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旦那様の好敵手と奥様の敵対者

本日三回目の投稿です

 施設に入って受付を済ませ、許可証を頂くのですが……もうこの時点で何だかじろじろ見られています。隣のロルフ様は気にした様子もないのですが、何だか遠巻きに職員の方から見られているというか。


「おい、あれ……」

「あの子が噂に聞く奥さんじゃ……」

「実在したのか……てっきり誰かの嘘かと」

「思ったよりも普通というか」

「……エルネスタ、あれらは雑音だと思って良い」


 あ、ロルフ様ちょっとこめかみ引きつらせました。いえ、私が平凡なのは自覚しているので、別に怒ったりはしませんけど……。


「な、何だか扱いが雑ですね……」

「そうか? お前にとっては雑音だろう、気にする事はない」

「は、はい」

「それに、あいつらにとって普通でも、私にとってお前は特別なのだから問題ない」


 ひゅ、と息を飲んだ私。どうやら聞こえていた魔導師さんは、瞳が零れ落ちんばかりに開かれています。

 こ、これ、事情を知らない人が聞いたら、かなり情熱的な台詞に聞こえるのでは……!?


 ロルフ様は全く自覚なく言ったのですが、私にとってはその、嬉し恥ずかし、と言いますか。

 ……ロルフ様の、特別。

 私の事を大切にして頂いているのはひしひしと感じるので、それは嘘ではないでしょう。家族として認めて頂けているなら、嬉しいです。別にその特別が異性としてではなくて家族としてでも、良い。ロルフ様に、求められているのですから。


 思い返しては幾度となく反芻すると何とも擽ったく、つい頬に熱が宿ってしまう私。ロルフ様は相変わらずですが、優しい表情を向けてくれて……。


「……研究所に奥方を連れてくるなど良い御身分だな」


 そして、背後から飛んでくる声に、ロルフ様はその穏やかな表情を一変させました。


「何か用か、イザーク」


 氷を連想させるような、冷たい表情。いつも私に囁いてくれる、甘くて優しい声とは正反対の、厳しく冷酷な響きの声が、知らない人の名前を呼ぶのです。

 びく、と肩を震わせた私に気付いたロルフ様は少しだけ表情を和らげ、それから私を庇うように前に出ます。私もそこで漸く振り返って……そして、鋭い紫紺の瞳と、目が合いました。


 今ロルフ様からイザークと呼ばれた、艶のある紺の髪に濃い紫紺の瞳の、男性。年の頃はロルフ様と同じくらいでしょうか、ロルフ様とは違った綺麗さのある男性です。


 濃い紫の瞳は私を捉えては細まり、何処か見定めるように無遠慮な視線を投げ付けてきます。此処まで分かりやすいと、いっそ清々しいと感じてしまいますね。居心地はとても悪いので、出来れば遠慮したいのですが……。


「いつもより騒がしいと思って様子を見に来たらこれか。お前は研究所に何しに来たのだ、妻を見せ付ける為か?」

「そんな馬鹿な真似はする筈がないだろう。下衆の勘繰りは止めてくれないか」


 ……あの、ロルフ様、いつもより物凄くお口が悪い気がするのですけど。顔も無表情に苛立ちを滲ませたようなもので、私には直視しにくい鋭さがありますし……。

 もしかして、かなり二人は仲が悪いのでしょうか。


 周りの方を窺えば蜘蛛の子を散らしたようにそそくさと避難していて、二人が仲が悪く日常的に言い争いをしているのがよく分かりました。


「そもそも私は正式に申請して許可を得た上で妻を伴ってきたのだが。申請理由をちゃんと理解しているか?」

「ああ、理解しているが。俺としては、そもそも研究所に部外者を連れ込むのは如何なものかと思うがな」

「お前は私にいちゃもんをつけるのも程々にした方が良い。必要だから連れてきたのだ。正式に受理されたならお前に文句付けられる筋合いもないだろう」


 どうしましょう、頭上でばちばちと火花が飛んでいるような錯覚すら覚えてしまいます。

 事情を知らない私でも、兎に角二人は非常に仲が宜しくないという事は分かります。空気が凍て付いていて、肌は出ていないというのに寒気がして止まないのです。


 思わずぶるりと体を揺らしたのですが、先にそれに気付いたのはイザークさんの方でした。


 ロルフ様はイザークさんを睨んでいたので気付くのが遅れたみたいで、イザークさんは偶々視界に入っていたからでしょうけど、私が居た堪れなくて縮こまったのを見て軽く瞠目。

 それから、ふぅ、とこれ見よがしに溜め息こそついたものの、真冬の夜より厳しい空気を霧散させ、何処が呆れたような眼差しに。


「これは失礼した。ではクラウスナー夫人、くれぐれも余計な事はなさらないよう」


 最後に私に地味に釘を刺して、イザークさんは立ち去っていきます。一瞬気遣わしげに此方を見た気はしたのですが……気のせい、でしょうか。


 そして、イザークさんは今、クラウスナー夫人、って、言いましたよね。……その言葉に、改めて自分がロルフ様の妻の座に居る事を思い知らせてくれるのです。

 いつも名前で呼ばれているから自覚なんて殆どなかったのですが、私はロルフ様の家であるクラウスナー家に嫁入りしたのですよね。殆ど家名とか聞く事なかったので、反応が遅れてしまったというか、後からじわじわ実感が来て……。


「……エルネスタ、すまない。その、大丈夫か」


 結果的に固まっていた私に、ロルフ様は気遣わしげな声。


「……え、……あ、い、いえ、大丈夫です」

「しかし、ぼーっとしていただろう」

「いえ、あれは家名で呼ばれるのが新鮮で……」


 いつもエル、とかエルちゃん、とかで呼ばれてるので、夫人とか初めてです。


「何を言っているのだ、お前はクラウスナー家の一員だろう。一々感動していても仕方ないぞ」

「は、はいっ」


 ……そっか、親同士の契約みたいなものとはいえ、もう私もあの家の一員なんですもんね。家名、名乗って良いんですもんね。

 そう考えると、じわりと胸が暖かくなるのです。


「それにしても、あいつはよく私に突っ掛かってくるのだが暇なのだろうか」

「いつもあんな感じなのですか?」

「そうだな。あいつは事ある毎に突っ掛かってくる。昔からあいつは私が気に食わなかったらしく、もう何かあれば毒を吐いてくるから困ったものだ。実力も伯仲していたから余計に気に食わないのだろう」

「ろ、ロルフ様と同じ……!?」

「昔だがな。今は……」


 私の方が強いな、そう小さな声ながらも自信に溢れた呟き。

 多分、それは嘘ではないでしょう。だってロルフ様は、魔力も増えていますし……それに、とてもひたむきに、魔術の研究と研鑽を積んでいるのですから。


 私はどれだけロルフ様が強くて凄いのか、よく分かっていませんけど……それでも、ロルフ様が誰かに負ける所なんて想像出来ません。私にとっての魔導師はロルフ様で、ロルフ様が一番なのです。

 ……まあ、ロルフ様の魔術もそんなに見た事はないのですけどね。


「まああれには極力近付かない方が良い。私の側から離れるな」

「は、はいっ」


 側から離れるな、その一言にこくこくと頷いて躊躇いがちにロルフ様の腕にくっつくとロルフ様はご満悦そうで、私の頭をよしよしと撫でては穏やかな笑み。

 それにざわついたのは、先程まで関わるまいと逃げていた魔導師さん達です。……ロルフ様、本当に家の外では笑わないんですね。


「あの冷血漢があんなに優しいなんて」

「俺の知ってるクラウスナーじゃない、誰が化けてるんだ」

「……ロルフ様の評価、すごい気がするのですよ」


 まさかの偽物説。

 それだけ衝撃的な態度だったという事なのですが……ロルフ様にはあまり実感がなさそうです。というか、興味がなさそうというか。


「そうなのか? 気にした事がない。極論イザークもどうでも良いしな。私は私の研究に打ち込めれば良いのだ」


 ……それが原因でイザークさんも突っ掛かってくるのでは。

 最初ロルフ様に相手にされなかったから向こうも躍起になったのではないでしょうか。何となくですが、イザークさんは、ロルフ様の事を嫌いというよりは敵対視してるけど張り合うといった感じですし……あくまで、印象ですけど。


 ロルフ様はイザークさんの事は好きではないみたいですが、私は悪い人じゃないとは、思います。何でと言われれば勘なのですが。


 そんな私の考えを中断するように、ロルフ様は私を引き寄せてしっかりと手を繋いで、また周囲をざわめかせています。

 ……これ、確実に後で噂になるパターンですよね。いえ、私は此処で働いてはいないので、まだ良いのですけど。……いやいや良くないです、見られるのはかなり恥ずかしいのですが……!


 うう、とロルフ様を見上げても首を傾げて「どうした」と逆に問い掛けてくるので、もう何も言えません。ロルフ様は無頓着だから良いのでしょうけど


「さあ、行こうか。あいつらが待ち構えている気がしなくもないが」

「ど、同僚の方ですか?」

「……来るなと言っても来るに違いないからな」

「あ、あはは」


 ……それ、今の状態見たら全力で突撃してくるのでは?


 それは考えなかった事にして、私はロルフ様に案内されるままに歩いていくのですが……ふと、刺さるような視線を感じて。


 今までのが好奇を含んだ興味本意の視線なら、今感じたのは、敵意すら纏っているような、鋭く貫くもの。

 気のせいかと思いつつも振り返ると、少し離れた位置に、炎が揺らめいていました。いえ、炎というのはたとえで、燃え立つような鮮やかな赤髪の女性が、立っていたのです。


 炎という存在を具現化したような、そんな髪色に瞳の色のその女性は、私を射抜かんばかりに見つめているのです。その表情は険しく、そして視線で人が殺せてしまいそうな程に強く、明確な敵意を孕んでいる、気がして。


 視線が合ったのは、一瞬。

 私がその女性をちゃんと見た時には、もうその女性はふいと視線を逸らし目にも鮮やかな赤髪を翻らせたは背中を向けて去っていきます。

 ロルフ様が不審がって立ち止まり振り返った時には、もうその女性は何処かに消えていました。


「……どうした?」

「いえ、何でもないです」


 強烈な敵意。ただ、その敵意を私に注ぐ理由が、分かりません。だって、初対面なのに。……もしかしたら、ロルフ様を好きな方……?


 けど、もうその人は居ないし、私にもどうしようもありません。もう、ロルフ様は結婚してしまっていますし……私は恨まれても、仕方ないのかもしれませんけど。


 訝るロルフ様に何でもないと笑って、私は誤魔化すように前を向いて歩みを再開します。燃えるような激情を向けられた事からは、目を背けて。

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