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愉快な子供達

「まあ一番は実践だよね」


 ヴェルさんの訓練が始まって数回、理論はきっちり予習しておいたのでそこまでヴェルさんの手を煩わせる事もなく順調に訓練は進んでいたのですが……ある日、そんな事を言い出したヴェルさんに、私は馬車に連れ込まれました。

 因みにアマーリエ様には許可を貰っているそうな。


 当然行き先も目的も聞いていないので戸惑ったのですが、ヴェルさんは笑顔で「着いたら分かるよ」と説明してくれなくて、頭に疑問符を浮かべながら連行されます。


 暫く馬車に揺られると、街に向かっているようで前に行ったきりの街並みが見えてくるのですが……それすらも通り越して、どんどん中心部から遠ざかっていきます。

 そして辿り着いたのが、閑静な住宅街……というか、失礼ながら些か寂れたような、居住区。恐らく、富裕層が住むところではないでしょう。


「あ、あの、此処は……?」

「ん? ああ、エルネスタさんには馴染みないよね。此処はまあ、所謂庶民の居住区……って言うかもう少し、貧しい子達が暮らす所。んで、目の前の建物が、孤児院」


 ヴェルさんが指差したのは、大きめ……といってもうちよりは小さいのですが(クラウスナーの屋敷は名家で結構大きいので)、沢山の人が住めそうな広さがある建物です。ただ、ちょっと外装が崩れていたり汚れていたりは、しますけど。

 ……孤児院、という所を初めて見たのですが……でも、何故私を此処に。


「此処は私がよく来る施設のなんだけどね」

「ヴェルさんが、ですか?」

「そうそう。治癒術師って言っても、無償で治す訳じゃない。私達だって慈善団体じゃないからね、生きてく為にはお金は必要だし、これもお仕事だから」


 私は研究と治癒両方してるから色々忙しいんだよね、と笑うヴェルさん。


「んでまあ、そのお金を払えない貧しい人達も居る訳だよ。孤児院とかは特にそう。怪我をしても、医者や治癒術師にかかれるようなお金はない」


 孤児院は経営かつかつだからね、と何とも言えない表情で肩を竦めたヴェルさんに、……自分がどれだけ恵まれていたのかを思い知らされます。


 私は両親から見放されてはいたけれど、お医者さんにかかったし……治癒術師に頼んでくれた。まあ治しきれなくてこうして消えない痕として残っていますが、それでも診て貰える程のお金はあったし、両親も気遣ってくれた。

 ……孤児の子達は、それすらも出来ない。


「だから、定期的に治癒術師がまあボランティアで見に行くんだよ。医者じゃないから体を巣食う病を治せるって訳でもないけどね。此処は私の担当なんだ」

「そう、なんですか」

「で、此処の子供達はとっても元気でしょっちゅう擦り傷とか作ってるんだよね。ほんとやんちゃな子達ばっかりで」


 元気が良すぎて偶についていけなくなる、と笑っているヴェルさんは、本当に何度も此処に来ているのでしょう。


「まあそんな元気の良い子供達の遊び相手になってやりつつ、怪我を治してやるの。エルネスタさんも丁度良い練習になるかと思って」

「……あまり実験みたいで気が進まないのですが……」


 治癒術の練習の為に、私を此処に連れてきたのでしょうが……でも、それって子供達で試すって事ですよね。


「でもやらなきゃ慣れないしいざという時に失敗するよ? 治癒術師なんて最初は皆そうだよ、試さなければ分からない。自分に対して治癒出来ても、相手に出来るかなんて分からないからね。私が居るし、擦り傷程度でそうそう失敗しないとは思うよ。失敗って言っても発動しないってのが基本だから」

「……はい」


 ヴェルさんの厳しいお言葉に、私は黙るしかありません。

 こればかりは、仕方ないのでしょうか。実践しなければ、効果があるかなんて確かめられないから。自分やコルネリウス様、ロルフ様には成功しましたが……完全に自信が付くまでには至ってませんし。


 迷いつつも、私はヴェルさんの後ろについて孤児院な門を潜り抜けました。




「あ、ヴェルおねーちゃんだ!」


 孤児院の庭に行くと、子供達が走り回ったり遊んでいたりして……ヴェルさんの姿を見ると、皆一斉に駆け寄ってくるのです。流石ヴェルさんというか、お姉ちゃんで認識されているのですね。

 いえ、ヴェルはそんじょそこらの女性よりも美しい男性なのでまあ仕方ないのですが。


 一気に取り囲まれたヴェルさんとおまけの私。

 こんなに大勢の子供に囲まれるなんて生まれて初めてで、思わずヴェルさんの後ろに隠れてしまいます。


「こんにちは、カール」

「こんにちはー! よこのおねーちゃんは?」

「このお姉ちゃんは私の弟子です。ほら、挨拶挨拶」


 背中をぽんと叩かれて「大丈夫、良い子達だから」とウィンクまで頂いては、自己紹介をしないままなんて出来ないでしょう。というか、子供達が近付いて来てスカートを引っ張ったりしてくるので、せざるを得ないと言いますか。


「で、弟子……ええと、エルネスタです。こんにちは、皆」

「こんにちはー!」


 中腰になって挨拶をすると、元気の良い子供達は笑顔を浮かべて挨拶をしてくれます。……私の頃にはなかった明るさだな、とか思ってしまったり。


「あらあら、今日はお二人で来たのですね」


 取り囲まれてわいわいがやがやな子供達の輪を掻き分けて来たのは、老齢の女性です。顔は少し皺が出てきているものの、腰は曲がっておらず柔和な笑顔を見せてくれる女性。


 ヴェルさんは、その女性を見て「カミラ先生」と嬉しそうに声を上げるのです。ヴェルさん自身がその方を慕っているのが、よく分かりますよ。

 だって、綺麗なお顔をこれでもかと明るくして、そして頬を緩めていますから。信頼に、満ちた眼差し。きっと、個人的に何かあるのでしょう。


「はい。まあ二人でも遊び相手には足りないかもですけど」

「ふふ、来てくれただけでありがたいわ。そちらのお嬢さんは……」

「あの、エルネスタです、今日は宜しくお願いします」


 挨拶が遅れてしまったので慌てて頭を下げると、おっとりとした笑みが返ってきます。


「エルネスタさんね、此方こそ今日は宜しくお願いします」

「エルネスタさんは治癒術師見習いだから、今日は実地訓練も兼ねて子供達と遊ばせようかなーと」

「まあ。お若いのに才能がおありなのですね」

「い、いえ、そんな……」


 私なんてまだまだです、と慌てて首を振ると、くすくすと楽しそうに笑って。それは微笑ましいとかそんな意味合いでの笑顔。だからこそ、擽ったくて何だか恥ずかしい。


「ちょっとー、私も若いよ?」

「ふふ、そうね。それでもあなたが此所を出てから十年は経ってるじゃない」

「それは言わない約束でしょう」


 ……え、此所を、出てから?


「……えと、ヴェルさん……?」

「ああ、私此処の孤児院出身なんだよ。こんな美人で有能に育ったのに捨てちゃった産みの親はほんと勿体ないよねえ」


 あまりにあっけらかんと言われて、反応に困り言葉が詰まってしまいます。

 ……ヴェルさんが、孤児だった? 全然気付かせない明るさや身なりで、本当に、言われるまで気付かなくて。


「あなたは自分の力で身を立てたから凄いと思っているのよ? まあ、どうして女装をするようになったかは分からないけど……」

「ふふ、天啓ですねー。似合ってるでしょう?」


 くるん、と回るとローブが揺れ、淡い金髪も陽光を散らしながら翻ります。その姿は、やっぱりお姫様って言葉が相応しい。自ら努力して輝いた、目映いお姫様。……性別的には王子様ですけど。


「どうしたの、エルちゃん」

「……いえ、私ずっとヴェルさんって恵まれてて羨ましいとかそんな事思ってて、情けないなって……」


 ヴェルさんは綺麗で、頭が良くて国立の研究所に勤められる程に優秀で、治癒術だってとても凄くて。……何でも出来て、凄い人。私はヴェルさんを羨んでいた。

 ……けど、ヴェルさんはずっと栄光の道を歩み続けていた訳ではないのですね。自分の力で道を切り開いたからこそ、こんなにも輝いているのでしょう。


「や、まあ捨てられた事以外は恵まれてるよ? 見掛け良く、治癒の才能を持って優しい先生に育てられたからね。自分で自分の立場も築けたし、寧ろ万々歳だよ」


 だから気にしなくて良いよ、と笑うヴェルさん。……とても綺麗で強い人なのだと、改めて思い知ったのです。


 私もそんな風に辛い事も笑って乗り越えられたら、もヴェルさんに釣られるようにして頬を緩め……た瞬間、すぅっと、スカートの内側に冷えた空気が流れ込みます。

 すーすーして、入る筈のない風が、腿にぶつかって。


「わー、お姉ちゃん白!」

「……へ、」

「こら、デニス!」


 子供の声に漸く何が起こったのか理解して、けどどうして良いのか分からずに固まった私の代わりに、ヴェルさんが反応して眉を吊り上げ声を上げます。

 ……ええ、っと……今、スカート、捲られた? い、いえ、子供の遊びだろうから怒ったりはしませんけども……!


 ばっ、とスカートを抑えると少年はにっこりと楽しそうに笑っています。ただヴェルさんがお説教モードに入ったのを見て、慌てて退却の姿勢。顔は楽しそうですけど。


「わー逃げろー!」

「こら! もー……エルネスタさんも怒って良いからね?」

「い、いえ、こ、子供のする事ですし……」

「甘やかすと付け上がるよ、この子達。待てー!」


 咎めるように唇を尖らせたヴェルさんですが、ヴェルさんもちょっと楽しそう。逃げた少年を追い掛けるように、ヴェルさんもローブをたくし上げて美しい御御足を晒して走り出します。

 それに追従して、というか鬼ごっこ? となった子供達も弾けるような笑顔と共に散らばっていきます。


 ……あ、あれ、これってどうすれば。


「ふふ、どうせならエルネスタさんも参加なさってはどうですか」

「は、はい……」


 よ、よく分からないまま、鬼ごっこの体すら取れていない追いかけっこに、急遽私も参戦する事となりました。

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