愛いし普段より甘えん坊になるから尚更可愛い、いや普通の状態でも勿論可愛いのだが)だろうが、流石に酔わせるつもりはない。ホワイトデーとやらに酔って記憶が曖昧になるなんて嫌だろうからな。
「ただいま」
「おかえりなさい、ロルフ様」
帰ったらエルが待ち構えていて笑顔で駆け寄ってきたので、私はそのままエルを抱き留めて暫くエルを堪能する事にする。
……相変わらず小さいな、私より頭一つ以上低いし、すっぽりと腕に収まってしまう。体つきは女性そのもので柔らかくて触れていて気持ちいいのだが、時折細さに折れてしまわないか怖くなる。やはり少し太らせた方が良いのかもしれない。
「……あの、ロルフ様、何処触っているのですか?」
「腰だが」
「……こんな所で触るのはどうかと思うのですが……?」
「じゃあ寝室で触れば良いのだな」
そういう意味じゃないのですが……と零したエルに軽く口付けると、顔を真っ赤にして「ロルフ様は時々恥ずかしい事ばかりします」と唇を尖らせる。
その顔すら可愛くて尖った唇にまた噛み付くと恥じらいに瞳を潤ませて背中を叩くエル。やり過ぎたのか、瞳を伏せて腕から逃れようとしていた。耳まで真っ赤で、やはりとても可愛らしい。
流石にこれ以上此処ですればエルは羞恥のあまり暫く口を聞いてくれなくなってしまうので、名残惜しいものの止めておき、それから完熟林檎の頬をしたエルの頭を軽く撫でた。
これだけで機嫌は直ってはにかみを見せてくれるのだから、私の妻は何処までいじらしく愛らしいのだろうか。
「エル、今日はホワイトデーだろう? チョコレートを買ってきたんだ、食後に食べようか」
「えっ……お、覚えて下さっていたのですか?」
「忘れる訳がないだろう」
正しくは貰ったことはしっかり覚えていたが、ホワイトデーそのものを知らなかったので当日になって教えられた、だが、まあ忘れてはいないので良いだろう。来年からはもっと考えてお返しをしようと思う。きっと、エルは来年もくれるだろうから。
来年は、何を贈ろうか。そう考えると、心が弾むのが実感出来た。
「えっと、ロルフ様」
「何だ?」
「……大好きです」
改めて、言いたくなって。
そうはにかみながら囁いた愛しい妻に、私は堪らずにもう一度唇を重ねて呼吸すら奪ってしまう。
……何処までエルは私の心を奪えば良いのだろうか。私は何処までもエル馬鹿になりそうで、怖い。しかしそれもまた幸せなのだろうと確かに思えるから、エルの愛にずぶずぶと沈んでいくのも悪くない。
充足感すら覚えてしまって自分も随分とエルに惚れ込んでいるのだなと自覚しつつ、頬を染めながら受け止めてくれるエルにまた口付けた。
……まあ、いつまで経っても戻らない私達を不審に思って呼びにきた兄上に見付かって、寝室でしろと言われる事になるのだが。




