お酒に飲まれたその後の事
……チョコを食べた後から殆ど記憶がないのですが、いつの間にかロルフ様に寝かされていたらしくて朝起きたらロルフ様にしっかり抱き締められていました。
いつもの事と言えばいつもの事なのですが、今日は、とても……近い、というか、抱き締め方が少し違うように思えるのです。
ただ抱き締めるのではなくて、もっとこう……労るというか、なんと言ったら良いのでしょうか、闇雲に抱き締めるというものではないのです。
昨日、何かあったでしょうか。
……思い出そうとしても、記憶が曖昧で思い出せません。……くっついていたような、いないような、何とも不明瞭な記憶しか蘇ってこないのです。靄がかかったように、思い出せない。
ただ……ロルフ様は、とても、優しかったような、そんな気はします。
今はぐっすりと隣で眠っていて、普段の無愛想と言うかクールな表情(私の前ではそんなに冷たくないですけど)と違い何処か、可愛らしいと思ってしまう寝顔を見せています。
ロルフ様は元々非常に整った顔立ちですし、やや中性的な顔立ちでもあるので、何と言うか……寝顔ですら私よりも色気はあるのです。悔しいような、負けて当然で納得して寧ろ見とれるというか。
ロルフ様が早起きしない限り毎日寝顔は見ていますけど、全く飽きません。いつまでも見ていたくなります。まあロルフ様が寝ていないと恥ずかしくて凝視出来ないのですけど……。
「……お前は私の寝顔をよく観察するな」
ほぅ、と溜め息を零しながら麗しいかんばせを眺める私に、閉じられていた唇が動いては不思議そうな響きの声が呟かれます。
まさか起きているとは思っておらず、ロルフ様を至近距離で見詰めた状態で固まってしまった私に、ロルフ様は急にぱちりと瞳を開いては此方を逆に眺めてきて。
「おはよう」
そのまま、極自然に頬に口付けてきて。
朝っぱらから騒ぐのは駄目だと何とか理性で悲鳴を堪えたのは良いものの、口をぱくぱくとさせて驚愕と混乱を言葉に出来ずにいる私に、ロルフ様は何処までもマイペースで「どうかしたか?」とあくまでご自分に原因があるとは露とも思っていないご様子。
な、ななな何で朝からこんな事……!? いえ、夜でも充分に恥ずかしいのですが、寝起きに覚悟もなくされるとか思ってません……!
「あ、あのっ、き、キスしなくても、クリームシチューは作りますよ……!?」
「知っているが」
「で、では何故」
「……何故だろうな、したかった」
問題あるだろうか、と首を傾げたロルフ様に問題大有りですと返さず我慢した私は、せめてもの抵抗として「す、するなら言って下さい」と情けない程震えて真っ赤になりつつ懇願。
あ、朝から心臓に悪すぎます……何で、いきなり頬に……。いえ、数えきれない程、されてますけど、それはあくまで増幅(若しくはクリームシチューおねだり)の為で、したくてしていた訳ではない筈。
きょとんと実に不思議そうなロルフ様に、私は唸り声しか返せません。
「……寝たら酔いは覚めたようだな」
……酔い?
「お前は酔うと甘えたがりになるのだな」
「……ええと?」
「昨日、酒入りのチョコレートを食べて酔ったのだ、お前は。覚えてないか?」
酒入りの、チョコレート。
……あ。
「……もしかして、私、酔っ払いましたか……?」
「そうだな、まさかあれだけで酔うとは思っていなかった。お前は酔うと幼くなるのだな、舌足らずに『ロルフさま』と連呼して抱き付いてそれはそれは満面の笑みを」
「いっ、今すぐ忘れて下さい! 全力で忘れて下さい!」
ロルフ様はのほほんと仰ってますが、私は記憶にない失態をロルフ様の記憶に焼き付けられていると知って羞恥と後悔が一気に身を襲うのです。
わ、私から抱き付いて甘えるなんて、ロルフ様になんてご迷惑を……。きっと酔っ払って鬱陶しい絡み方をしてしまったのでしょう、べたべたしてはロルフ様の邪魔になっていたかもしれません。
「何故忘れなければならないのだ。素直に感情を出してくれて、嬉しかったのだが」
「わ、私は一体何を……」
「抱き締めて欲しいとねだるくらいだぞ。……お前は素直に笑った方が、可愛らしい」
「かっ、かわ……っ!?」
「……そんなに驚く事はないと思うのだが。寝室で褒めるのは良いのだろう?」
思った事を言ったまでだ、と何処までもマイペースなロルフ様に、もう何も言えなくて。
頬が熱を持っているのを見られたくなくて、ロルフ様の鎖骨辺りに顔を埋めて顔を隠すのですが……腰と背中の辺りにしっかりと腕を回してぎゅっと抱き寄せてくるので何も状況は変わりません。
寧ろ移動した時に脚を間に滑らせて絡ませるようにしてより密着してきた上に、顔を埋める場所が悪くてロルフ様がそっと耳元まで顔を近付けて「どうした?」と囁くので、色々と逆効果な気がしてならないのです。
「……エル、甘えたいのか?」
なら存分に甘えると良い、と抱き締めたまま背中を撫でよしよしと言葉にはせずとも仕草であやすように触れてくるので、もう色々な意味で恥ずかしい……っ。
子供扱いされてないですか私、昨日本当に私何したのですか……!
「あ、あの、ロルフ様、私、昨日そんなに……その、甘えた、のですか」
「ん? そこまでではないぞ。説明した通り、抱き付いて幸せそうに頬擦りしたのと名前を呼んではへにゃりと笑っていただけだ。後、寝る前には寝惚けて吸ってきたな」
「吸っ……?」
「これだ」
吸って、の意味が分からなくて顔を上げると、ロルフ様は自身のシャツの布地を捲ります。
第二ボタンまで元々外れていたので、簡単に肌が見えて。
そして、あまり日に焼ける事のない滑らかな白い肌には、虫に刺されたように一ヶ所だけ、赤くなっている場所があって。赤の水滴を落としたように小さな物ですが、ロルフ様の肌にはくっきり色の変化が見えています。
……吸っ、た? ええと、吸うって……何を。私が、ロルフ様の肌を?
「ごっ、ごごごごごめんなさい! 私、何て事を……!」
「構わないが。こういうのは夫婦でするものらしいぞ」
別に気にしてはいないぞ、と何て事のないように赤くなった肌を撫でるロルフ様。私はもう、どう声を上げていいか分からず、かといってごろごろ転がって羞恥に悶える訳にもいかず、あううとロルフ様の腕の中で呻くしかありません。
なんて事をしてしまったのか。事もあろうに、ロルフ様の肌に、痕を付けるなんて。と、というか、他人に見られたら誤解されてしまうようなものですよねこれ……!?
酔っていたとはいえ、何てはしたない真似を……ロルフ様が気にしていないのが幸いというか、この痕の意味を見出だしてないように思えます。ただの吸った結果としてしか見てないでしょうし。
……それはそれで何だか複雑ですけど、でも私も正気じゃない時にこんな暴挙に走ってしまったので、気にされない方が良かったかもしれません。
「ほ、本当に、ごめんなさい。恥ずかしい真似を……」
「そんなに気にしなくとも良いのだが。……そうだな、エル、本当は聞くのは悪いのだが、お前の傷はどちら方向に走っているのだろうか」
「えっ、そ、の、左肩から右の腰部にかけてですけど……」
「そうか」
真顔で頷いたロルフ様。何故聞かれたのか戸惑う私に、ロルフ様は抱き締めたまま腕を動かし、そのままモゾモゾと掌を動かして……そのまま、ぐいっと右肩口の生地を掴んで、引っ張って。
今日の寝間着は伸縮性も良く、傷痕は見えないような露出のものでしたが、強く引っ張られて……肩口の辺りまで、肌が晒されるのです。
あまりに突然過ぎて、は、と息を詰まらせたのも束の間、ロルフ様はそのまま剥き出しの肩口に顔を埋めて、唇を押し付けます。何がしたいか、それを悟った時には、ちりっと、ほんのりした痛みが鎖骨付近に走りました。
「……これでお互い様ではないか?」
「へ、あ、あの、ろ、るふさま……」
「傷は見ていないから安心しろ。お揃いのものを身に付けたくらいに思っておくと良い」
顔を離しては唇をくっ付けた部位を撫でてちょっぴり満足そうなロルフ様に、もう、限界で……。
いつぶりか、分からない程の羞恥とちょっとした嬉しさやらが襲い掛かってきて、思考も限界で、私の意識は現実から逃げるようにロルフ様の温もりに受け止められながら落ちていきました。
薄れ行く意識で、今度これをやったらちゃんと叱ろうと、決めながら。




