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旦那様の夢、奥様の夢の残骸

 気を取り直して、私達は物語を開き視線を落とします。といっても気を取り直す必要があるのは私だけなのですが……。


 年月の経過がよく分かる、やや黄ばんだページ。所々紙の端が丸まっていたり破けていたりするものの、ロルフ様は幾度となく読み返していたでしょうし寧ろ綺麗に保ててはいる方だと思います。

 この本は小説というには文字が少なく絵だらけ、けど絵本というにはやや文字が多い。その絵もやはり色褪せてはいましたが、それでも年月を考えれば充分な保存状態でした。


 最初の書き出しは、よくある『昔々、あるところに』というもの。


 物語を掻い摘まむと、こうです。

 昔、とある国に目が覚めるような美しいお姫様が居ました。金髪碧眼の、それはそれは美しいお姫様。

 誰からも愛されるお姫様、それは魔王も例外ではありませんでした。

 人類の敵対者である魔王はお姫様の美貌に心奪われ、そしてお姫様を独り占めしようと連れ去ってしまったのです。


 お姫様を誘拐された王様は嘆き悲しみ、そして怒りに打ち震え、国一番の強い男……つまり勇者となる男を呼び、そしてお姫様を奪還するように命じたのです。連れ戻したなら褒美を何でも与える、そう言って。

 王様は勇者に優秀な仲間を付け、魔王の住む城に向かって勇者を旅立たせました。


 その後は魔王の妨害や仲間割れなど様々な困難を乗り越え、勇者一行は魔王城を囲む森にまで辿り着くのです。


 そこには、魔王の配下である魔物達が待ち構えていました。

 魔物の大群に襲われた勇者一行。幾度となく倒しても湧いてくる魔物達。魔王が待ち構えているのに勇者を疲れさせる訳にもいきません。

 そこで魔法使いは意を決し、勇者に道を切り開く為に、全身全霊で魔法を使うのです。

 そう、ロルフ様が憧れてやまない、強大な魔法を。


「此処の魔法使いは凄いだろう」


 そのシーンに差し掛かると、一緒にロルフ様が興奮しだすのでとても分かりやすいです。

 私を抱き締めたままむぎゅむぎゅと力を入れて、やや息遣いを荒くしてとても弾んだ声に。ぺちぺちと私の太腿を軽く叩いて興奮を露にするロルフ様は、振り返るときらきらした眼差しで本に視線を注いでいるのです。


 ……可愛いな、なんて思ってしまうのは、仕方ないと思うのですよ。だって、普段はあんまり表情を変えないし冷静なロルフ様が、子供みたいに瞳を輝かせているんですもん。

 ちょっと抱き締め方が興奮の余りに乱暴になってるのは、ご愛嬌。


「ふふ、そうですね」

「この森ごとなくすなんて、とてつもない威力だと思わないか。やはり古代魔術というのは素晴らしいな。一撃だぞ一撃」


 やはり素晴らしい、とうんうん頷いているロルフ様に、私も微笑ましくて相槌を打ちながらロルフ様に少しだけ体重を預け、ロルフ様を見上げます。


 やっぱりロルフ様は、このお話が大好きなのですね。誰でも分かりますよ、頬を僅かに紅潮させてそんなに嬉しそうにして。久々に見た本という事にも理由があるのでしょうけど、やっぱり大好きだからこそそんなにも純粋に喜んでいるのでしょう。


 魔法使いさんが魔物を倒すシーンの絵を指で示しては「これはきっとあの魔術に通じるものがあってだな、やはり再現にはこれを元に」とか「複合型にも見えるし、やはり再度構築を」とか楽しそうに語ってくれるので、半分何言ってるか難しくて理解が出来ないものもありますけど私も楽しくお話を聞かせて貰っています。


 本当に、生き甲斐なんだなあって、そう思わせてくれる溌剌さ。ロルフ様は物静かな方ですが、こと魔術になるとかなり饒舌になるのも慣れたものです。


「……だが、この物語にも納得いかない事があるのだ」


 でも、ふと少し声を不満そうなものに変えるロルフ様が居て。


「納得がいかない?」

「見れば分かると思うのだが、勿論勇者が魔王にとどめを刺す。……物語として当たり前なのだが、それは仲間達の尽力があってこそだ。この本は勇者一人が褒め称えられている終わり方なのだ。魔王を倒して褒美に姫を望み、姫と結ばれてめでたしめでたし。もっと仲間達にも着目すべきではないだろうか」


 零されたのは、何ともロルフ様らしい不満。勇者ばかりが目立って活躍した魔法使いさんはぞんざいな扱いをされている事が気になるのでしょう。

 確かに、この物語はお姫様を助けた勇者様が、お姫様の願いもあって結ばれて幸せな結末を迎えるのです。


 こうしてお姫様を助け出した勇者は姫と結ばれ、幸せに暮らすのでした。


 物語はこう締め括られていて、他の仲間の事は言及されていません。魔物を倒した魔法使いも、勇者を癒した治癒術師も、勇者を庇った騎士も、何も言われていないのです。

 そこまで描写をしては蛇足となってしまうのかもしれませんが、断然魔法使いさん推しなロルフ様には不服なのでしょう。


「まあ作り話ですから……ご都合主義、という事ではないでしょうか」

「そう言われればそうなのだが」

「私はご都合主義でも良いと思いますよ。ハッピーエンドですから。この物語は、お姫様と勇者様の物語なのでしょうし」


 あくまでこの物語の主役はこの二人であって、魔法使いさんは脇役なのでしょう。ロルフ様としては魔法使いさん以外眼中にないのでしょうけど。


 そもそもこの物語は子供がよく読むものなので、あまり細かくは書いていません。ただ万事解決めでたしめでたし、で終わりで良いのです、字の習得も兼ねた子供向けのお話ですもの。

 真面目に考察したならば、この後二人が幸せになれるのか、分かりませんから。


「でも、魔法使いさんが目立たなかったのは、ちょっと残念ですね」

「個人的には魔法使いの方が凄いと思うのだが」

「ふふ、そうですね。もしかしたら、魔法使いさんが勇者様になる未来もあったのかもしれませんね」


 優れた剣の使い手であった勇者様がヒーローであり主人公でありましたが、もし何かが違えば、魔法使いさんが勇者様の立ち位置に居たかもしれません。魔法使いさんがお姫様を助け出す、そんな未来が。


「まあ、贅沢は言うまい。魔物の群れを壊滅状態に追い込んだ時点で充分に目立っていたとは思う。格好いいだろう」

「はい、憧れるのも分かります」


 ロルフ様が憧れる魔法使いさんは、とても凄かった。物語とは分かっているのですが、子供があんな武勇伝を聞かされて、その子も魔力持ちなら憧れるのも自然な流れだったのだと思います。


 ロルフ様は些か傾倒しすぎだとは思いますが、それだけ情熱を注いでいるという事ですし、そもそも憧れてああなろうとして実現出来そうなポテンシャルがあったのですから、文句は言えないでしょう。

 叶えるだけの力があるのですから、決して無駄なものではないのです。


 瞳は輝いたままのロルフ様に微笑むと、ふとロルフ様は私の方をまじまじと見てくるのです。


「……そういえば、エルは小さい頃の夢は何だったのだ」

「私、ですか?」

「ああ、お前にも一つや二つ、あっただろう?」


 私ばかり語るのも悪いと思って、と仰るロルフ様。語っていた自覚はあったようです。


 ……私の夢、ですか。

 小さい頃の夢。何も世間の事を知らず常識に囚われなかったあの頃の、夢。あの頃はとても分不相応な夢を抱いていましたね。それこそ、ロルフ様よりずっと叶いっこない夢です。


「そりゃあありましたけど……その、笑いません?」

「笑わない」


 ロルフ様が嘲笑う訳がないとは分かっていましたが確認を取ると、神妙な面持ちで首肯されます。

 別に、言えない訳ではないですが……あまり進んで言いたいものでもないのですよね。だって、柄にもないし、あまりに夢見がちなものだったのですから。


「……お姫様に、憧れていました」

「姫、か?」

「そうですね、女の子によくある事ですよ。可愛くて、きらきらして、皆から愛してもらえるお姫様に憧れていたんです。こんな風に勇者様に迎えにきて貰えるお姫様に、ね」


 思い出すだけで、恥ずかしい。

 だって、私なんかがお姫様に憧れるって、本当に不相応な願いでしょう。傷がなかった頃とはいえ、ただの小娘が、お姫様に憧れるなんて。


「でも、憧れるのは止めたんです。叶わないって分かってましたから。お姫様にはなれるものではありませんし、私がなれる筈がないのです。子供の小さな夢でしたから、直ぐに覚めましたよ」


 今ではお姫様には憧れませんよ、だって叶いっこないって分かりきってますから。生まれからして駄目でしょう、私は高貴な血どころかただの商人の末娘。お姫様なんか程遠い。


 ……それに、お姫様は綺麗で、皆から愛されるのです。私がなれる筈がないでしょう。

 こんなおぞましい傷を負った私なんて、皆から愛されるなんて有り得ないのですから。


「この物語のように、都合良く救われる事なんてないのです。何があっても、現実は非情で誰も助けに来てくれないのですから」


 私は、誰も助けてくれなかった。

 助けられると思う方が間違っていたのです。そんな都合の良い事は、それこそお伽噺でないと有り得ません。誰も危機に命懸けで助けに来る筈がないのです。


 傷を服の上からなぞりながら振り返らずに呟いて、ああ暗くなってしまったと空気を陰鬱なものにしてしまった事を後悔です。

 そんな当たり前の事を聞かされてもロルフ様は困りますよね、ロルフ様は特例ですけど、普通はピンチを助けてくれるヒーローなんて物語にしか居ないのですから。


「お前が何であろうと、もしお前に何かあれば、私がお前を助けに行こう」

「……ふふ、ありがとうございます、ロルフさま。そのお気持ちだけで嬉しいです」


 私が暗くなった事に気付いて気遣って下さったロルフ様は、優しいです。本当に、その一言で私は充分に幸せですから。


 それは本心なのに、ロルフ様は押し黙って私の事を強く抱き締めて。此方を覗き込んで、そして眉を寄せて深い皺を刻んでいます。


「……ロルフ様?」

「私はその、お前の、願うようで諦めた眼差しが嫌だ。見ていて、腹立たしいしもどかしい」


 落とされた言葉は、あまりにも簡単に胸に突き刺さります。

 ……私がうじうじしてるのが、ロルフ様には目障りなのでしょう。こればかりは、性分なのですけど。そう簡単に前向きになれません。変えられたら苦労しないのです。


「……ロルフ様が私のそういう所が嫌いなのは、理解しています。でも、直せないのです」

「嫌いだとは言っていない。私は、お前に笑って欲しいだけなのだ」

「笑っていますよ?」

「……お前は、嘘つきだ。ちっとも笑っていない」


 思いの外強く言われて、きゅっと唇を噛んでしまいます。

 自分では笑っているつもりですし、実際ちゃんと口角も上がっている。なのに何で、笑っていない事になるのか、私には分かりません。だって、いつもの顔なのに。

 それが笑っていないって、どうして……。


「お前は、嫌な事があっても、辛くても、苦しくても、無理に笑おうとするのだ。……私はそれが嫌でならない」

「ごめん、なさい」

「謝るな。エル、私はお前に笑っていて欲しい。それだけは、覚えておいてくれ」

「……はい」


 ……どうしたら、良いのでしょうか、私は。

 どうして良いのかなんて、分かる筈がないのです。だって、私は笑っているのに。これが笑顔でないなら、これは、何?


 どうしようもなくて、私はロルフ様に顔が見えないように俯いて、唇を噛み締めました。

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