お義母様の意見と計らい
本日二話目の更新です。
この話で50話を迎えました。皆様感想やブクマ、評価等いつも応援ありがとうございます。励みになっております。
残り(恐らく)1/3程となりますがお付き合い頂ければと存じます。
この頃、ロルフ様がやけに積極的というかいつにも増してスキンシップが激しくなった気がしてならないのです。寝室限定ですが、膝に抱えたり色々触ったり。
いつもの触れ方に比べると意図的というか……兎に角、ぺたぺたしてくるというか、温もりを求めてるのかとても密着してくるのです。苦しくない範囲ですがやけに触れたがるので、何の心境の変化なのか、何か狙いがあるのではと勘繰ってしまったり。
あ、一応ロルフ様の名誉の為に言っておきますが、いやらしい手付きや目的ではありません。人肌を求めて触れてくるのです、あと柔らかさが気に入ったのか二の腕辺りをふにふにと揉んできたり。
これには流石に拒んでも良いと思うので「駄目です」と注意するとしょげてしまって、今度はお腹回りを……いえそっちの方が駄目ですからね? その上部になるともっと論外ですからね?
兎に角言えるのは、いつもより大胆という事です。
……お陰で心臓の訓練になっていますよ、ええ。
「……あら、ロルフがそんな事を」
ロルフ様が何を思っているのかさっぱり分からないので、恥を堪えて取り敢えずアマーリエ様に相談してみたのですが……アマーリエ様、聞いた途端ににこにこし出すのです。
だ、だから恥ずかしかったのに……アマーリエ様としては、息子夫婦が仲良く(?)しているのが嬉しいのでしょうけど……!
「お、面白がってますね、アマーリエ様」
「面白いというか微笑ましいだけよ?」
「それを面白がっているというのでは……?」
だって、アマーリエ様にやにやしてるんですもん。眼差しが「あらあらうふふ、二人ってば」と語ってるようなものなのですよ? コルネリウス様と違って茶化さないのは有り難いのですが、何も言われずに生暖かい眼差しを送られるのもむず痒いというか。
二人向かい合ってリビングでお茶をしている状態なのですが、もうそれはそれはアマーリエ様は楽しそうに私を見ているのです。
「ふふ、エルちゃんに良い事教えてあげるわ。ロルフってね、人肌嫌いなのよ」
「えっ」
あんなにくっついて体温を感じようとしてるのに、ですか?
「正しくは、許可なく触られたりべたべたされたりするのがね。自分から触るのも好きじゃないのよ。女の子なんか特にそうね、昔面倒があったし、そんなこんなで幼馴染すら触られるのは嫌だったのよ」
「幼馴染、さん」
「正直好意を寄せられるのすら煩わしいと思ってる節があったのよ?」
あの子本当に人付き合い苦手なのよね、と肩を竦めるアマーリエ様。
それは、想像出来るというか、実際に体感してるので頷くしかありません。
ロルフ様は、何というか、魔術や手先の器用さでいえばとても器用で賢く優秀なお方なのですが……対人だと、不器用と言えば良いのでしょうか。
基本的に興味がない人には毛程も興味を抱かず存在無視する方ですからね……多分。……いえ、私は存在無視されていたというか、まあ、はい……認識はされていた筈。
そして、ロルフ様という人間の内面でなく立場や見掛けで寄って来た人が沢山居たから、辟易してしまっていたのでしょう。これはロルフ様からも聞いたお話です。
だからこそ、ロルフ様の人に対する付き合い方が歪んでしまったのも、理解出来ます。最初の頃は寂しかったですけど、今はとても優しいですし……それに、何の力も持たず家庭に紛れ込んできた私が良い顔をされなかったのも当然でしたから。
昔から一緒に居たであろう幼馴染さんですら嫌がるのですから、かなりのものだと思うのです。
……その幼馴染さんは、女の子だったのでしょうか。
「その、幼馴染さんは」
「ああ、アンネって言うんだけど……まあ会う事はないと祈ってるわ。結構色々過激な子だったから」
「過激?」
「うーん、何て言ったら良いのかしら。別に私は嫌いではないんだけどね、ロルフには合わないタイプだったわ。エルちゃんとは真逆のタイプかしら。お陰で余計に女の子が苦手になっちゃって……」
……そのアンネさんという方は、余程押しが強かったのでしょうか。ロルフ様が苦手なタイプって、研究の邪魔をする方ですよね……? アンネさんは研究の邪魔をしたのでしょうか。
私はアンネさんを見た事ないですし、何とも言えないのですけど。
「まあ、それも今では、ああよ」
「ああって……?」
「分からない? 今ロルフは自分から触りにいくし、触れたがるし、エルちゃんから良く思われたいって思ってるのよ。これは進歩でしょう」
それだけエルちゃんはロルフから良く思われているのよ、そうウィンクを交えて語るアマーリエ様に、頬に熱がのぼってしまいます。
……確かに、ロルフ様は私には好きに触れてくれますし、何故か触れて欲しそうにしますし、優しいですけど。いつも大切にしてくれるし、ぎゅっとしてくれるし、甘えても怒りませんけど。
それが恋情と言えば、違うのではないでしょうか。だって、ストレートなロルフ様なら、もし万が一に好きになったとしたら、直接言ってきそうですし。言わないって事は、違うのでは? ただ、気に入っただけなのでは、ないのでしょうか。
好いて貰えたなら、泣いて喜びますけど……そんな自信は、ありません。自惚れて身を滅ぼしても堪りませんし。
「……それは……ただ慣れたからでは」
「エルちゃんはいつも自信がないわねえ、もっと胸を張っても良いのよ?」
「む、無理です」
「勿体ないわねえ」
困ったように笑うアマーリエ様。
「……まあロルフも悪いって言えば悪いのだけど。あの子、いつも古代魔術の研究ばかりでしょう? 女の子の扱いがなってないのよ」
もっとエルちゃんを丁寧に扱うべきだわ、とぷりぷり怒って見せるアマーリエ様はとても若々しく、そして悪戯っぽさが見えます。きっと、私が勝手に凹んだのに気付いてふざけて下さったのでしょう。
「あ、扱いは兎も角、研究ばかりなのは間違いないと思いますが……」
「そうなのよねえ、困ったものだわ。古代魔術から偶には離れないかしら」
アマーリエ様にとってはロルフ様が古代魔術研究に励みすぎて他が疎かになっている事が悩みの種らしく、しっとりとした溜め息を吐き出しては頬に手を当てています。
……ロルフ様には失礼なのですが、アマーリエ様の心情は察せるので、内心ちょっぴり同意してしまいました。ただ、私にとっては古代魔術を追うロルフ様はきらきらしてて、とても好きなのですけど。
……まあ、ちょこっと家の方に意識を向けてくれたら嬉しいかな、なんて。いえ、最初の頃に比べたらずっと家の事を見てくれているので、これ以上望むのは我が儘かもしれません。
それにしても、アマーリエ様は古代魔術研究一筋なロルフ様を心配しているみたいですが……肝心のその事自体はどう思っているのでしょうか。
ホルスト様は、幼い頃のロルフ様に無理だとすげなく断言した。その奥様であるアマーリエ様は?
「……アマーリエ様は、再現は不可能だと思っていますか?」
「そんな事ないわよ? ロルフは出来る子だもの」
何たって私の自慢の息子ですから、と誇らしげに笑うアマーリエ様は、ロルフ様への信頼で満ちています。
その言葉が、私には嬉しくて堪りません。私が喜んでも仕方ないのでしょうが、ちゃんとロルフ様を認めてくれている人は、私やコルネリウス様以外にも居るという事が分かったから。
「……良かった。ホルスト様が否定なさったと聞いて、アマーリエ様も否定なさるのかと……」
「あら、そんな話までしたのねロルフ。……旦那は、変な所で現実主義だもの。まあ今では好きにさせてるし、別に実現不可能とまでは言ってないのよ?」
「そうなのですか?」
「あの子の熱意を見ていたら、そりゃあ出来るんじゃないかって思うわよ。……まさかあの物語にご執心なまま此処まで来るとは私達も想定外だったけど」
「ロルフ様、魔法使いみたいになれたらって言っていますもんね」
「ふふ、子供っぽいところもあるでしょう?」
そこが可愛いのよ、と成人男子には似つかわしくない褒め言葉ですが、私もついつい頷いてしまうのです。
……ロルフ様、変な所で子供っぽいというか、無邪気というか、純粋なのですよね。大人な部分も多いのですが、子供心を忘れていないというか、大人になる内に消えていく夢を追い求める気持ちや好奇心、探求心をそのままに残したお方なのです。
アマーリエ様が仰る事はよく分かるので、私もくすりと笑みを落としてしまいました。
「……あ、そうだ、ちょっと待ってて」
ふふ、と零れる笑みをそのままにした私に、アマーリエは思い付いたと言わんばかりに声を上げ、それから立ち上がってぱたぱたと急にリビングを出て行ってしまいました。
いきなりで戸惑うしかないのですが、暫くすればアマーリエ様はリビングに戻ってきました。手には、一冊の本。
随分と製本されてから時間が経っているのか、それはくすんだ茶色の表紙に所々カバーが破れたり擦りきれていたりする、何とも年季の入った本でした。
「はい、これエルちゃんに譲るわ」
「これは……?」
「ロルフがずっと読んでた、あの物語。実は色々表現の差や解釈のあるお話なんだけど、一番気に入っていたものなの」
ロルフ様お気に入りの、物語。
手渡された本は、仕舞われていたのか少し埃っぽくて、でも独特の本らしい匂いもします。
「ロルフがあんまりに読むばかりだからホルストが隠しちゃったのよね、あの後ロルフは怒って暫くホルストと口を聞かなくなったのだけど」
「あはは……」
「まああの子記憶力はあるから全部内容とか絵とか本文をそのまま覚えるんだけどね」
そこは流石ロルフ様ですね。原文ままに完全記憶する程読み込んだという訳でもありますけど……。捲ってよくよく見れば、読み込んでいるからか紙がちょっと、いえ結構へろへろになってますし。
「ロルフはこのお話の魔法使いに、今でもずっと夢見てるの。これで話題作りでもしてみたら良いわ」
「……ありがとうございます、アマーリエ様」
多分喜ぶわよ、そう片目を瞑って悪戯っぽく微笑んだアマーリエ様に、私は頂いた本を大切に抱き締めて微笑み返すと、更に今度はしっとりとした微笑みが返ってきます。
「良いのよ、ロルフに理解者が増えるのは良い事だし、もっと仲良くなって欲しいもの。頑張ってね、エルちゃん」
……何を頑張れば良いのかは分かりませんが、ロルフ様の事を理解して寄り添いたい気持ちに偽りはないので、有り難く頂戴してはロルフ様の幼い頃に思いを馳せて温かな気持ちになるのでした。




