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奥様の謝罪

「その、お騒がせ致しました」


 昨日は取り乱してしまってマルクスさんやヴェルさん達に不快な思いをさせてしまったので、改めて謝罪の為にロルフ様に研究室に連れていって貰います。


 お部屋に入れば何処か気まずそうに視線を向けてくる二人。私は二人の前に立ってきっちり腰を折って謝罪すると、慌てた気配がつむじに触れるのです。

 体勢を戻すとやや狼狽えたようなマルクスさん。


「いやいや良いよ、俺もエルちゃん達事知らずに踏み込んじまってさ。ごめんな、傷付いたろ」

「反省しろ」

「お前に言われたくはねえよ。そもそもお前が最初からエルちゃんに態度で、というか言葉で示してなかったからこうなったんだろうが」


 お前はいつも言葉足らずなんだ、と瞳を眇めたマルクスさんに、ロルフ様はちょっも反論に困ったらしく言葉を詰まらせています。


 ……本当にそもそもの原因は、私が自分の事を信じてあげられなかったからとロルフ様を本当に信じられなかった事が原因なので、ロルフ様が責められるのはおかしいと思うのです。

 ただ、違うと言おうとしたらロルフ様に「此処は私が悪いのだからお前は謝る必要はないと」と制されて、何も言えません。ロルフ様は悪くないと思うのですが、それを口に出せる雰囲気ではありません。


「ごめんねエルネスタさん。私も、触れられたくないところに触れてしまって」

「私は大丈夫ですので……その、気にしないで下さい。もう、大丈夫です」

「本当に?」

「はい。これで、良かったのだと思います。ちゃんと思っていた事は、話せましたから」


 お二人にはとても迷惑をかけてしまいましたが、……これで良かったのかもしれません。

 この事がなければ、私はいつまでも嫌われる事に怯えてロルフ様に本音なんて言えませんでした。ただ素直にロルフ様に従って、女として見て貰う事もなく、ただ側に居るだけだったでしょう。


 変革には痛みを伴うと言いますが、あの時の事が私にとっての痛みだったのです。……それを乗り越えて今がある。だから、結果的に正解だったのでしょう。

 もう、傷に怯えなくても良い、嫌われる事に怯えなくても良い。そして、ロルフ様に受け入れて貰えた。私は、とても幸せなのです。


 だからお互いに気にしない事にしましょう、と微笑むと、二人とも呆気に取られたような顔。


「どうかしましたか?」

「いや、この間より笑顔が明るくなったなって。自然になったというか……何か曖昧に笑って溶け込もうとしてた感じがあったんだけどさ、今は、何というか本心からの笑顔って感じがする。そっちの方が断然可愛い」

「そ、そうですか……? ありがとう、ございます」


 感心したようなマルクスさん。何だが褒められた事が恥ずかしいです。照れを誤魔化すように笑うと「うん、そっちの方が良いなあ」と続けて言われて、余計に恥ずかしさが増しますね。


 笑っていない、ロルフ様にそう言われた事も、ありました。今の私は、ちゃんと笑えてますか、ロルフ様。

 ……ロルフ様?


「おい、そこの旦那。何拗ねてるんだよ」


 ……何故か、ロルフ様が非常に面白くなさそうな顔をしています。あの、ちゃんと笑えたつもりなのですが……駄目だったのでしょうか。


「……エルネスタ、こんなのに照れなくて良い。その顔は見せなくて良いから」

「こんなのって……おい」

「まーまー、ロルフも嫉妬してるんだよ。私の妻に手出しするなーって」

「エルネスタは私の妻だぞ、当たり前だろう」


 堂々とこんな所で言い切ってしまうロルフ様に、羞恥やら感激やらで顔が熱っぽくなってしまって……そんな私に、ヴェルさんは「おやおや」と実に楽しそうに顔を綻ばせています。


「……それに、エルネスタとて妬いただろう」

「え?」

「これが女だと勘違いして自分を下げて拗ねただろう」

「あ、あれはその……」


 ……あれは、美貌に嫉妬したに入るのでしょうか。

 ロルフ様にはああいう綺麗な方がお似合いなんだと思うと悲しかったのですが、結局男性の方でしたし……。それはそれでダメージ大きかったですけどね、こんな美人が男性とか、世の中の女性が阿鼻叫喚かと。比べたら自信を失うのも当然です。


 もじ、と体を縮めた私に、当の本人であるヴェルさんは何だがつまらなさそうな表情で唇に人差し指を当ててはロルフ様に咎めるような視線を送っていました。


「えー、もうばらしちゃったの?」

「誤解されたままでは困る。エルネスタ、何なら此処で脱がせるか? 見事なまな板だぞ」

「脱いでも良いけど見とれちゃわないかな」

「お前ってナルシストだよな」

「失礼な。自分の恵まれた外見を理解して有効活用してるだけだよ」


 私は自分が綺麗だって知ってるし磨いてるからね、と何とも自身に溢れたお言葉を放つヴェルさん。

 此処まで自信があったなら私もこんな事にはならなかったんだろうな、と思いつつまず真似出来ないし見習っても実践には移せそうにないので、諦めておきます。間違いなくこんな台詞を言って良いのはヴェルさんだけですから。


「い、良いです……男性だと教えて貰ったので、それで安心していますから」

「そう? なら良いけど」


 くすっと笑ったヴェルさんは女性よりも妖艶で、つい見とれてしまってロルフ様は面白くなさそう。違うのですよロルフ様、これは何というか、美しいものを見て惚れ惚れするという感じなのです。


「ああそうだ、多分これからロルフに泣かされるだろうから相談においで。力になってあげるから」

「待て、泣かす事前提なのは何故だ」

「ロルフは正直過ぎたり人の心の機微を上手く読めなかったりするからね、繊細そうなエルネスタさんは傷付きそうだし」

「お前、説明不足で泣かせたり言葉のチョイス間違えて泣かせるとかよくありそうだからな」


 あ、押し黙ってしまいました。ロルフ様、ぐぬぬといった感じのお顔で二人を睨んでいらっしゃいます。


 ……ロルフ様は確かに言葉がきつい時はありますし天然さんなのか偶にとんでもない発言はしてしまいますが、悪気がある訳ではありませんし、基本的には優しい方です。

 私が勝手に落ち込んだりしてるだけなので、ロルフ様は悪くないのに。


「だ、大丈夫ですよロルフ様、たとえ傷付いて泣いたりしても直ぐに立ち直りますから! 今までもそうでしたし、全然へっちゃらです!」


 ロルフ様は悪くありません、そう主張したつもりだったのに……ロルフ様は愕然としたというか衝撃を受けた表情で項垂れてしまうのです。


「とどめ刺したね今」

「エルちゃん相当今まで我慢してきたんじゃないのかこれ」

「そ、そんな事はないですよ。私が勝手に凹んでるだけですし……」

「エルネスタ、次からは我慢しないで傷付いた時は言ってくれ。言葉がきついのは自覚している」

「その、大丈夫ですよ……?」


 ロルフ様は正直な事を仰ってますし、大抵私に原因があるので、ロルフ様はそれを指摘しただけですし。それに、言葉は鋭いけど害意はないですし、真っ直ぐにぶつかってくるから、痛いけど心を苛むとかそういう程ではないのです。

 悪意のある言葉は内側をどんどん侵していくようなものだと身に染みて分かっていますし、そういう害意ある言葉をかけられる事自体は割と慣れてるので……ロルフ様のお言葉はその痛みではないって直ぐに分かりますよ。


 だからロルフ様の言葉は平気です、けど……ロルフ様はそれでも納得してくれなさそうです。


「……駄目だ。私の悪い所も指摘してくれたらいい。我慢は駄目だからな」

「は、はい」

「私はお前の駄目な所も言うが、それの何倍も良い所を言っていきたい」

「……恥ずかしい事は言わないで下さいね……?」


 ……ロルフ様、いつも正直なのは良いのですが、言葉を選ばないというか、良くも悪くも本音なので……恥ずかしい台詞とかも平然と言ってくるのです。街に出掛けて口説かれた時には羞恥で茹で上がるかと思いましたよ。


「何処が恥ずかしいのか分からない。事実を言うだけだろう?」

「それが恥ずかしいのです……」

「恥ずかしがる事はない。お前は私の大切な妻なのだぞ、妻を褒めて何が悪いのだろうか」

「……っ」


 そういう所が恥ずかしいって、分からないのでしょうか。ロルフ様って羞恥心えるのか心配で……いえ、昨日は照れてくれたから多分あるのでしょうけど。

 でも自分の発言に恥じらう事はなさそうな。だって、いつだって本音で飾らない言葉で、思うがままに言っているのですから。


「……なあヴェル、これがあの冷血漢ロルフだぜ。アンネや姫様すら突っぱねてきたロルフだぜ、世の中何が起こるか分かんないものだな……」

「だよねえ。まさかこんなでれでれになるとは。たとえ政略結婚だったとしても、もうすっかり出来上がってるし……」

「羨ましい限りだ。俺も可愛い嫁さん欲しい」

「マルクスはその下品な言動と顔と心を入れ換えたら何とかなると思うよ?」

「つまり生まれ変われって言いたいんだなお前は」

「生まれ変わっても無理かもね」

「魂まで駄目出ししないでくれ」


 ヴェルさんとマルクスさんは私達を見てひそひそとやり取りしていますが、マルクスさんは何故か酷く悲しそう。……あの、その、よく分からないですけど、いつかきっと素敵な奥さんを迎える事が出来……ると良いのですが。


 どうフォローして良いのか分からないでおろおろしてしまう私ですが、ロルフ様は気にするなと無関心。

 ……マルクスさんの女性関係には興味がないみたいです。いつもの事だからこういう対応をしているのかもしれませんが。


「……私はエルネスタを嫁に迎えられて幸せ者だな、母上達には感謝しかない」

「……私も、そこは両親に感謝ですね。あと、生んでくれた事も」


 言ってはならないのでしょうが、私は両親が好きではありません。憎んだりはしていない、つもりですが。

 傷を負う前、とろくて綺麗でもなかった私にはそんなに愛情を注いでくれませんでしたけど、それでも笑顔は見せてくれた。傷を負った日から全てが変わってしまった。嫌な事も沢山言われた。


 本音を言えばあまり思い出したくない日々ではあるけれど、それでもきっかけをくれたのは両親だから。私を生まなければロルフ様には会えなかったし、傷がなければ私を追い出すように嫁には行かさなかった。……悪い事だらけでも、ないんですね。


 過去を思い出してちょっぴり複雑な気分になってしまった私にロルフ様は気付いてしまったらしく、気遣わしげに見てきて。


「……エルネスタ、お前の両親はうちの両親で良いんだ。……お前の家は、うちなのだ」

「……はい」


 安心させるように、そっと抱き締めて頭を撫でてくれたロルフ様に、私は素直に頷いて顔をロルフ様の胸元に埋めました。


 言い争いに発展していたマルクスさんとヴェルさんに冷やかされるまで、このままで居させて下さいね。

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