旦那様は積極的です
正式に、というか気持ちを確かに漸く本物の夫婦になった私達ですが……ロルフ様はとても分かりやすく、愛情表現をしてくれるようになりました。
「エル、おはよう」
まず、私への声も視線も表情も甘い。
ロルフ様は顔立ち自体何処か冷たさのある怜悧な顔立ちなのですが、それをとろけんばかりに緩めて、私を熱っぽく見つめてきます。眼差しは愛おしげ。
ひたすらに、私に態度で分かりやすく好意を示して来るのです。その堂々さと言えば家族もある意味で舌を巻いているみたい。
「おはようございます、ロルフ様」
「ああ」
笑顔で返すと、ロルフ様も嬉しそうに微笑んでは私の頬に口付けを落とし、そのまま反応を窺って来ます。
どうやらロルフ様は私の恥ずかしがる顔が好きみたいで、どうしたら喜んでくれるかと試したりしているみたいです。
……そのチャレンジ精神は止めて頂きたいのですが、主に心臓の為に。
けど頬に口付けは大分慣れて……といっても恥ずかしいには恥ずかしいのですが、喜びが大きいですし何とか顔には出さずに済むのですが、それがもの足りなさそうなロルフ様。
一日一回は恥じらわせたいらしく、色々仕掛けてくるから中々に気が抜けません。
……まあ、コルネリウス様からすればこういうやり取りは「夫婦のいちゃいちゃ」らしく部屋でやってくれだそうで、基本は寝室でしかこの攻防(?)は起きないのですが。
今日はちゃんと恥ずかしがらずににっこり笑顔を返せたので完璧です。
ふふ、と笑みを浮かべるとロルフ様はちょっと呆気に取られたようで、それからゆるりと口の端を吊り上げて。
「……エル」
そのまま、耳元で甘い甘い声で、私の名を囁くのです。
愛情のこもった低音にびくんと体を震わせると、ロルフ様はそのままかぷっと、耳を甘噛み。堪らず「うひゃん!?」と上擦った声が漏れて、体を離そうとするものの、ロルフ様にがっちりホールドされているのでそれもままなりません。
熱っぽい吐息を耳に注がれながら、ロルフ様の指はするすると首筋をなぞるので擽ったくて仕方ありません。
まだ、傷痕をなぞられていないので良いのですが……あれはとても恥ずかしいのです。下手すると寝間着の内側まで手が侵入してくるので、本当に油断ならないのです。
……嫌とかじゃないですけど、まだ早い、し。いえ、求めてくれるなら、その、喜んで受け入れますけど。
暫く唇で肌に触れられて、頬に口付けは慣れていてもこんなの慣れる筈がなくて一気に頬を赤らめた私に、ロルフ様は顔を離して満足そうな笑み。
「今日も私の勝ちだな」
「……勝負していた覚えはないのですけど、負けました。ほ、ほんとに朝から心臓に悪いです……」
「ならば夜の方が良いか?」
「それはそれで困りますっ」
夜の方がかなり危険です、色々な意味で。
「ろ、ロルフ様、起きて支度しなきゃ駄目ですよ」
「……もう少し触れていたい」
「昨日もそれで三十分無駄にしたじゃないですか……」
「何を言う、エルとの時間は無駄など一秒たりともないぞ」
そこは真顔で答えるロルフ様ですが、……そっちの発言の方が、恥ずかしいです。意図してない方が、ロルフ様は私を照れさせるのに。
「と、兎に角駄目です、起きましょう」
「……仕方ない。帰ってきたら続きだぞ」
「続かないですっ、ふ、普通に触れ合いましょう!」
「分かった、普通に触る」
……あれ、何か言質を取られた気がします。これは帰ってきたらベタベタされる流れなのでは……? い、いえ、嬉しいのですけど、ロルフ様お風呂にも一緒に入ろうとするし……。
疚しい気持ちがないのは存じていますけど、無理です。恥ずかしくて死んじゃいます。今からこんなのでは自分でも先が思いやられるのですけど、は、恥ずかしいし……。
では帰ったらな、と頬を緩めて頭を撫でられたので、漸く起きてくれた事を喜べば良いのか夜を想像して恥じらえば良いのか分からなくて、ロルフ様の胸に額をくっつけては小さく「はい」と答えるしかありませんでした。
ロルフ様が身支度を整え私も別室で身支度をした後に、朝食なのですが……何と言うか、コルネリウス様にはにやにやされるしアマーリエ様とホルスト様には微笑ましそうにされるし……。
別に、何かあった訳じゃないのにそういう眼差しで見るのは止めて欲しいです。……そりゃあ、紆余曲折の後にくっついた私達をずっと見守ってきてくれたから感慨深いものはあるのでしょうけど。
「行ってらっしゃいませ、ロルフ様」
「ああ、行ってくる」
家族の生暖かい眼差しを甘んじて受け入れつつ、出勤前の見送りに。
ロルフ様は相変わらずお仕事は大好きですけど、それと同じくらいに私を愛して下さっているみたいで微妙に研究所に行くのを渋るのですよね。
私を同伴したいと常々言っていますが、流石に研究所に席を置いていない私を入り浸らせる訳にもいきませんし駄目だと言っていますけど。
ちょっぴり名残惜しげなロルフ様は私を腕の中に収めて、存在を記憶するかのようにぴったりと寄り添うのです。
……ロルフ様ってば。
「お仕事、行かなきゃ駄目ですよ?」
「行く」
「その割に離そうとしないのですが……」
言葉とは裏腹に私の体を抱き締めたまま。……これじゃあいつまで経っても出発しない気が。
「もー……ロルフ様、駄目です。お仕事でしょう」
「分かってる」
「……ロルフ様、こ、これで我慢して下さい」
流石にこんな事でお仕事を休むのは良くないので、何とかロルフ様のやる気を出させようと、……その、背伸びをしてロルフ様の首に口付けると、ロルフ様の体が岩のように固まります。
本当は頬にしたかったのに身長差のあまり妥協で首にしてしまったのですが、それが効果的だったのか、ロルフ様はぴきーんと硬直。……あれ、ぎゃ、逆効果だったでしょうか……。
「その、ロルフ様……ひゃっ!?」
微動だにしなかったロルフ様が何だか怖くて恐る恐る声を掛けたのですが……次の瞬間には、思い切りロルフ様に抱き締められて同じように首筋に口付けられたのです。
いえ、同じというには明らかに強さが違うというか、ピリッとした痛みが、首筋に走って……。
まさか、とロルフ様の胸を叩いて抗議すると、肌を吸っていたロルフ様は実にご満悦そうに口の端を吊り上げて、痛みの走った所をそっとなぞります。……ろ、ロルフ様、今、痕……っ!
「す、する時は言ってくれる約束だったじゃないですか!」
「した」
「事後報告じゃなくて! 何でみ、見える所に……」
「大丈夫だ、襟で隠れる。今度からは見えない所にしよう」
「し、しちゃ駄目ですっ、恥ずかしいのに……っ」
「恥じらう顔も好きだから大丈夫だ」
「大丈夫じゃないですよ!?」
絶対楽しんでますよね、と涙目でちょっと睨むと、ロルフ様は喉を鳴らして笑って、宥めるように私の頬に口付けを落とします。
……な、何で立場が逆転しているのでしょうか……さっきまで、私がロルフ様を宥める立場だったのに……。ロルフ様のやる気の為に恥ずかしさを堪えてしたつもりが、倍どころじゃなく返ってきて、私はもう一杯一杯です。
「……ロルフ様……は、早くお仕事に行かなきゃ駄目なんですからね」
「分かった、エルを補充したし行ってくる」
このやり取りで満足したのか、ロルフ様は私を一度強く抱き締めて額に口付け、そのまま屋敷を後にしました。
……私だけ朝から疲れた気がするのですが、気のせいでしょうか……? いえ、好きですし嬉しいですけど……ロルフ様、大胆過ぎて心臓に悪いです。
はあ、と吐いた息すら熱を持ってしまっていて。
この調子だと帰って来た時にまたくっつかれるんだろうな、なんて期待と羞恥をないまぜにしながら予想して、静かに溜め息をつく……ものの、どうしても頬が緩んでしまうのは、誰も見ていないから良いですよね。
……愛されてるって感じるので、恥ずかしいけど……喜びの方が、強かったりします。ロルフ様に嬉しいと伝えれば、もっともっと愛を注いでくれるのは分かるのですが……その、溺れそうなので、内緒にしておきましょう。今だけでもどっぷりと浸っているのですから。
お仕事に行ったばかりなのに早く帰って来ないかな、なんて思ってしまう私もロルフ様に惚れ込んでいるのは自覚しつつ、ロルフ様に刻まれた痕を撫でながらひっそりと笑みました。
……この痕をコルネリウス様に見付かって、仲が良いねなんてからかわれるのは、また別のお話。
後日談開始です。こちらはまったり更新でいきます。
(活動報告にUPしたホワイトデーとエイプリルフールネタを此方に投稿しても良いのかなとか迷い中)
それから、もう一つ新連載を始めました。
『婚約者の大人で子供な事情』というお話です。よろしければこちらも読んで頂けたらなあと思います。




