旦那様と愉快な仲間達(?)
「ロルフー、ちょっと奥さん良く見せ、」
「近寄るな」
……そして、ロルフ様の所属する部署に入った途端、私達に駆け寄ってくる緑髪の男性の姿が視界に飛び込んで来ます。
ロルフ様は動じた様子もなく私を背に隠しつつ、すげない言葉を返していました。慣れた風に男性をあしらっているロルフ様は、その男性にとても冷ややかな眼差しを送っています。
掌をわきわきとさせながら近付いてくる男性に蔑みにも似た眼差しを向けるロルフ様。……何だか、ロルフ様は地味に警戒しているというか、近付こうものなら魔術放ちそうな気が。
「マルクス、それ以上近寄るなら排除するが」
「何でだよ! 親友を射止めた女性を拝もうと思っただけだろ!」
「いつから親友になったのだ。あとその言葉を言いながら掌の動作はおかしいだろう」
「俺とお前の仲だろう? ちょっとくらい触れさせてくれたって」
「……」
「えっ何その無言、俺ってお前にとってそんなに価値がない奴だったの……!?」
「能力が優れているからといって人格者かと言えばそうでない例がこれだぞ、エルネスタ」
……ロルフ様、凄く面倒そうな顔をしていらっしゃいます。
個性的というか何というか、ロルフ様の仰っていた事も分からなくは、ないです。ええと、その掌の動きはなんだかいやらしいものを感じるので出来れば止めて頂きたいのですが……。
あと、今ロルフ様を射止めた、って言ってたから……ロルフ様、ちゃんと説明していなかったのですね。政略結婚のようなものだったって。
ロルフ様の事だから、ただ報告として結婚した、というくらいしか言ってないのかもしれません。
「マルクス、あとヴェル、お前達は特にだが、エルネスタに近付くな」
「奥さんエルネスタって名前なんだな、可愛い名前だなー。エルちゃんって呼んでも」
「呼ぶな」
「お前が決める事じゃないだろ」
「マルクスは兎も角、何で私まで?」
「お前はお前で誤解を招きそうだからだ」
ええと、緑髪の賑やかな方がマルクスさん、で……今声を上げたのが、ヴェルさん?
近付いてきたのは、さらさらとした真っ直ぐな金髪を腰まで伸ばした、白皙の綺麗な女性です。女性にしては長身で、すらりと伸びた四肢はローブに包まれていますが、その柳腰は見てとれます。
白い肌、ほっそりとした肢体に金髪碧眼の、とても美しい方。まるで物語のお姫様がそのまま抜け出して来たような、そんな美貌で……。
視線が合うとにこりと微笑まれ、同性だというのにどきりとしてしまいます。先程の声はやや低めの声ですが、それすら甘い響きで、耳に染み入る。
……こんな美人さんが、ロルフ様の同僚。……私とは比べ物にならない美人さんで、そりゃあ私なんてロルフ様にどきどきしてもらえる訳ないですよね……。子供扱いされるのも、仕方ない気がします。
「私の何処が誤解を招くのか教えて欲しいのだけど」
「お前の存在全てだ」
「失礼な。というかロルフは私にお願いする立場だよね? この子が私に教えて欲しい子なんだよね?」
そんな態度で良いのかな? と端整なかんばせを綻ばせたヴェルさん。
……教えて、欲しい?
「……お前以外適任が見当たらないのが腹立たしくて、仕方ない。かと言ってお前以外私が実力を認めて頼めるような相手も居ない」
「私に頼むしかないもんな?」
「あ、あの……何のお話ですか……?」
その、私の事を話している、らしいのですが……一体何のお話なのかさっぱりです。ロルフ様は何をヴェルさんに頼んだのでしょうか。適任、って?
内心で首を捻る私に、私の疑問に気付いたらしいヴェルさんがロルフ様を小突いています。何の説明もしてなかったのか、と咎めるように呟いて。
「……エルネスタ、これはこんななりでも優秀な治癒術師だ。お前に治癒術を教えるなら、これ自身の人となりは差し置いてこれ以上にない存在だ」
「ねえ、私の事を何だと思ってるのかなロルフは」
「変態だな」
「ひどっ。こんな麗しい子捕まえといて何その言いぐさ」
「ヴェルが駄目なら俺が手取り足取り」
「治癒術使えない上やましい感情を抱いていそうなお前に任せる訳がないだろう。そして離れろ」
「さっきから俺の扱い酷くねえ?」
何だか結局仲良さげに話しているロルフ様達ですが……私は、ヴェルさんをつい凝視してしまいます。
綺麗で、頭が良くて、その上珍しい治癒術師。
天は二物を与えないなんて、確実に嘘だと思い知らされるのです。私が勝手に比較しているだけだとは分かっていますけど、……やっぱり、私って中途半端なんだなって。
治癒術は使えるけれどまだ小さなものしか使えないし、綺麗という訳でもありません。ヴェルさんとは、大違い。
そんな人がロルフ様の側に居るのですから、私の治癒術への期待も高まるばかりなのでしょう。だって、近くに綺麗で優秀な人が居るんですもん、絶対に比較するでしょうに。
「えーと、エルネスタさん? という訳で今度から私が教える事になるんだけど……良いかな?」
「は、はい。宜しく、お願いします」
ロルフ様は私の為を思ってヴェルさんにお願いしたのでしょうし、私が勝手に劣等感を抱いているだけです。胸はもやもやしてはいますが、教えて頂けるなら嬉しいし断る理由もありません。
とても美しい笑顔を浮かべて掌を差し出すヴェルさんに合わせて握手すると、思ったよりも大きくてしっかりした掌。それでいて繊細な指先。
ただちゃんと感触を確かめる前にロルフ様が「もう良いだろう」とちょっと不服そうな顔をしていたので、離してはヴェルさんを見上げます。
お姫様のように整った顔のヴェルさんは、ロルフ様の反応にちょっぴりにやにやしていたり。……多分、ロルフ様が分かりやすく感情を出しているのが面白いのかと。
「ロルフもやきもち焼きだね」
「うるさい」
え、今のやきもちだったのですか。そんなまさか。
だって、同性なのに何処に嫉妬する要素が。……手を繋いで良いのは自分だけとか? それこそそんなまさかです。
「兎に角、私達は私の研究室に入る。お前達は邪魔するな」
「まさか密室で不埒な事でも」
「お前と一緒にしないでくれるか」
「残念だったな! 相手居ないからそんな事は有り得ない!」
「あーあ自爆したよマルクス、馬鹿じゃないの、……血涙流さないでよ……」
何故か掌で顔を押さえて上を向くマルクスさんですがロルフ様は華麗にスルーして、奥にある部屋に私を連れて行くのでした。
ロルフ様が個人で使っている研究室は、やっぱりというか乱雑というかその辺に資料や本が散らかった残念な状態です。そこは期待に漏れなかったというか出来れば外れて欲しかったのですが。
まあでも一応歩ける場所はありますし机回りは作業出来るように片付けられていて、此処がロルフ様のお仕事場所なんだなあと改めて思ったり。
そしてロルフ様の研究室で、私は測定石を使わない魔力検査をする事になりました。研究所の設備でないと出来ないそうですが、少量の血液からも魔力の総量を調べる事が出来るそうです。あくまで大まかなもので、本当に数値化したいならまた別の方法を取らなければならないそうですが。
治癒術の鍛練の為にも、自身の限界は弁えねばならない。
そうロルフ様から言われた事はごもっともで、自分の治せる範囲を見極めなければ治癒なんて出来ません。無理して昏倒するなんて嫌ですし、助けられるものも助けられなくなってしまうなんて、絶対に嫌。
そんな訳でちょっと血を抜いて貰って、自分は治癒術で傷を治しておきます。一応ちゃんと自分にも出来るみたいで一安心なのですが、やっぱりあの時に使えたらなあ、なんて我が儘で今更な事を思ってしまって、首を振って邪念を追い出しておきました。
「……やはり」
「どうかしましたか? もしかして、予想より少なかった……ですか?」
早速出たらしい結果の感想を呟いたロルフ様。……もし少なかったら、治癒術も強力なのは使えませんよね。小さな傷を治す程度のものしか使えなくなってしまいます。
「いや、逆だ。恐らく、最初の頃より増えているのではないだろうか」
「え……? でも、増幅能力って自分には効かないのでは」
「恐らく、私の魔力を頻繁に通しているせいで脳内の魔力分野が活性化したのではないだろうか。普通はどれだけ他人の魔力を注いでも成長自体はしない筈だが……まあこればかりは仕方ないな、明確な答えなど出せまい」
「でも、ロルフ様の魔力を通してるって……私が流す側では?」
「魔力は双方向から流れている。私からも、お前からも。だからこそ逆にお前に影響したのだろう。これもお前の持つ干渉能力の成せる業か……?」
まだまだ解明すべき所はあるな、と楽しそうなロルフ様。謎は深まるばかりだというのに嬉しそうな辺り、根っからの研究者体質ですよね、ロルフ様ってば。
分からない事を考え自分の頭脳で仮定を導き検証して答えを出す、それがロルフ様にとってはとても楽しい事なのでしょう。ロルフ様、思考自体が好きみたいですし。
結論として、魔力は増えていたそうです。ただ、ロルフ様のように劇的に増えたとかではなく、あくまでそこそこに。これでも魔導師の平均程もないそうですが。
「まあこれだけあれば普通に治癒術を使う分には問題ないだろう。もっと重症でも治せはする魔力は持っているぞ」
「出来ればそんな機会が訪れない方がありがたいのですけどね」
「備えておくに越した事はないと思うぞ」
いつ何があるか分からないからな、と真顔で然り気無く怖い事を仰るロルフ様に、苦笑いを返します。
……備えあれば憂いなしなのも分かりますが、やっぱりそんな事がなければ良いのにな、なんて思っては眉を下げて曖昧に微笑むのでした。……もう、あんな傷を負いたくもないし、人が負っているのも、見たくないもの。




