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旦那様、私はぬいぐるみではありません

「あの、ロルフ様。これ……一緒に、読みませんか」


 夜になって寝る準備も整った所で、私はアマーリエ様から譲って頂いた本を抱き抱えながらロルフ様におずおずとお願いをします。


 アマーリエ様はこれを見せればロルフ様も喜んでくれるとは仰ったのですが、本当なのか不安です。いえ、ロルフ様がこの物語大好きなのは分かるのですけど、そんなに喜んでくれるのでしょうか……?


「おお、それは! 父上に隠されていたものか!」


 躊躇いがちに口に出しながらそっと抱き締めた本を差し出すと、私の杞憂は必要なかったのだと思い知らされるのです。


 ロルフ様は私の手にしていた本を見て、顔に喜びを漲らせては横からも縦からも斜めからも、どの角度から見ても如何にも嬉しそうな表情に。

 手でも打ちそうな程に顔をこれでもかと喜色に染めたロルフ様は、鳶色の瞳を輝かせては私を見詰めるのです。


 ……ロルフ様が喜んでくれたのは良かったのですが、こんな、純粋な眼差しを向けられると、色々どきどきしてしまいます。いつまで経ってもロルフ様に心臓を揺さぶられっぱなしで、いつになったら慣れるのか分かりません。というか、一生慣れない気がします。


「分かるのですか?」

「所構わず何度も繰り返し読んでいたら表紙が擦り切れて角が柔くなって傷も付いたからな。懐かしい。父上の書斎や部屋をひっくり返しても見付からなかったというのに……」

「……それ怒られませんでしたか」

「怒られたな、こっぴどく。私も怒っていたから意には介さなかったが。そもそも父上が悪いのだぞ?」


 私だって隠さなければあんな真似はしなかった、と当時を思い出したのか眉を寄せているロルフ様。

 多分大喧嘩したのでしょうね……ロルフ様、本当にこの物語好きそうなので……。突然本を隠されたロルフ様が激昂するのも分からなくはないです、怒り狂うロルフ様は想像出来ませんし怖いので想像したくありませんが。


「こんな懐かしいものを持ち出して……これはどうしたのだ」

「アマーリエ様に譲って頂いたのです。元はロルフ様のものでしょうし、私が貰うのもおかしな話ですが……」

「いや、エルとも分かち合いたいからお前が持っていると良い。私は暗記しているからな」

「……流石としか言えませんね」

「文字量自体はそんなにないのだぞ。絵本に少しばかり文字を増やしたものだからな」

 

 暗記するなど訳がないと平然と宣うロルフ様。いえ、たとえそうだとしても私が軽く見た限りでは結構に文量があったのですが。

 それを一字一句間違いなく記憶して今でも多分覚えているのだろうと思うと、ロルフ様の記憶力と情熱には感服するばかりです。……多分それだけ好きだったのでしょうから、隠された当時は凄まじい勢いで怒ったのだとも確信しますけど。


「どれ、久々に読もうか。エル、おいで」

「はい」


 一緒に読もう、という事なのでしょう。手招きをされて、私もロルフ様に促されるままに近寄って……手を引かれます。

 ベッドの縁に腰掛けていたロルフ様は、私が側まで近寄ると、そのまま腰の辺りを掴むのです。


 は、と固まったら、ロルフ様は私の反応を気にした様子もなく、私を半回転。それからぐいっと自身に向けて引っ張っては、脚の間に座らせて腰をホールドしてきました。


 羞恥より先に、戸惑いが頭を駆け抜けます。

 別に、この体勢自体はした事がない訳ではないのですが……あの、何故、いきなり?


「あ、あの……?」

「二人で読むならこの体勢が一番だと思うのだが」

「そ、そうかもしれませんけど」


 た、確かに一緒に読むなら隣から覗き込むより身長差を利用して上から見た方が見やすいのかもしれませんけどね? で、でも、前触れなく抱き締められるのは、その、心臓に悪いのですが……。


 その上、ロルフ様はぎゅっと密着するようにしっかりと引き寄せてくるので、色々、困るというか……肩の方から顔を覗かせているので、ロルフ様の吐息が耳を擽って、宜しくないです。心臓にとても悪いです。


 ただでさえロルフ様の声はこう、甘くて、腰にくるような声で、脳まで熱でぼーっとしてしまうのに。吐息が耳を擽ろうものなら、ぞわぞわして仕方ない。それは嫌な感覚ではなく、寧ろ全部溶かされてしまいそうだから避けているのですが。


「……お前は小さいな」


 いつも(と言ったら語弊がありますが)抱き締めているのに、ロルフ様は何故か感慨深そうに呟いては私の体を痛くない程度に強く抱き締めます。

 今はぴとりとくっついて離れないロルフ様にすっぽり包まれた状態なのですが、男女で差があるのは当たり前なので、そりゃあ男性のロルフ様にとっては小さいと思うのです。元々、自分がそれなりに小柄だという自覚はありますけど。


「そ、そうでしょうか、普通ですよ」

「そうか? ……ほら、掌はこんなにも小さい」


 抱き締めながら腰に回した手を私の左腕に重ねるように置いて、そのまま掌を覆うように被せて来ます。

 指の間に指を差し込む形で握ってくるロルフ様。キン、と少し甲高い音がなったのは、お互いの薬指にはめられた指輪がぶつかったからなのでしょう。


 ……あれから、ロルフ様はずっと、結婚指輪をして下さっています。流石に風呂上がりには付けていませんけど、それ以外は、ずっと。お仕事に行く時も。

 仕事場で付けているのかは、分かりませんけど……何か心境の変化でもあったのでしょうか。だって、今までずっと首から提げていたらしいのに。いえ、それでも身に付けていてくれたと知った時は、喜んだのですけど。


 ……妻として、少しでも良く思ってくれたのかな、なんて淡い期待を抱いては、ならないでしょうか。


「……何処もかしこも小さいな、指も小さいし折れそうだ」

「ロルフ様に比べたら、そうかもしれませんね」

「肩も、掌も、唇も、小さい」


 もう片方の手が私の唇に伸び、そっと表面をなぞっては「やっぱり小さくて柔らかいな」と少しだけ面白そうに囁くのです。

 拒むつもりは、ありません。ただ、恥ずかしさだけがじわじわと押し寄せて私の体ごと震わせるので、ロルフ様も心配になったらしくやや気遣わしげに覗き込んで。……ロルフ様のせいなのですけど。


 辛うじて狼狽は表に出なかったもののやはり恥ずかしく、もぞもぞと居心地の悪さをどうにかしようと少し身動ぎすると改めて抱き締め直されて結局逃れられません。

 逃げる気はなかったのですけど、せめて、もう少し密着度合いをどうにかして頂けたらと思ったのですが……。


「……ふむ」


 ロルフ様にぬいぐるみ宜しく抱き締められている状態なのですが、ロルフ様はそのままもぞもぞと首筋に頬を乗せてすりすり。首元を完全に隠す寝間着ではなかったので、肌が丁度出ていた部分に唇を寄せて……かぷ、なんて擬音が付きそうなくらいの弱々しい加減で、歯を立てて。


 うひゃ、なんて間抜けな声を出してしまって、びくんと大袈裟に体が揺れてしまったのに気付いたロルフ様、顔を上げて「痕は付けてないぞ」とこれまた平然と仰るのです。

 そ、そういう問題じゃなくてですね、何で噛み付いたのですか……! お戯れにしては大胆すぎます!


「な、何でこんな」

「……美味しそうだと思ったからか?」

「猟奇的な発想は止めて下さいっ」


 人が美味しそうとか怖いですから! し、脂肪が沢山あるという事を言われているのでしょうか……そんな付いていない筈。

 今度は首元までしっかり襟があるものにしようか。

 そう思ったのですが、ロルフ様がぴったりくっついてくれるこの状態も、ほんの少し、ほんのちょっぴり、惜しいと思ってしまう私の浅ましさといったら……。


 うう、と唸りつつも現状維持にするとひっそり決めた私に、ロルフ様は噛み付くのこそ止めたものの、抱き締めたままぴっとり。

 ……何で、こんなにもロルフ様は触れてくるのでしょうか……触りたいって、そんなに抱き心地が良いのでしょうか、私。それはそれでちょっとショックなのですが。


「……触れても良いのだろう?」

「……っ、う……わ、私なんかに触らなくても良いですから、ほ、本を読みましょう」

「エルなんかと思った覚えはないぞ」


 どうやら私『なんか』という言葉が気に障ったらしくムッとした声が降ってきて、責めるようにちょっとだけ強く、抱き締めて。一瞬のものでしたが、きゅっと絞められて……何だか、嬉しいというか。


 いえ、痛いのは苦手ですし苦しいのは嫌なのですが、ロルフ様は私が私を蔑む事は嫌がってくれるんだな、って。お前には価値がある、そう言ってくれているようで、少しだけ安堵してしまいます。

 勿論私がロルフ様にとって、というかロルフ様にだけ有用なのは事実です。無下に扱われる事もないし、大切にしてくれているとは、分かっているのですけど。


 ただロルフ様はちょっぴり不服なようなので素直に「ごめんなさい」と謝れば、宜しいと掌を撫でて合図してきます。

 ……子供扱いのようですけど、とても、触れる手付きは優しくて。子供のように所有権を主張するように抱き締めたり、愛でるように触れたり、ロルフ様は本当にころころ触れ方を変えるからどきどきしてしまいます。


 ……ロルフ様って、本当に思わせ振りですよね。都合良く誤解してしまいそうです。


 ばれないように溜め息をつき、ロルフ様の掌の上で転がされてどきどきしっぱなしの心臓を誤魔化すように、私は当初の目的であった一緒に読書を果たすべく表紙を開いたのでした。 

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