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二人だけの小さな秘密

 店を出てまた行く宛もなく散策する事になったのですが、街には本当に色々な物で溢れているのだと痛感致しました。

 私の食べた事のないような食べ物、使い方の分からないようなものも露店で並んでいるし、様々な店が建ち並び色々な物が売られていて……色々と目移りしてしまいます。


 勿論、買うつもりなどはないですし買って貰うとかそんな考えは一切なかったのですが、ロルフ様は私が視線を移すとちょっとだけそわそわ。

 ……別に欲しいものはないですよ?


 今日はやけに親切というか優しいロルフ様に首を傾げつつ、ゆったりと石畳に舗装された道を歩いていく私達ですが……途中、ふわりと香った花の香りに、脚が縫い付けられたように止まってしまいました。


 毎日、窓辺で香るものと同じものが、鼻腔を掠めた気がして。


「……どうした?」


 急に立ち止まった私を訝るように、ロルフ様は顔を覗き込んで来ます。


「いえ、ロルフ様が下さった花の香りがした気がして……」


 そう、ロルフ様とちゃんと話すようになった切っ掛けの日に頂いた、あの花の香りがしたような気がするのです。


 あの花は今でも植木鉢で育てているのですが、不思議とあれから数ヶ月経っているというのに何故か朽ちずに瑞々しい花弁を保ったまま。

 淡い黄色の花弁は、私の目を毎日楽しませてくれていました。見るだけで、ロルフ様に頂いた時の情景が思い浮かぶのですよ。


 ……懐かしいですね、根っこ付きで頂いたあの日が。


 でも何でだろう、と辺りを見回すと、少し先の所にどうやら花屋さんがあるみたいで、色とりどりの花がプランターに咲いていたり切り花が器に刺さっています。

 あそこに、ロルフ様が下さった花もあるのでしょうか。


「あの花屋さん、見に行っても良いですか?」

「構わない」

「ありがとうございます」


 ……私よりロルフ様の方が嬉しそうというか、今日初めて自らしたいという願いを言った事に安心したらしく、少し安堵しながら私の手を引いて花屋さんに足を向けます。


 その店には目に鮮やかな花で満たされていて、店員さんの挨拶もそこそこについ視線がカラフルな花に行ったり来たり。目を引くような鮮烈な紅の薔薇もあれば清楚な百合もあり、慎ましく可愛らしい霞草、淡くひらひらとした花弁のスイートピー、例を挙げればきりがありませんが沢山の花が売られています。

 ……そして、名も知らぬ、ロルフ様から頂いた花も。


「……これは」

「これは燐光花ですよ」


 思わず視線が釘付けになってしまった私に、店員さんはにこやかな笑顔で話し掛けてきます。

 燐光花、それがこの花の名前なのでしょう。今まで名前も知らずに育ててきましたけど、名前を聞くとより愛着が持てますね。


「花咲く時に淡く光るから、燐光花というのです」

「そうなんですね。この花、白色ばかりですね……家にあるのは黄色なのですが、他の色はないのですか?」

「普通に育てると種に関係なく白色に育ちますね。魔力がある方が魔力を込めて育てると、色付いて花咲くそうです」


 私達は魔力を持っていないので白色ばかりですが、と困ったように、けど朗らかに笑う店員さん。

 ……ロルフ様が咲かせたのは、黄色の花。やはりロルフ様の魔力に影響されたのでしょう。


「そういえば、ロルフ様はどうやってあの花を出したのですか? 何もなかった、と思うのですが」


 あの花はロルフ様が育てた、というのは分かります。でも、一体あれをどうやって取り出したのでしょうか?


「種を明かせば簡単だぞ。これは魔力によってかなり成長が促進されるというか、魔力を大量に注げば瞬時に成長するのだ。こっそり種を持っていて、魔力を込めれば一気に成長する。まあそれだけ魔力が要るのだが」

「あれには沢山、ロルフ様の魔力がこもっていたのですね。……だから、枯れないのでしょうか?」

「……普通枯れる筈なのだがな、不思議なものだ」


 何故だろうな? とロルフ様にも心当たりはないそうで、未だ枯れずに当初の姿を保っている理由が分からないみたいです。

 普通の花なら当たり前ですが時間が経てば萎れ枯れ朽ちていくのですが、何故か、私の貰った花だけは綺麗な姿を維持しています。


 それは多分恐らく魔力による影響なのでしょうが、ロルフ様には心当たりがないみたいで……前例がない、のでしょうか? 枯れないのが当たり前、という訳でもなさそうです。

 私の力が影響しているかは分かりませんが、それでも普通の花とは異なってしまっていそうな。


「今の私が育てたら、色付いてくれますかね?」

「今のお前なら出来るのではないだろうか。私のように一気に咲かせるのは無理だとは思うが、普通に植えて育てる事は出来るだろう。試してみると良い」


 試して? と疑問を持ったのも束の間、ロルフ様は店員さんに種がないかを聞き、あると言った店員さんから種を購入しています。私が何か言うより先にお金を手渡し包装して貰うロルフ様に、何をと窺えば「この花が好きなのではないか? いつも大切に育てて嬉しそうに見ているだろう」と返ってきて。


 ……確かに、好きですし、大切に育ててついにまにましていますけど、それはロルフ様が下さったというのが大きな一因でもあったりします。……ロルフ様が、指輪の次に下さったもの。自発的には初めて下さったものだから、私にも特別なのです。


「あ、ありがとうございます。……大切に、育てますね」


 既に買ってしまわれましたし、ロルフ様の厚意を突き返すつもりもありません。お気遣いはとても嬉しいですし、喜ばれないかもしれませんけど、今度はロルフ様に私から、何色に咲くかも分からない花をお贈り出来たら、と思うのです。


「お前が育てたら何色の花が咲くだろうな」

「綺麗な色になると良いのですが」

「……お前が育てたら、さぞ綺麗な色に咲くだろう」

「何でそう思うのですか?」

「何となく、だ」


 確信はないのにそう言い切ったロルフ様に、私は何故か少しだけ褒められた気がして、ほんのり頬を緩めては大切に育てようと心に誓いました。




 そしてその後ものんびりと歩いていると、段々と日も暮れてきて……世間では夕飯の時間になってきました。

 普段出歩かない私には中々の運動量で、歩くだけでもちょっぴり疲れてしまいました。これで馬車でなかったら私は家に帰る頃にはへとへとになっていたのではないでしょうか。


「お腹が空いたなら夕食にするが。脚も休めたいだろう」


 その一言はとても有り難く、私はこくこくと頷いてはロルフ様に先導されて手頃な店に入る事となります。

 昼食の時はそこまでお腹も空いていなかったのですが、好物のチョコの匂いを嗅いでしまった事と結構な距離を歩いた為、消化が促されたのかお腹もすっかり空いていました。


 席に案内されて、今度は比較的お腹に溜まるメニューを。……今日は運動したので、食べても問題ない筈です。


「お前、お昼はあれだけで足りたのか?」

「あの時はそんなに入らなかったのですけど……今は運動したので入りますよ? ロルフ様は何になさいますか?」

「……ハンバーグ」


 思ったのですが、ロルフ様って案外可愛らしいものを好むというか。……よく子供が好むものをお好きですよね、クリームシチューとかクリームシチューとか。いえ、馬鹿にしている訳でもないですし、子供が好きと決めつけている訳でもないのですけど……私だってクリームシチュー好きですし。

 でも、ちょっと微笑ましかったりします。ロルフ様には内緒にしておかなくては。


「そうですか? では私は……折角なので、牛肉の赤ワイン煮込みでも」


 コルネリウス様のお好きなものも美味しく作れるようになりたいですし、お店の味も知っておこうかな、と思っているのです。前作った時でも充分に喜んで頂けましたけど、どうせならもっと美味しいものを作って食べて貰いたいというのが本音です。


 私の意図を理解しているのか、ロルフ様はなんとも言えない顔のまま頷くのです。……前もあんまり良い顔されなかったのですが、そんなにコルネリウス様の為に作るのは嫌なのでしょうか。ロルフ様にはクリームシチュー別で作るんですけど……。


 まあそれでも作るのを止めるつもりはないので、ロルフ様には我慢して貰うしかありません。


 店員さんに注文して待つ事暫し。

 同じタイミングで頼んだものが運ばれて……同じタイミングで、私とロルフ様はそれぞれ表情を強ばらせました。


 その理由はとても分かりやすいものです。……苦手な物があったから、ですね。


 私は塊のきのこが好きではないですが、一緒にごろりとマッシュルームが煮込まれています。逆に、ロルフ様はハンバーグの付け合わせとして人参のグラッセが。

 ……ロルフ様、人参好きじゃないですもんね。眉間に皺が出来てしまっています。刻んだりスライスされてるものは平気らしいですが、塊はやっぱりまだ苦手みたいで。


「……何故付け合わせなどあるのだろうな」

「こ、こればかりは仕方ないかと。まあ残しても良いとは思うのですが……」


 でも、あんまり残すとアマーリエ様は良い顔しないのですよね。良い歳にもなって好き嫌いしないの、と私にも耳の痛い注意が飛んでくるのです。ロルフ様としては食べたくないものは食べないがモットーらしいのです、それでも結局は結構嫌そうに食べるのですが。


 此処には、アマーリエ様は居ません。


「……ロルフ様、失礼しますね」

「エル、少し邪魔するぞ」


 声を放ったのも、同時。

 私達はテーブルが端の方だったのを良い事に、示し合わせた訳でもなく、お互いの嫌いなものにそっとフォークを突き刺して、そのまま口に運びます。


 まさか私もロルフ様もおんなじ事を考えていたとは思わなくて、瞳を瞬かせたものの……視線が合えば、何だかおかしくて二人でひっそりと笑ってしまいました。

 ロルフ様、私の嫌いなものを、覚えて下さっていたのですね。


「アマーリエ様には内緒ですよ?」


 あんまり行儀が良くないし、好き嫌いしちゃってますから。

 悪戯っぽく笑った私に、ロルフ様も穏やかに微笑んで「二人だけの秘密にしておこう」と小さく囁いて。


 ……何だかこのやり取りにとても充足感を感じて、私は勝手に滲んでくる歓喜をそのままに、もう一度微笑みました。




 食事が終わって、私達はゆっくりと馬車に戻っては、今日の事を思い返して。

 ……初めてロルフ様と街に出掛けて、戸惑う事も多かったけれど、とても有意義な時間を過ごせました。ロルフ様も楽しんでいたのでしょうか、私と一緒に居て疲れたりはしなかったでしょうか。

 そう懸念していたのですが、ロルフ様は満足そうに微笑んで。


「……偶には出掛けるのも良いだろう。今度は何処が良いだろうか……」


 これで終わりではなく『次』を考えてくれる言葉を呟いたロルフ様に私は安心とも歓喜とも付かない感覚を覚え、でもそれを上手く言葉には出来なくて。

 ただロルフ様の肩に寄り掛かるようにして「ロルフ様と一緒なら何処へでも」と小さく言葉にして、瞳を閉じました。


 この日からロルフ様の左手薬指には、銀色の円環が一つ、存在を主張するように煌めくようになりました。


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